1990年までは、日本人が日本に生まれるというのは、それだけで無条件に幸せなことだったと思われていた。日本は稀に見る経済大国だったし、自他共に認める先進国だ。

退屈な仕事でも、どこかで真面目にきちんと働けば終身雇用が当たり前で生活は安定した。だから、結婚してマイカーを買ってマイホームを持って子供を作って和気藹々と暮らすという普通の生活は普通に実現できた。

しかし、バブル崩壊以後、就職氷河期が始まり、土地神話が吹き飛んで資産も減少、終身雇用を約束してくれていたはずの企業も経営が苦しくなり、2000年以後はそれを約束しなくなっていった。

人を雇うのであれば、いつでもクビにできる非正規雇用を増やすようになり、雇用も不安定化した。格差が拡大し、貧困が広がり、重苦しい不安が社会を覆い尽くすようになった。

そこに、子供が減って高齢者ばかりが増えるという少子高齢化の問題も深刻になっていく。すでに日本は世界でも類を見ない超絶的な高齢化社会に突入している。

それは、ただの高齢化社会になるのではない。日本は社会保障費の増大で国家財政は極度の負債を抱えているので、高齢層の面倒を見れなくなる。


「早く死にたいが死ねない」という絶望の貧困


少子化も加わっており、さらに家族の解体も進んで親と子の絆も弱まり、人々が孤独になっているので、高齢層は貯蓄の乏しい層から貧困に転がり落ちる。

つまり、日本は「高齢貧困社会」になっていく。

国は頼りにならないのだが、それでも国の保護にすがらないと生きていけない高齢者が爆発的に増える社会になる。生活保護を受けている世帯の半数以上が高齢者になっているのを見ても分かるはずだ。

高齢者の貧困は、当事者にとっても社会にとっても実に致命的な問題である。

現実問題として、65歳を過ぎた高齢者を雇うような職場はあまりないし、雇われても低賃金だし、体力的にも無理が効かなくなっている。

だから、ほとんどが収入を得る手段がないまま世の中にも捨てられ、「早く死にたいが死ねない」という絶望の貧困に放り込まれる。

今の社会保障費は早晩、限界に達する日がくる。国が貧困の高齢層を見捨てて、社会も彼らを無視すれば、住むところもなくした高齢層はホームレスになるしかない。

地方では朽ち果てそうな「あばら家」に住んでいる高齢者を西日本で見かけたが、今後地方の6割は少子高齢化によって街や村の存続が危機に落ちる。

都会ではどうなのか。都会でも今後は主要なターミナル駅に高齢のホームレスが集まるような光景になっていく。

1970年代の石油ショック以後、見捨てられた労働者たちがターミナル駅の地下で段ボールを敷いて暮らし始めた時期があったが、その再現となるかもしれない。

行政は彼らを追い出そうと努力するが、夥しいホームレスの出現に、そのうちに予算も気力もなくして放置されるようになっていく。



現実問題として、65歳を過ぎた高齢者を雇うような職場はあまりないし、雇われても低賃金だし、体力的にも無理が効かなくなっている。だから、ほとんどが収入を得る手段がないまま世の中にも捨てられ、「早く死にたいが死ねない」という絶望の貧困に放り込まれる。

街全体が貧困に乗っ取られるような状況になる


貧困層が増えると、都会では地価の安い昔からの貧困地区に引っ越す層が増えていく。その地域は人口過密になっていき、明らかな貧困地区として街全体が貧困に乗っ取られるような状況になっていく。

東京の山谷や大阪のあいりん地区は今も貧困地区だが、安い宿は外国人観光客を呼び寄せて街の光景を変えている。昔と雰囲気が変わった。

その一方で、相変わらず貧困層がそこに寝泊まりしている姿もある。よく見ると、その人たちは「ほとんどが高齢層」と化してしまっている。

この姿は各都市の未来の姿でもある。これからの日本の絶対貧困層は高齢者が占めるので、貧困の街は全体が老人ホームのようになる。

そのため、貧困高齢者のホームレス、スラム化したマンションやアパートが街を覆い尽くすことになる。

日本は1960年代までとても貧しい国だった。東南アジアとは変わらない世界があった。しかし、日本はそこから飛躍して、豊かな国に変貌した。

しかし、豊かな国が人口政策を間違え、少子高齢化と社会保障費の増大を放置すれば貧しくなるのは必然であり、日本もまたその宿命から逃れられない。

再び貧困が日本に戻ってくるのだ。

多くの日本人が「このままでは国が駄目になるかもしれない」と気付いたのは、2005年を過ぎたあたりからだった。

バブルが崩壊して15年。社会構造が変化して経済的な勢いを取り戻すことなく貧困と格差が広がり、若者や女性と高齢者が困窮しているのに人々は気付いた。

統計を見ても、若者が経済的に追い詰められているのは隠しようがない事実だったし、企業の非正規労働者の拡大が若者の将来設計を奪うという流れも見えていた。



豊かな国が人口政策を間違え、少子高齢化と社会保障費の増大を放置すれば貧しくなるのは必然であり、日本もまたその宿命から逃れられない。再び貧困が日本に戻ってくるのだ。

増税やインフレで高齢層は絶望の貧困に落ちていく


貧困と格差は止めることができず、2012年を過ぎた頃から団塊の世代の引退によって貯蓄のない層から貧困に追いやられていくようになった。

「こうなることは、あらかじめ予測されていた」という部分に注意して欲しい。そうなるのは分かっていたのだ。にも関わらず、誰もそれを止めなかった。

少子化も進んでいたが、これも放置されるがまま放置されてきた。今でも放置され続けている。だから人口構成のいびつさで日本の成長は不可能になることも「すでに予測されている」のである。

ほんの数年前まで、「団塊の世代は勝ち逃げで引退後は年金で悠々自適の生活に入る」などと夢みたいなことを言っている馬鹿丸出しの経済学者もいた。

現実的に考えて、1071兆円の借金を抱えて政府が苦境にもがき、高齢層だけが爆発的に増えていく社会の中で、悠々自適などあり得るわけがない。

日本人の貯蓄率を見ると、もう貯金が100万円未満で7割以上を占めている。

若者であれば、貯金があってもなくても労働すれば生きていけるかもしれないが、高齢者には仕事などない。何もできないまま見捨てられる。

何が起きるのかは火を見るよりも明らかだ。

これから高齢者が見捨てられて、大量に死んでいく時代になるのである。年金が削減され、増税やインフレが来たら、それが合図になって高齢層は極限の貧困に落ちていく。

施設に預けられても金が切れて、そのまま路上に放り出される高齢者も出てくる。

孤独死も山ほど増える。高齢者の夫婦が心中する事件も増える。のたれ死にする高齢者も増える。ホームレスになって凍死する高齢者も増える。

認知症の高齢者も増える。ゴミ屋敷で暮らす高齢者も増える。餓死する高齢者も増える。

少子高齢化は日本を蝕んでいる。地方は人口減で自壊しつつある。ボロボロになってしまっているのだ。地方が先に壊れ、街は見るからに貧相な状況になっていく。その次に都会が壊れていく。

こうした日本の未来の姿を、想像したことがあるだろうか?



少子高齢化は日本を蝕んでいる。地方は人口減で自壊しつつある。ボロボロになってしまっているのだ。地方が先に壊れ、街は見るからに貧相な状況になっていく。その次に都会が壊れていく。


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