2017年4月19日、山辺節子という62歳の女性がタイから日本に強制送還されて逮捕されている。

彼女は何をやったのか。

高利を約束して50人近くから違法に約7億円近い資金を集め、それを私的に流用してタイに逃亡していた。「東芝、シャープ、ソニー等々につなぎ融資をする」という名目で出資者を騙して、本人は「つなぎ融資の女王」と自称していた。

「つなぎ融資」とは通常は、たとえば不動産の購入の際に現金の都合が付かなくなったとき、金融機関に一時的に借りてしのぐ借金のこととして知られている。

その「つなぎ融資」で金を集めるというのは、何か金融的に複雑なトリックがあったかのように見えるのだが、山辺節子のやっていた「つなぎ融資」の全貌はまだ分かっていない。

「数ヶ月後に東芝、シャープ、ソニーから確実に売上が入ってくるんだけど、今をしのぐお金がないので貸して。その代わり25%の利息を払います」

「つなぎ融資に出資したら確実に元本保証で25%の配当が取れるのでどうですか?」

こうした口実を使い分けて金を集めていたようだ。50人近くから7億円以上もの金を集めたと言われているが、その7億円も嘘かもしれない。被害総額はもっと多い可能性がある。


24歳もサバを読んでホスト狂いしていた山辺節子


山辺節子はタイで逮捕されたとき、すでに62歳であったにも関わらず、凄まじく若作りした格好が映像で流されて視聴者の度肝を抜いた。

まるで20代の女性のような髪型をしてリボン付きのカチューシャを付けて、肩を露出させた大胆なブラウスにピンクのネイル。しかもミニスカートで足を露出してピンクのサンダルで決めていた。

別に誰がどんな格好をしても構わないのだが、さすがに62歳でこれはなかなか見ない。しかし、彼女はタイでは「1979年3月3日生まれの38歳、絵利子(えりこ)」と自称しており、その38歳を演じていたのだった。

実際の彼女は62歳であったわけだから、24歳もサバを読んでいたことになる。そして、その格好でパタヤで知り合った31歳のホストを愛人にして、直前まで一緒に暮らしていた。

このホストの男はイサーンのウボンラーチャターニーの出身で、彼女はそこにこの男のために家を買ってあげていたという。

彼女はタイの刑務所で手記を書いたというのだが、週刊新潮によると、その手記には詐欺手口のことにはまったく触れておらず、自分のことを「絵利子」と称して陶酔した文章を綴っているという。例えば以下のようなものだ。

『彼は健康的な若くはじけるような笑顔で降りてきた。会うのは二十日ぶりである。彼は両手で絵利子のほほを包み込みやさしいキスをした。絵利子の好きなしぐさのひとつだ』

山辺節子は分かっているだけでも7億円、恐らく実態は数十億円規模の金を集めていたので、タイに愛人の男に家を買うくらいは何ともなかったはずだ。

フィリピンにもホストの愛人がいて、そこでも家を買ってあげていたという。

絵利子を名乗っていた山辺節子は、熊本県の益城(ましき)町の出身なのだが、九州にも1億円の豪邸以外にいくつもの別荘を持っていたようだ。

とにかく湯水の如く金を使っていたというのは間違いない。

彼女のホスト狂いは昔からで、日本にいるときは新宿歌舞伎町のホストクラブに出入りして、豪遊していた姿も目撃されている。

その時には2ヶ月で1000万円使っているのだから尋常ではない。根っからの「男好き」「浪費好き」だったことが分かる。

それにしても、こんな胡散臭い雰囲気が漂う女性に出資したいと思う男が50人もいたというのは不思議だが、いったい彼女はどのようにして男たちを籠絡していたのだろうか。



逮捕される瞬間の山辺節子。このときの瞬間のことを彼女は「自由も時間も呼吸までも止まる。そんな感覚で絵利子は呆然としていた」と言っている。まるで自分を悲劇の主人公のように綴るのが彼女のスタイルだ。


実際の彼女は62歳であったわけだから、24歳もサバを読んでいたことになる。そして、その格好でパタヤで知り合った31歳のホストを愛人にして、直前まで一緒に暮らしていた。


タイ人のホスト31歳。彼は最初から彼女が62歳であることはパスポートを盗み見て知っていたという。

「色仕掛け」は彼女の人生を貫く軸でもあった


山辺節子の派手な格好を見ても分かる通り、彼女は自分を性的アピールするのにまったく躊躇がない性格で、彼女の資金集めも「色仕掛け」であったと言われている。50人の被害者が全員男性であったことを見てもそれが分かる。

この「色仕掛け」は彼女の人生を貫く軸でもあった。

山辺節子は中学生までそれほど目立たなかった子供だった。ところが、高校生になってから急に派手好みになって、多くの男たちと付き合うようになり、駆け落ちして親に連れ戻されるような事件も起こしていたようだ。

結婚は20歳。相手はごく普通の男性で、すぐに長男と長女を出産して彼女は家庭に収まった……はずだった。

しかし、元から「男好き」の山辺節子は普通の家庭の主婦でいられるはずがなかった。夫が出張するたびに浮気を繰り返し、それが原因で離婚することになった。

もっとも、彼女にとっては「主婦」という鎖が取れて自由になった分だけ逆に良かったのかもしれない。子供は彼女が引き取ったが、子育ては親に任せっぱなしにしていたという。授業参観にも行かなかったようだ。

彼女は熊本市内でスナックをやりながら、パトロンを次々と見つけては「金の切れ目が縁の切れ目」で乗り換えていたという。彼女の狙っていた相手は、中小企業の社長たちである。

また、政治家や有力者と近づくために、選挙でウグイス嬢までしていた。

そのすべての男と肉体関係を持っていたとも言われており、それが彼女の「収入」になっていた。つまり、彼女の人生はタイで逮捕される62歳までずっと「色仕掛け」で成り立っていたということになる。

なぜ山辺節子が62歳にもなって、これほどまで派手な格好をしていたのかというのが窺えるはずだ。

その過剰なまでの性的アピールは、「色仕掛け」で生きてきた彼女の生命線だったからである。それが彼女の人生のすべてだったのだ。



なぜ山辺節子が62歳にもなって、これほどまで派手な格好をしていたのかというのが窺えるはずだ。その過剰なまでの性的アピールは、「色仕掛け」で生きてきた彼女の生命線だったからである。それが彼女の人生のすべてだったのだ。

パトロンが消えると資金がショートする生活


次々と男を乗り換えて男の金を湯水のように使っていた山辺節子だったが、恐らくそうした生き方に限界が見えてきたのが50代過ぎからだった。

いくら彼女が若作りしたとしても、本当に若い女性には敵わないわけで、若いときと同じようにパトロンになってくれる男はそれほどいなくなる。

山辺節子はこうした男をスナック稼業の中で見つけては贅沢三昧に明け暮れていたのだが、あまりの贅沢三昧の浪費で2005年には9000万円の借金を抱えて破産している。

このとき彼女はスナック経営の他にも塾経営にも手を出していたが、浪費癖と杜撰な経営ですべて破綻した。贅沢三昧が治らない限り事業が成功するはずもない。

しかし、もうそのときは彼女の贅沢癖は板についており、年齢相応に自分の人生を見つめ直すつもりはなかったようだ。

派手で贅沢三昧でいつも金にうなっているように表向きは見えていたのだが、パトロンが消えると資金がショートしている。

熊本県益城町の1億円の自宅を建てるときも途中で資金がショートして工事が中断し、新しいパトロンを見つけて数年かけてやっと家を建て終えたとも言われている。

ブランドの服、ブルガリやカルティエの時計、バッグ、車はジャガーやベンツやポルシェ、美容整形に400万円、ホスト狂い、あげくの果てに海外旅行で海外でもホスト遊びと散財していたら残る金も残らないのは当然のことだ。

これでは、どれだけ金があっても足りない。

結局、この浪費を穴埋めするために彼女が手を出したのが、金持ちから架空のつなぎ融資の話を持ちかけて出資させる詐欺だったということになる。

「つなぎ融資」で金を出させるというのは、もしかしたら彼女自身が最初は実際につなぎ融資を受けて、それをネタにできると思ったからなのかもしれない。今のところ、そのあたりの事情は彼女自身が語らないのでまだ分からない。

しかし、彼女は金を集める方法は知っていたのは事実だ。

派手な生活に派手な格好を見せつけ、知り合った社長や有力者の名刺を次々に見せて人脈があるところをアピールし、相変わらずの色仕掛けも駆使して、熊本のみならず東京や愛知の金持ちまで集めて金を出資させていた。

彼女の贅沢ぶりや色仕掛けで目くらまし状態になった男たちは、「元本保証で短期間で25%は固い」という彼女の説明が胡散臭いとは思わなかったようだ。

しかし、借りたものは返さなければならないわけで、返すためにはカモを集めなければならない。それが破綻したのが2017年であった。

これが山辺節子のトドメだった。

50代に入り、色仕掛けの限界が彼女の限界となった。400万円もの美容整形も彼女を救うことはなかったようだ。



熊本県益城町の1億円の家。ブランドの服、ブルガリの時計、バッグ、車はジャガーやベンツやポルシェ、美容整形に400万円、ホスト狂い、海外旅行と散財していたら残る金も残らないのは当然のことだ。



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