私はカンボジアでもインドでも、ゴミ捨て場に暮らしている人たちと会っている。ゴミまみれの中で暮らしている人たちは途上国では馴染みの光景だ。(カンボジアの広大なゴミ処理場はこれからも子供たちが働く

貧困が生み出したこのような光景は悲惨だが、先進国であるはずの日本でも、最近は違った意味でゴミにまみれて生きる人たちがしばしば話題に上がる。

ゴミ屋敷やゴミ部屋に住む人たちだ。

部屋に足の踏み場もないほどゴミで埋もれてしまう人たちは、昔から一定数いたはずだが、なぜここに来て増えているように感じるのか。

それは、老若男女すべてで単身家庭が増えていることに関連性があるのではないかと言われている。

単身若年層では精神的に問題があってゴミ部屋に埋もれることがある。単身高齢層では認知症が進んでゴミ部屋になってしまうこともある。

いや、単身高齢層の場合は、認知症でなくてもゴミを捨てるのがだんだんと面倒になって、ふと気が付いたらゴミ屋敷になっていたというケースもある。


ゴミに埋もれた部屋を見たことがあるだろうか?


かつては単身家庭が少なく、常に家族の誰かが一緒だったので、その人がコントロールできなくても一緒に暮らしている家族が何とかしていた。

ゴミを貯め込む人がいたとしても、家族が無理やりゴミをゴミとして捨てていたのである。

しかし、こうした人たちが「ひとり暮らし」になると、誰も止める人がいない。したがって単身家庭が増えれば増えるほど、目立たなかった「ゴミ屋敷、ゴミ部屋」が目立つようになっているのだと言われている。

あなたは、こうしたゴミに埋もれた部屋を見たことがあるだろうか。

私は何度もある。海外でもタイ女性がゴミまみれの部屋に住んでいるのを見たし、日本でもアルコール依存の女性の部屋がゴミまみれだった。(ゴミの部屋に住む全裸の少女。ゴミ屋敷は何を意味するか

さらに最近もまたゴミ屋敷を久しぶりに見た。ある80代の男性は埼玉県に一軒家を所有していたが、彼の家は玄関前に壊れた家具や手入れのされていない植木が散乱していた。

玄関のドアを開けると、その瞬間に足の踏み場もないほどのゴミの山が目に入り、異様な臭いに後ずさりしてしまうほどだった。ペットボトル、衣服、紙くず、ビニール袋、酒のビン。ありとあらゆるものが散乱していた。

それを掻き分けて中に入ったのだが、廊下から奧の居間までゴミの海のようになっていた。居間はかろうじて1畳ほどの空間があって、そこに80歳になる高齢者がひとりで暮らしていたのだった。

得体の知れない虫が敷きっぱなしの布団の上にも這い回っていたが、その人はまったく気付いていなかった。新聞も散乱していたが、ふと日付を見ると3年以上も前の新聞だった。

「母さん(妻)が死んで汚くなってね。夜になるとネズミが走る音も聞こえますよ」とその高齢者はのんきに話した。息子は2人いるのだが、どちらも帰って来ないという。

「掃除はしないんですか?」と尋ねると「そのうちにね。もう歳だから、なかなか身体が動かなくてね」と他人事のように話していたのが印象的だった。

「最初から片付けるつもりがない」という人もいる


こうした人は、大きく分けて2つの種類があるのだと言われている。1つめは「片付けたくても片付けられない人」、2つ目は「最初から片付ける気がない人」なのだという。

「片付けたくても片付けられない人」については、程度の強弱はあるとしても私たちも理解できる。

モノが増えていって捨てたいと思っても、いざ捨てるとなるとあれもこれも大切に思えて捨てられずに困ってしまう経験は誰でもする。

明らかなゴミであっても、粗大ゴミをどのように出していいのか、あるいはゴミの分別をどうしたらいいのか判断できないまま、ずっと捨てられないで溜まってしまったという経験も誰でもある。

捨てたい、片付けたいという気持ちはあるのだが、片付けられないまま時間が経ってしまうのである。

さすがに、そこからゴミ部屋になるまで放置する人は少数派だと思うが、気が付いたら部屋が散乱していたというのは誰しもが経験することだ。

しかし、それとは別に「最初から片付けるつもりがない」という人も世の中にはいるのだという。こうした人たちを心理学的には「強迫的ホーディング」と呼ぶという。

すさまじく大量の物品を集めるだけ集め、もはや部屋の中を自由に行き来することすらもできなくなってしまっても、まだ溜め込む。

蒐集癖の成れの果てと言えばそうなのだが、蒐集するものが意味も価値もないものであることも多く、秩序だった蒐集家とはまた違うニュアンスの無秩序さが蒐集物と部屋の状態にあらわれていく。

ドアを開けた瞬間、もうゴミとしか思えないようなものが2メートルも積み上がっている状況になっているのも珍しくない。そんな中で暮らしているのである。

「ただ、だらしがないだけ」と考えると間違う


いずれにしても、凄まじいゴミを部屋に溜めてしまう人は、精神的に何かが壊れてしまっているような状態であるとおおよその想像がつく。

多くの場合は、こうした状況に陥る人は軽度のうつ病になっている可能性が指摘されるという。

人間関係や仕事からくる慢性的なストレス、あるいは心身の疲労から何も考えられなくなって、家に戻ってきた時は精神疲労の極限に達しており、もはや日常に気を配る余裕さえ失ってしまう。

通常、女性はきれい好きであると言われているが、足の踏み場もないほどのゴミ部屋になるのは6割から8割の確率で女性に多いと言われている。

それは、現代社会は女性の方がストレスにさらされやすい環境になっているからだとも捉えることができる。

「ゴミを出す」「掃除する」という日常ができないほど疲労困憊してゴミ出しや片付けを放棄し、やがて気が付いた頃には部屋が壮絶なゴミ屋敷と化している。

そこまでくるとますます気が滅入って「何をどうすればいいのか」すらも分からなくなり、現状を改善することが不可能になってしまうのだ。

そう考えると、部屋の状況は「心の状態を示している」と言えなくもない。部屋が荒廃しているというのは、その部屋の所有者の心が荒廃しているということでもある。

もちろん中には「本当にだらしがないだけ」の人もいるかもしれない。しかし、それがすべてではない。

部屋の所有者が「だらしがない」という見方だけでなく、部屋の所有者の精神状態がストレスと軽いうつ病で平静を失っているという見方も必要なのである。

つまり、その人を苦しめている精神的な問題を解決しない限り、いくらゴミを撤去しても再びゴミ部屋になってしまうということでもある。

ゴミ部屋の解決に必要なのは部屋の片付けではなく、その人の心の治療であるというのは、もっと知られてもいい事実のように思える。



ゴミ部屋の住民が増えている。ゴミ部屋の解決に必要なのは部屋の片付けではなく、その人の心の治療であるというのは、もっと知られてもいい事実のように思える。



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