2017年3月15日、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで奇妙な日本人が逮捕されていた。瀧谷具靖(たきや・ともやす)という44歳の男だった。

1972年5月1日の東京都出身の男で、プロのバンドマンとして活動していたと言われている。ボーカル担当やギターの担当で、2つほどのバンドに所属していたようだ。

しかし2010年7月、神奈川県の相模原市に住む中国籍の女性、史潔瑩(し・けつえい)という40歳の女性を首を絞めて殺害し、この女性のキャッシュカードで金を引き落として逃亡した疑いが持たれている。いくら盗んだのか。

1万円だった。

人を殺してたった1万円しか手に入らなかった。この時点で、この男がかなり行き当たりばったりに生きているバンドマンだったということが分かる。

計画的に動く男なら人を殺していくら手に入るか最初から計算して実行するはずだが、この男はそういった計算もなかったのだろう。

なぜ中国女性だったのかも謎だ。もしかしたら偽装結婚の話でもあったのかもしれない。


流れ者になったのに、やっていることがちぐはぐ


特徴のある顔かたちや容姿をしているので、指名手配されたらすぐに身元が割れるのは確実だ。

そこで瀧谷具靖は海外逃亡するのだが、行き先はなぜかアルゼンチンだった。

土地勘があったのか、それとも陽気なラテン音楽が彼の琴線に触れていたのか、あるいは好きなサッカー選手がアルゼンチンの人間だったのか、それとも例の如く行き当たりばったりだったのか……。

普通、アルゼンチンに高飛びするというのであれば、アルゼンチンで日本と縁を切って潜伏生活をする自信があるということを意味するが、この男はどうも違っていて、やっていることがちぐはぐだった。

アルゼンチンまで行って、わざわざ日本人が経営する小さなアパート「上野山荘ブエノスアイレス別館」というところに潜り込んでいるのだった。

ここは日本人の女将さんが経営するアパートだったので、アルゼンチンの安宿を探している日本人のバックパッカーが集まり、瀧谷具靖もそこに紛れ込んでいたのだという。

国際指名手配されている人間なのだから、アルゼンチンまで来たのなら日本人と関わらないところに潜り込むべきだ。そうでないと、高飛びした意味がない。

いちいち地球の裏側まで行っても日本人に関わっていたら、いつ詮索されるか分からない。さらに、そこでトラブルを起こしたら、せっかくアルゼンチンまで逃げたのに「この国にいた」と通報されるのも確実だ。

この宿はレティーロ駅に近かったということなのだが、その駅の裏側はスラムになっていて、旅人は容易に入れない地区であったと言われている。指名手配されて流れ者になったのであれば、行き先はそちらの方だ。

にも関わらず、わざわざ日本人の経営するアパートに泊まり、日本人に関わって、自分がバンドマンだったことや東京出身のことを得意げに吹聴して、自分のことを「ナイトと呼べ」と言っていたのだという。

宿代を踏み倒して逃亡し、そのまま行き詰まった


さらに愚かなのは、この男は宿代133日分を踏み倒して逃げていることだ。そのために狭いアルゼンチンの日本人社会で、「信用できない男なので気を付けて下さい」と瀧谷具靖の顔写真が出回る羽目となった。

133日と言えば4ヶ月以上の滞納になっていたということだが、人を殺して1万円しか奪えなかったほど行き当たりばったりに生きている人間なので、所持金はほとんどなかったことが窺い知れる。

では、アルゼンチンにいる間はどうしていたのか。

どうやら人づてに紹介された日本料理屋で働いたり、夜な夜な遊び回るバーなどに知り合いの日本人を連れていって、店からリベートをもらって何とか金を手に入れていたようだ。

しかし宿代を4ヶ月以上も払えないのだから、大した稼ぎになっていなかったようだ。

ブエノスアイレスにバックパッカーでやってくる日本人などたかが知れているし、店からリベートをもらうと言っても、同じ人間を毎日毎日連れ出すわけにもいかない。

そもそもバックパッカーは、世界で一番「金払いの悪い人種」でもある。そのため、瀧谷具靖の生活はかなり苦しかったことが窺える。

宿代も払わずに居座り、さらに他のバックパッカーにタカるのだから、それで慕われることはない。

自分の思い通りにならなければ突然キレたりすることもあったということで、慕われるというよりも逆に危険人物扱いにされていたようだ。

結局、この男は宿の改装の日の早朝に鍵も返さずに出ていった。この宿では泊まった旅人の写真をボードに飾っていたのだが、逃亡するときは自分の写真を剥がしていた。

本人はうまくやったつもりだったが、宿にパスポートの写真が記録されていたので、その写真がブラックリストとしてアルゼンチンの日本人会に流されることになった。



瀧谷具靖(たきや・ともやす)。せっかく高飛びしたのに、現地で日本人と関わって自分の居場所をさらしていた。そんなことをするなら、日本に潜んでいた方がよほどいい。

合理的な判断ができれば違った人生になっていた


実は、この時点でブエノスアイレスでは総領事館からパスポートの返納命令が出ており、「この男を見かけたらただちに最寄りの在外公館へ通報するように」と呼びかけられていた。

日本で殺した中国人女性のキャッシュカードで1万円を降ろしたときに防犯カメラに瀧谷具靖の姿が映っており、すでに身元は割れていたのである。

アルゼンチンに居られないのであれば、ブラジルと考えたのか、瀧谷具靖はその後、ブラジル・サンパウロで知り合いが勤める日本料理店に潜り込んだ形跡もあるようだ。

しかし、そこでもうまくいかなかったのか、そもそも最初からブラジルには向かわなかったのか分からないが、そこで瀧谷具靖の表立った姿は日本人社会から消えている。

その間うまくいっていたのか。

行き当たりばったりの性格上、どうもうまくいっていなかったようだ。次に発見されたのは、ホームレスと化してブエノスアイレスの繁華街でウロウロしながら過ごす姿だった。

2017年3月、このホームレス生活で警察に職務質問され、不法残留になっていることで拘束された。

さらにICPO(国際刑事警察機構)の情報で指名手配犯であることが判明し、日本に国外退去処分されて羽田空港で逮捕されている。

今後、中国女性殺害事件で起訴されることになるはずだが、有罪判決が出ると今度は刑務所で十数年を過ごす必要がある。出所した頃には60歳になっていたとしても不思議ではない。

38歳で女性を殺したということは、すでにその前から生活には困窮していたはずで、行き当たりばったりの生き方では人生がうまく回らなかったことを示唆している。

早い段階で「まともに働こう」という合理的で常識的な判断ができれば少しは違った人生になっていたのかもしれないが、もう手遅れだ。

人を殺して1万円しか手に入らず、その1万円で防犯カメラに撮られて犯行がバレ、アルゼンチンでも宿代を踏み倒してブラックリストに載り、ホームレスになって徘徊しているところを逮捕されて強制送還され、今後の十数年は刑務所暮らし。

それが瀧谷具靖の人生だった。



瀧谷具靖。人を殺して1万円しか手に入らず、その1万円で防犯カメラに撮られて犯行がバレ、アルゼンチンでも宿代を踏み倒してブラックリストに載り、ホームレスになって徘徊しているところを逮捕されて強制送還され、今後の十数年は刑務所暮らし。



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