来る日も来る日も東南アジアの歓楽街で刹那的に女性と出会い、刹那的に別れ、時には騙され、時には愛され、一緒に涙を流したり、一緒に笑ったりしてきた。

彼女たちと一緒にいる時間は楽しかったし、堕落の中ではあったけれども、人生は充実もしていた。熱い女もいれば、冷めた女もいた。変わった女もいれば、可哀想な女もいた。

みんな好きだった。

世間ではこうした女性は、今でも「売春婦」と蔑まれて忌み嫌われている。彼女たちと関わる男も「女性を食い物にしている」と常に批判の種にされている。結局のところ、どちらも嫌われているのは間違いない。

現場を知りもしない東大のフェミニスト元教授には分からないかもしれないが、売春地帯にもその世界なりの愛はある。心の触れ合いもあるし、互いへの思いやりもある。

売春ビジネスをやっていた女性を、そうと分かって結婚するのは、やはりその世界にいたアンダーグラウンドの男たちである。互いに夜の世界で生き抜いてきたのだから、互いに深く相手に共鳴できるし、過去を許容して愛することもできる。

お互いに表社会の偏見や無理解や攻撃に傷ついて、世間の裏側でひっそりと傷を舐め合って生きている。表社会から理解されないなら、自分を理解してくれる世界の相手といた方がよほどうまくいく。

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