日本では赤ん坊を堕ろすことを「中絶」という。英語では”abortion”(アボーション)という。
タイの売春地帯にいる女性たちは過去の話をしてくれるとき、時々「お金がなくて中絶したことがある」と言うのだが、そのとき、彼女たちの多くは「アボーション」という難しい単語は使わない。「キル・ベイビー」と彼女たちは言う。
赤ちゃんを殺した……。
インドネシアの売春地帯では「キル・ベイビー」という単語も思いつかない女性は、首をナイフで切るしぐさをして「赤ちゃんを堕ろした」と説明してくれる。
「中絶した」という言葉には何か医学用語のような客観的で他人事のような雰囲気があるのだが、「キル・ベイビー」や、首を切るしぐさはどこか生々しくて、薄暗く汚れた売春宿の部屋でそんな言葉を聞くと、とても怖い。
彼女たちの、「自分が殺した」という意識がその直接的な単語やしぐさに現れているようで、言い知れぬ哀しみがある。
東南アジアの売春地帯に降りて来る女性たちは多くが10代で妊娠し、子供を産んでいる。そして赤ちゃんを大切に育てながら、赤ちゃんのために売春地帯にいる。
しかし、どうしても状況が許さない場合、「キル・ベイビー」をしてしまうこともある。