アメリカはベトナム戦争で手痛い敗北を味わったが、このベトナム戦争を率いていたのは国防長官であったロバート・マクナマラであった。

ケネディ時代からジョンソン時代までのベトナム戦争は、実質的にロバート・マクナマラが戦争責任者として戦略から実行までを行っていた。

ベトナムに絨毯爆撃を行ったのもこのロバート・マクナマラだった。マクナマラは決断力に優れ、人望もあり、状況を見て的確な判断を行う能力があり、凄まじく優秀な人間だった。

しかし、ベトコン(南ベトナム民族解放戦線)はこのマクナマラ長官が冷徹な計算とマネージメントで行ってきた戦争に屈しなかった。

ベトコンは攻めれば引き、追いかければ民衆に紛れ、絨毯爆撃が常態化すれば地下に巨大なトンネルのネットワークを築き、戦功を焦るアメリカ軍を長期に渡って翻弄して、結局はアメリカに勝利を収めた。

アメリカは圧倒的な武器弾薬、よく訓練された兵士、情報ネットワーク、そしてこの時代で史上最高と言われたマネージメントのプロであるロバート・マクナマラを持ってしても、小国のゲリラに勝つことができなかったのである。

圧倒的に優秀な者が必ずしも勝利を手に入れるわけではない奇妙な現実がここにあった。


マクナマラは、その当時「最強の人物」だった


ロバート・マクナマラは、国防長官の前歴はフォード・モーターの社長であった。この時代のフォードは、アメリカを代表する巨大企業であった。

そこのトップとして辣腕を振るっていたロバート・マクナマラは、頭脳明晰にして冷静、みなぎるようなバイタリティとタフな実行力を兼ね備えていた人物だった。

言わば、この時代においては世界でも最高レベルの人物であったと言ってもいい。ところが、この切れ者がベトナム戦争で躓いてしまった。

晩年、84歳になったロバート・マクナマラは、あるドキュメンタリー映画でこのように語っている。

「戦争というのはあまりにも複雑であり、そのすべての要因を正確に計算することは人知を超えている」

実は、ここにアメリカという国の国家運営の弱点が垣間見えてくる。アメリカは、すべてにおいて「マネージメント」で突き進む性格が強い国だ。

ロバート・マクナマラはその権化でもあった。現代でもそうだが、アメリカは常に少数のずば抜けた頭脳が情報を分析して戦略を立て、トップダウンで命令を下し、それを下の人間が全力で任務遂行に当たるという方法だ。

このため、比較的「環境に変化がない」時代は猛烈に効率的な判断を下すことができるので、このマネージメントに敵う国はない。

当時のフォードやGMの工場は、まさに効率化と合理化の塊であり、それによってアメリカの自動車産業は世界を制覇した。当時の自動車産業は世界を牽引する産業だったので、アメリカはそれによって世界で最強の産業国家となっていたのだ。

「すべての要因を正確に計算できない」ので負けた


戦争が「工場の管理」のようなものであれば、ロバート・マクナマラは一瞬にしてベトコンに勝っていただろう。しかし、戦争は工場のように管理できるものではなかった。

戦争の現場は混乱の極みである。情報がトップに上がったときは、もう現場では状況が変わっている。すべての要因が流動的で、しかも流れは一瞬にして変わる。

ゲリラは正規軍のように統制が取れたきれいな動きをしない。アメリカ軍の裏をかき、神出鬼没で攻撃を行い、正規軍を長期に渡って攪乱していく。

だから、アメリカ式の合理化と効率化は、混沌に立ち向かえなかった。いみじくもロバート・マクナマラが語った通り、「すべての要因を正確に計算できない」のだ。

その結果、いつまで経っても成果が出せず、長期に渡って抵抗されると、現場もトップも厭戦気分になり、士気が下がり、戦費だけはいたずらに消耗して自滅していく。

つまり、優秀な人間が数字や計算のみで判断を下す「トップダウン方式」は、混沌とした時代になるとまるで役に立たない国になる。

このゲリラの長期戦に敗退するパターンは、2001年から続いたアフガニスタン戦争やイラク戦争でも相変わらず変わっていなかった。

2003年にアメリカ軍がイラク攻撃をしたとき、イラクはまったく抵抗せずに消えてしまい、ブッシュ大統領は喜び勇んで「アメリカは勝利した」と演説すらした。

ところが、アメリカがいざイラクを統治しようとすると、ゲリラが神出鬼没にアメリカ軍に襲いかかり、テロ攻撃をしかけて追い詰めていった。

ルール無用で長期戦も辞さず、平静であったと思ったら不意に襲いかかってくる混沌にアメリカ軍は10年も翻弄され、結局、戦費を無駄に消耗してイラクから撤退した。

同じく、何の戦功も挙げられない泥沼のアフガニスタンからもアメリカ軍は引いた。タリバンは今もアフガニスタンの広範囲を実質支配している。



ロバート・マクナマラ。1960年代、アメリカ最強の頭脳だったが……。

混沌とした時代には、優秀な頭脳も歯が立たない


ロバート・マクナマラの挫折は、優秀な頭脳であっても混沌には歯が立たないことを明確に示している。そして、混沌の時代は過去の成功体験が意味を為さないことも意味している。

この事実は、これから私たちがどのように生きるのかに大きな示唆を与えるものだ。

すでに時代は混沌に流れている。

「学歴や資格を取って大企業に勤めて定年までつつながく暮らして老後は年金生活」は、もう終わった。終身雇用も終われば、大学卒業生がみんな正社員という常識も終わった。

そんなものは2001年から2006年までの小泉政権時代で、完膚なまでに叩き壊された。非正規労働者の増大も、格差の拡大も、それは政府が意図的に行った「政策」だったのである。

この時に「時代が変わった」と気付いていた人は、本当にごく少数なのだが、気付いている人は気付いていた。

格差は若年層だけではなく、今後は中高年にも襲いかかっていくとしっかりと認識していた人はそれほどいなかった。ほとんどの人は他人事のように見ていたのである。

その後、2008年にはリーマン・ショックが襲いかかって、企業は露骨なまでのリストラを恒常的に行うようになった。その後、終身雇用は捨てられて、リストラは日常茶飯事になった。

ある意味、リーマン・ショックはリストラの大義名分を作った出来事であったとも言える。弱者は、切り捨てられる混沌の時代になったのだ。

さらに、これからは政府や行政が福祉や年金を切り捨てていく時代に入る。

財務省が執拗に税金を上げようと画策していることや、じわじわと年金を削減していることや、政府の借金が今もまったく減らないことを見ても分かる通りだ。

国民は明確に「切り捨て」の対象になっている。

状況が混沌としている中で生き残る人間は、平常な時代に力を発揮するエリートではない。むしろ、ゲリラ戦法のように、その場その場で「自分で判断して状況に合わせる」ことができるゲリラの方だ。

私たちは今、まぎれもなくゲリラのように生きることが求められている。

今後は、こうした混沌がさらに明確になっていくはずだ。混沌の中で生き方の参考にしなければいけないのは、マネージメントの天才であったロバート・マクナマラよりも、むしろホー・チ・ミンなのかもしれない。



ホー・チ・ミン。ゲリラ戦で圧倒的なアメリカ軍を制した。混沌の中で生き方の参考にしなければいけないのは、マネージメントの天才であったロバート・マクナマラよりも、むしろホー・チ・ミンなのかもしれない。


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