全世界でこれだけ病院があり、薬局があり、医療費が莫大に使われているのを見ても分かる通り、人間は先進国、途上国限らず多くの病気を抱えて暮らしている。

ブッダは四苦「生まれた苦しみ、老いていく苦しみ、病になる苦しみ、死んでいく苦しみ」から逃れられる人間はいないと悟り、この四苦の中で平等であると人々に教えた。(平等は存在しない。しかし、全人類は「四苦」で平等となる

ブッダの言う通り、この世は病気から逃れられる人はいない。生きている者は必ず病(やまい)を抱え、悩み、苦しみ、生活の中で何とか病気をカバーしながら生きていくのだ。

しかも、ひとりの人間は1つの病だけで終わるわけではない。大抵は多くの病をひとりが抱えることになる。これは年齢が上になればなるほど避けられない。

20代よりも30代、30代よりも40代、40代よりも50代……。老いれば無理していた部分から壊れ始め、やがてはカバーできなくなる病も現れる。

最近、私の知っている老いた女性が白内障の手術をした。「歳を取れば、誰でも白内障になるのよ」と彼女は言った。


誰もが急激に視力を失っていく時代になったのだ


白内障とは水晶体が年齢と共に白く濁って見えなくなっていく病気を指す。水晶体とは要するに黒目の部分なのだが、この部分が老化で白く濁ってしまうのである。

いったん白内障になれば自然治癒はない。濁った水晶体は透明に戻らない。手術しない限りそれは治らず、加齢と共に悪化していく一方となる。

放置しておくと、最後には失明状態になる。

歳を取れば、誰でも白内障になると言われているのだが、本当にそうなのだろうか。

調べて見ると、40代では40%、50代では65%、60代では75%、70代では85%、80代であればほぼ全員が白内障になってしまうとある。なるほど、「歳を取れば、誰でも白内障になる」というのは事実だった。

最近は人間の寿命も80歳以上になっているのだが、実は目の寿命は70年くらいであると言われており、医療の助けがなければ多くの高齢層が視力を失ってしまう。

これを指して、「眼の寿命は65年から70年くらい」という眼科医もいる。手術しない限り、寿命よりも先に眼の寿命が尽きることになる。

そうでなくても最近はコンピュータやスマートフォンで眼が酷使される時代となっている。文明が発達すればするほど眼だけが異常に酷使される社会と化し、誰もが急激に視力を失っていく時代になったのだ。

近視はもう珍しいものではない。日本人の約4割は視力が0.3以下となっているという統計もある。強度近視さえも、もう珍しいものではない。

日本人の近視はもはや国民病とも言えるものだが、コンピュータとスマートフォンの普及で、今や全世界の人々は近視傾向にある。

メガネをかけていない若年層や中高年も多いが、眼が良いのかと思ったらそうでもなくてコンタクトを入れてしのいでいる人の方が多かったりする。

自然に任せるタイプだったのだが、間違っていた


誰もが視力を失う時代に巻き込まれており、その時代の猛威をしのいでも結局は加齢によって白内障に見舞われて見えなくなってしまう。

何とか視力を保つには、眼をいたわるのが大切なのだが、そう簡単に目を酷使する文明から離れることはできないだろう。そのため、いかに視力を守るのか、という知識も現代人には必要になってきているのかもしれない。

その意味で、深作秀春著『視力を失わない生き方』という本は非常に示唆に富んでいるように思えた。

視力を守るために私たちが何となく常識だと思っていることが、実は常識ではなくて視力を悪化させたり、眼を壊してしまうものであったりするというのも分かってくる。

この本を読むまで、私は「太陽の光のまぶしさくらいが耐えられないというのは甘え」だと自分自身に言い聞かせてきた。

東南アジアの灼熱の大地が好きな私は、あのギラギラと大地を照らす太陽は熱帯の象徴である。太陽には、とても深い憧憬を抱いている。

今でも太陽の光で白昼夢に入れるほど太陽と私の人生はリンクしている。(白昼夢。「普通の人間」になろうと努力していたときのこと

あまりにも暑すぎて太陽を憎みたくなるような日々もあったが、基本的には夏が好きな私は太陽も好きだ。だから、「太陽の光のまぶしさは生を感じる」と思いきり浴びて、あのまぶしさに陶酔した。

ところが、この太陽のまぶしさは歳を取れば取るほど眼に深いダメージを与えるのだという。

昼間の強い光に網膜がさらされ続けると、紫外線によって多くの眼の病気を引き起こすことになるようだ。「白内障の原因にもなるし、翼状片や諸々の病気を引き起こす元凶となってしまう」と深作秀春は述べる。

私はサングラスのようなものが好きでなく、ついでも帽子もほとんどかぶらない。そもそも、熱帯の人たちの99%は日常生活の中でサングラスをかけていないし、直射日光をそのまま浴びている。

しかし、そうした熱帯の人たちも今までは寿命が短かったので目立たなかっただけで、彼らもまた長寿命になって問題が出てくるのだろう。

眼疾を避けるには、積極的にサングラスとつば広の帽子を用いる方が良いのだという。これからは、忠告に従うつもりだ。

あなたの視力と、眼の常識は大丈夫だろうか?


深作秀春著『視力を失わない生き方』には私たちが何となく常識だと思っているものが、実はそうではないということを教えてくれている。

大きな病院で眼の手術を受けるのは必ずしも安全ではないということ、日本の眼科は必ずしも優れているわけではないということ、眼は70年持てば良い方だということ、老眼は避けられないこと等々、多くの発見と驚きがある。

ブルーベリーは眼に良いというのもエビデンス(証拠)のないものであり、本当に眼を大切にしたいのであればルテインやゼアキサンチンを取る必要があることが書かれている。

テレビは、「眼の体操」と称して眼を左右上下と激しく動かすことによって眼の健康と老化防止を図るものをブームにしたことがあるという。

しかし、実はこの「眼の体操」で網膜剥離になる人が続出しており、こんなものはすぐに止めなければならないと深作秀春氏は激しく警鐘を鳴らしている。

中高年以上の人間がこれをすると、逆に老化した網膜が裂けて網膜剥離になってしまうのである。真面目にやった人ほど網膜剥離になるのだから、テレビは非常に罪なものを紹介しているものだ。

目をこすったり叩いたりするマッサージも、基本的には眼にダメージを与えるものになるようだ。水道水で眼を洗うのを常態化するのも、花粉症防止のためにホウ酸水で眼を洗浄するのも、すべて眼にダメージを与えるものになると言う。

現代社会は「眼に良い」と言いながら、逆に眼を大きく破壊するような情報が大量に溢れているようだ。それは、奪われなくても良い視力が奪われているということでもある。

何にしろ、私たちは高齢化していずれは視力を失うのは避けられないのだが、テレビの情報を鵜呑みにしていると、より早く眼が破壊される。

少しでも視力を持たせるには、しっかりとした眼科医の常識に従うのが良い。

あなたの視力と、眼の常識は大丈夫だろうか?






好きだったフィリピン・ミンドロ島。ここで太陽の光をたっぷり浴びる日々を過ごしていたこともあったが、今振り返ると、私はかなり眼に無防備過ぎていたようだ。



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