◆ムカデの女。彼女を抱く男は、ムカデのような存在なのか

◆ムカデの女。彼女を抱く男は、ムカデのような存在なのか

バンコクは数日ほど灼熱の日々が続いていたが、この日は違った。どんよりと曇っていて遠くに黒く低い雲が見えて風が冷たかった。泥棒よけの鉄柵の入ったホテルの部屋から外を見つめて、雨が来ると思って待っていたが、いつまで経ってもそれは降ってこなかった。

最近はいつもそうだが、この日はいつにも増して偏頭痛が執拗に頭を締めつけていて気分が悪かった。頭痛薬は飲んでいるが、もう薬自体の耐性ができてしまっているのかまったく効かない。

異国の地で、ひとりぼっちで、体調が悪くて歩きまわることもできず、ここ数日はほとんど誰とも話をしていない。話をするのも億劫なほど体力の消耗を感じていた。

自分の身体のことなど考えたこともない昔が懐かしい。快活に笑ったり、数時間も歩きまわったり、灼熱の太陽を心地良く思ったりすることもあったはずなのに、そんなのは遠い遠い昔の夢のようになってしまった。

うとうとしていたら、突然雨が落ちてくるけたたましい音がして暗い部屋の中がいっそう暗くなった。雨が上がったら食事に行って、すぐに部屋に戻ろうとぼんやりと考える。そうやって一日が過ぎていく。

実際に雨がやんだのが夕方頃だった。雨は完全にやんだわけではなく、霧雨のようなものが降っていたが、気温は低くて快適だった。ホテルの近くの流行っている屋台でだらしなく食事をし、ホテルに戻ってただ息を吸って吐いていたら夜になっていた。

夜は好きだ。相変わらず体調は悪かったが、あまりにも寂しくて誰でもいいから話をしてくれる人が欲しかった。誰かが一緒にいると面倒だという気持ちになるのだが、ひとりでいると寂しくなる。最近は……

ブラックアジア・タイ編
『ブラックアジア・タイ編 売春地帯をさまよい歩いた日々(鈴木 傾城)』

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