自分の人生、自分の運命を100%制御できる人はどこにもいない。どんなうまく生きている人間にも、予測もしない災難、失敗、問題、見込み違い、トラブルが降りかかってくる。

家族問題、人間問題、経済問題、病気……。人生は言ってみればトラブルの連続である。積極的に生きている人ほど、次から次へと何かが起きる。

もともと、人生は何が起きるのか分からない上に、毎日のように環境が激変する。十年一日のごとく同じようにやっていても、やがて同じようにすること自体がトラブルを引き寄せることもある。

トラブルには真摯に向き合わなければならないが、トラブルが巨大であればあるほど、自分自身が潰される可能性が出てくる。たとえば、突然のリストラや失職は、今の日本社会では珍しいものではない。

名の知られた一流企業でも、トップが経営判断を間違うと数千人から数万人規模でリストラが発生する事態となる。寄らば大樹の陰と思ったら、大樹が腐って倒れるのである。

では、中小企業は安泰なのかと言えばまったくそうではなく、バタバタ消えてもそれが「当たり前」なので誰も気にしない。中小企業は10年で大半が消える世界なのである。


今日は順調であっても明日はどうなるか分からない


仕事を失い、収入が消えるというのは相当なリスクだが、それは誰の人生にでも起こり得る深刻なトラブルである。

リストラやクビを宣告されて、最初は必死になって抗っていても、結局は切られることは覚悟しなければならない。

あまり表沙汰にならないが、大企業は「要らない社員」が出てくれば、追い出し部屋から降格人事から子会社出向から社内失業まで、ありとあらゆる手法で社員を「自主退職」させる方向に持っていこうとする。

会社員が鬱病になっていくのは、こうした会社の陰湿ないじめが原因であることも多い。

終身雇用ができる大企業はもうそれほど残っていない。会社が傾けば、みんな公然と、あるいは隠然と、リストラされていくのである。

必死でしがみついても、会社自体が消えてなくなることもあるだろう。

日本は団塊の世代が会社を作って中小企業を経営してきたが、その団塊の世代が引退する年代になっているので、これからは会社を自主的に畳む人が増えていく。

こういった自主廃業(休廃業・解散)は、2016年には2万9500件超えとなっており、3年ぶりに増加していると言われている。

そうなると、そこで1会社で社員が10人としても、1年30万人単位で従業員が失職する。こういった自主廃業は倒産ではないので、あまり騒がれることはない。

しかし、倒産と同じく、多くの人を路頭に迷わせていくことになる。今日は順調であっても、明日はどうなるのか分からない。それが今の時代である。

「自分だけはうまく逃げられるはずだ」と思う人もいるかもしれない。しかし、それは疑問だ。

かつて、私は天国から地獄に堕ちた国を目の前で見たことがある。誰もそこから逃れることができなかったのは、今でも強い印象として残っている。

私は、経済危機に陥る前のと後をつぶさに見つめた


国が経済衰退や経済破綻に向かっていったら、国民のすべてはそれに巻き込まれて塗炭の苦しみを負うことになる。

頭脳明晰だろうが、高学歴・高資格があろうが、勤め人としての長い実務経験があろうが、ポジティブ思考を持っていようが、そんな個人の資質はまったく役に立たない。

経済の嵐はすべての人を等しくどん底に突き落とし、「仕事が見つからない、食べていけない」という状況に陥らせる。

私は、実はある国の経済危機に陥る前と後をつぶさに見つめた「歴史の証人」である。

「その国に襲いかかった経済的苦境の嵐」が国民の生活を一変させる姿を私がこの目で現実に見つめ、恐ろしく思ったのは「アジア通貨危機」であった。

ちょうどその頃、私は経済好況に沸いて急激に先進国のようになっていくタイに嫌気がさして、軸足をタイからカンボジアに移している頃だった。

この頃のタイは、毎日毎日そちこちで摩天楼の工事をしており、街の光景が一変していた。その頃のタイ人の表情は明るく、そして快活だった。

好況はタイだけではなかった。香港からシンガポールからマレーシアまで、東南アジアの多くの国は100年に一度あるかないかの経済好況に沸いていて、「ベトナム戦争の影を引きずる暗いアジア」という姿を捨て去ろうとしていた。

経済成長が、東南アジアを席巻していた。そのため街の光景まで一変して、ハイセンスな街が次々と姿を現すようになっていた。当時のバンコクの変わり様は驚くべきものだった。

街中の至る所で工事が進んでいて、目が覚めたら新しい街がひとつ出来上がっているような錯覚をするほどだった。

パッポンも売春ストリートというよりも、単なる土産屋のストリートに変化していき、もはやタイは私のような真夜中の世界で売春する女たちを追うハイエナがいるような場所ではなくなっていたのである。

ところが、その好況の最中に巨大な経済事件が起きた。

アジア通貨危機である。それは1997年7月に起きた。タイの通貨バーツが、突如として大暴落をはじめて止まらなくなっていったのだ。

国が経済苦境に堕ちるとみんなまとめて人生が飛ぶ


アジア通貨危機は、ジョージ・ソロスのファンドや、それに付随するアメリカのヘッジファンド群れが、ドルに回帰して新興国通貨を売る過程で起きた経済事件である。

この当時、ヘッジファンドは次の成功は東南アジアではなく中国で起きると確信し、東南アジアの中で経常赤字を積み上げていたタイを標的にして怒濤の如く通貨を切り崩す「バーツ空売り」を仕掛けていた。

タイ政府はこれを防衛したが、空売りの勢力があまりにも強く通貨防衛できなかった。そこで起きたのがバーツ暴落だった。

このとき、タイの優良企業はことごとく破滅寸前になって株価は大暴落した。

一流企業も、一流銀行も、国有化されることによって生き延びるしかないような危機に陥った。バンコク銀行ですらも、破産しかけたのだ。

当然、翌年から多くの人たちが失職し、この年から一流企業に勤めていたエリートの女性ですらも、セックス産業に流れるような事態になっていた。

あれほど自信に湧いていたタイ社会が、その翌年には何か別の国にでも来たかのようなほど意気消沈しているのは印象的だった。

皮肉なことに「もう終わりだ」と言われたパッポンが売春地帯としていきなり復活したのもこの頃だ。終わったのは、タイの真夜中の世界ではなく、表社会の方だったのだ。

このアジア通貨危機は世界経済に波状的に広がっていき、インドネシア経済をも吹き飛ばし、長らく続いたスハルト政権がこの時に崩壊している。(1998年5月、インドネシアのコタの街で起きたレイプと虐殺

いったん国が経済苦境に堕ちると、高学歴の人間も実務経験を持った人間も、一流企業に勤めていた人間も、中小企業の人間も、みんなまとめて人生を吹き飛す姿を私は目の当たりにした。それは、劇的であり、壮絶でもあった。

「国が傾くと、誰も逃げられないんだ……」

このアジア通貨危機はバブル崩壊を迎えていよいよ深刻化していた日本経済をさらに深刻化させていった。山一証券の破綻、長銀の破綻、北海道拓殖銀行の破綻は、このアジア通貨危機の最中に起きていた事件である。

恐ろしい時代だった……。

経済危機は、いったん巻き込まれたら逃げる間もない


1998年にはロシアも債務不履行に追い込まれていた。

ロシアの国債は紙くずとなり、ロシア国内では預金封鎖が行われ、ロシア国民は一瞬にして生活できなくなった。

老人がゴミ箱を漁って暮らし、若い女性が世界中に人身売買されて売り飛ばされたのは、この時代だった。この数年間のロシア女性の悲哀は私もよく覚えている。

カンボジアにもタイにもロシアの女性が哀しい目をしてセックス産業に堕ちていた。バンコクのスクンビット通りにも彼女たちが立っていた。(娼婦ナナ。戦争を始めるのは男たち、代償を払うのは女たち

バンコクの路上でロシア人の若い女性が売春ビジネスをするようになって、彼女が外国人の男を客として薄汚いホテルに連れて行く時代になるとは、いったい誰が想像しただろう。

この時、暗い目をして汚いアパートを見つめていたロシア人の女性ナナのことは今も忘れられない。他にも、ホテルに監禁されていたロシア女性もいた。(マイクズ・プレイス。緑の虹彩を持った女性とロシアの崩壊

国が崩壊すれば、こんなことになるのである……。

この時代、自分の身の回りでも、たくさんの人たちが窮地に落ちていき、自殺したり、消息がなくなったり、逮捕されたり、殺されたりしている。

私たちは誰でも、自分だけが例外であると思いがちだが、そんなことはない。国が経済崩壊し、世の中がどん底に向かって流転していくとき、誰もがそれに巻き込まれていくのである。

こういった事実が目の前にあるので、私もまた自分の立っている場所が薄氷であることは充分に認識している。

世界が再び経済的混乱に落ち、日本も巻き込まれたら、個人がどんな素晴らしい資質を持っていても助からない。高学歴も、高資格も、真面目な性格も、ポジティブ思考も、そんなものは何一つ役に立たなくなる。

アジア通貨危機はじわじわと来たのではない。ある日、突如として通貨暴落が来て、そのまま一直線で国家破綻、一流企業の崩壊がやってきた。経済危機は、いったん始まったら逃げる間もなく突き進むのだ。

そんな時代がまた巡って来るのは確実だ。その時、どのように生きるのか……。それが、これからの課題になっていくことだろう。



バンコクの古い路地裏から向こう側に立つ新しいビルを見る。こうしたビル群は1990年代に建てられたものも多い。



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