2015年7月にフィリピン・アンヘレスにいたとき、ウォーキング・ストリートとは反対側(西側)にずっと向かって行ったところにあるとてつもない場末のバーで時間をつぶしていたことがある。
客はほとんど来ない。女性はまったくやる気がない。カウンターに座って、ただ突っ立っているだけの女性を見ていると隣に30代過ぎのウエイトレスがやって来て私の隣に座って話しかけてきた。
「どこから来たの? 日本から? ここは日本人はあまり来ないので、あなたは珍しいわ。フィリピンは楽しい? 友達と一緒じゃないの?」
ジョアンという名のこのウエイトレスとしばらく話しているうちに、彼女は夫が死んだのでこの仕事に入ったというようなことを言った。未亡人だったのだ。
夫と別れて売春地帯に来たという女性は多いが、夫に死なれて売春地帯に来たという女性はフィリピンではあまり聞かない。
なぜ夫は死んだのか聞くと、アクシデント(交通事故)だと言った。子供がふたりもいるのに、彼女は夫を失ってどうしても金が必要になった。それで彼女はここに来ていたのだった。
このバーを出て、ひとりで雨交じりの中を歩いていたとき、私はかつてひとりの未亡人を好きになったことがあることを久しぶりに思い出していた。
彼女が好きだった……。