ドナルド・トランプが大統領に就任してから、アメリカの分断はより加速されている。

アメリカは移民の国であり、人種の坩堝であり、世界で最も人種の融合に成功してきたと言われていた国家だった。ところが、このアメリカでも今はトランプ大統領が登場し、人種間・宗教観・価値感の対立がどんどん先鋭化している。

トランプ大統領はイスラム教徒やメキシコ移民を激しく嫌っていて、彼らこそがアメリカの治安悪化の元凶としてアメリカから取り除こうとしている。

それが今まで沈静化していたはずの人種問題を刺激することになって、再び白人と黒人の対立と分離が目立つようになってきているようだ。

アメリカでは今でも黒人団体が差別撤廃で活動しているのだが、裏を返せばアメリカ国内で白人と黒人の分断が今も消えていないということだ。

スポーツや音楽や映画の世界でセレブと化した黒人を見ていると気付かないが、アメリカ底辺では黒人とヒスパニックの貧困層で満ち溢れているのだ。

就職で、グループで、コミュニティで、賃金で、待遇で、人種の分断が依然として残っており、そうした分断がトランプ大統領の登場で亀裂が深まり対立が刺激されている。


至るところに貧しい黒人が暮らす地域が存在する


アメリカは1%の金持ちと99%の貧困層に分かれたと言われているが、黒人のほとんどが貧困層の側に押し込められ、黒人の居住地は「ゲットー」と呼ばれている。

ゲットーとは言うまでもなく、かつてのユダヤ人隔離地域のことだが、それがアメリカでは「黒人隔離地域」のように使われている。

ゲットーと言えば、ニューヨークのサウスブロンクスやブラウンズビルを思い出す人も多いが、それだけではない。

ミシガン州のデトロイトやフリント、ニュージャージー州カムデン、カリフォルニア州オークランド、ミズーリ州セントルイス、テネシー州メンフィス、ジョージア州アトランタ、イリノイ州シカゴ……。

アメリカには至るところに貧しい黒人が暮らす地域がゲットーと自嘲されて存在しているのである。

こうした貧しい黒人が街に増え始めると治安が悪化し、ドラッグと売春が蔓延するので中流層がすぐに逃げ出して、街はたちまちのうちに荒廃する。

街が極限まで荒廃すると「再開発」という名目で住民たちの立ち退きが始まり、洒落た住居が建つと地価や家賃が上がるので貧困層は散って別のところが黒人のゲットーになる。

アメリカは、それを延々と繰り返して街の荒廃と破壊と再生を繰り返して来た。

白人と黒人の住居が混じり合うというのはあまりない。人種が融合しているのではなく、モザイク画のように分離してしまっているのである。

南部では人種差別主義団体であるKKK(クー・クラックス・クラン)がいまだに残っている。(いまだに人類の心の闇に残る、人種差別という原始的な感情

こういった団体が2016年の大統領選挙でドナルド・トランプを熱狂的に支持したのが大きく取り上げられたこともあるが、これもまた現代アメリカのひとつの側面でもある。




アトランタのラッパーのPV。映像に出てくる街を見れば、そこが黒人のゲットーになっているのが分かる。アメリカには、こうしたゲットーが多く存在する。

ニカブの女性とドラァグ・クイーンが共存する世界


アメリカ人のほとんどは、個人の自由を強く信じている。

人間には自分を支える宗教や哲学や伝統がある。アメリカでは自分が何を信じていても、それは自由だ。どんな反社会的な思想であっても、それを信じる分については自由だというのがアメリカ人の思想である。

当然、自分とはまったく違う哲学や伝統を信じる人もいることもアメリカ人は把握している。

しかし、相手が何を信じていても、それはそれで自由なのだ。こういった違いがあって当然だし、アメリカではそれが認められなければならないとされている。

ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、仏教徒、キリスト教徒は、それぞれ自分の信じる思想を信じる自由があり、自分がそれを認められている以上は、相手の思想も認めなければならない。

誰がどんな思想を持っても自由であるべきだというのがアメリカ人の主張である。

また、肌の色がどうであっても、性別がどうであっても、生い立ちがどうであっても、それはそれで差別があってはならない。多様性は維持されなければならない。

最近、アメリカではニューヨークの電車に、ニカブをかぶったイスラム教徒の女性と、派手に女装したドラァグ・クイーンという両極端な存在が何気なく座っている写真が話題になったことがあった。

「これがリベラルの望む未来の姿だ」と気持ち悪がる人がいる一方で、多くのアメリカ人は「何が悪いのか? これがアメリカの現状だ」と肯定する声も多かった。

どんな格好をしても、どんな宗教を信じても、それは自分のものと相容れなくても許容するというのがアメリカ人の信じる「自由」である。

そして、その崇高な理想がアメリカ人の誇りでもある。

だから、ニカブの女性とドラァグ・クイーンが共存しても、それを許容して「素晴らしい」と感じる人が圧倒的にアメリカでは多い。






どんな格好をしても、どんな宗教を信じても、それは自分のものと相容れなくても許容するというのがアメリカ人の信じる「自由」である。そして、その崇高な理想がアメリカ人の誇りでもある。

人種間・宗教観・価値感の共生は容易なものではない


しかし、自由を認めるというのは「相手と永遠に共存できない」という矛盾がそこに潜むのはアメリカ社会を見れば分かる。

相手が自分とまったく相容れない価値感を持っている場合、相手がそれを信じるのは自由なので自然と分離し、時にはそれが激しい対立構造を生み出すことになるのだ。

違う人種・宗教・文化を持つ人間をすべて混ぜ込んだ結果、それぞれが自然に分離してモザイク化し、互いに相手を理解できない社会が誕生した。

その多様性が大きな融和を生み出している一方で、裏では激しい軋轢と憎悪をも生み出しているのがアメリカだったのだ。

バラック・オバマの時代は、自身が黒人だったこともあって人種の融和の存在と化し、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)のすべてを許容した。

軍隊にも同性愛者を許容するように働きかけ、さらに同性愛者のトイレ問題でも「自分の信じる性のトイレを使って良い」という展開になっていった。

しかし、ドナルド・トランプが大統領になると、一転して過度な融和は制限され、不法移民を追い出し、LGBTへの予算もカットし、トイレも出生時の性のトイレを使用することとを通達するようになっている。

アメリカですらも、価値感をめぐって激しいせめぎ合いがあり、人種間・宗教観・価値感の共生は容易なものではないことが露呈している。

世界を見ると、もっと悲惨なことになっている。

人々は宗教が違う相手を憎んで殺し合い、人種の違う相手を憎んで殺し合い、民族の違う相手を憎んで殺し合う。

一見、和解したように見えるものでも、実は和解ではなくて、一方が武力で圧倒されて屈服させられただけで、本当は和解になっていなかったりする。

世の中には、自分とまったく同じ信念や感覚の人間は絶対にいない。同じ宗教を信奉していても、その中でも性格の違いや、感覚の違いで人間関係が分裂していたり、争いがあったりする。

多様性はあるべきなのだが、多様性があることによって、相手との行き違いや反発や憎悪が吹き出していく。これは仕方がないことだ。これを「現実」と呼ぶ。



今も存在し、根強く南部で活動するKKK。


ディラン・ルーフ。黒人教会に乗り込んで、聖書の勉強会をしている黒人たちを9人次々と殺していった。(自由の国と言いながら実際には人種で分離しているアメリカ



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