久しぶりのカンボジアは着いたその瞬間から雨まじりの天気だったので、熱帯の日差しについての防御をすっかり忘れてしまい、翌日は半袖のまま一日屋外にいた。

そのため、前腕が猛烈に日焼けして火傷を負ったように真っ赤に変色して発熱した。慌てて水で冷やしたり、濡れたタオルを前腕に巻いたりしたのだが、もう遅かった。

顔は無事だった。現地で買ったカンボジアの国旗マーク付きの帽子をかぶり、目も守らなければいけないというので、ずっとサングラスを付けていたからだ。

私は今までどんな強烈な真夏日でもサングラスを付ける習慣はまったくなかった。

しかし、今年からは直射日光を浴びて網膜を傷つけるのを避けようと考えるようになり、サングラスを初めて買った。

サングラスがあるのとないのとでは「こんなに違うのか」と思うほど目が楽だった。早くサングラスを使えばよかった。もう手放せない。(視力喪失時代。今の社会は人々の視力を奪い取っていく社会

下半身も長ズボンで防御していた。私はどんなに熱くても半ズボンは履かない。熱帯の貧困地区は夕方になると蚊の大群に遭遇する。マラリアは避けたい。


「触ると痛い」というと、余計に触って喜ぶ


そこまで注意していたのに、前腕だけは剥き出しのままだったのである。

徐々に焼いていければ良かったのだが、気付いた時にはもう焼けていたので後悔しても始まらない。

翌日には焼けた肌も収まるだろうと思ったのだが、収まるどころかもっとひどくなった。腕を上げ下げするだけで痺れを感じるようなひどさだ。

3日後以降は昼間は現地で買った長袖を着るようにした。ところが、使い捨てのつもりで安物を買ったせいで質が伴わず、火傷のようになった前腕の皮膚がこすれるのが痛んだ。

そこで太陽を気にする必要がない夜になってから半袖のTシャツに着替えてそれで過ごした。

そうするとちょうど上腕の部分に肌の白いところと火傷して真っ赤になっている部分のコントラストの激しさがよく見えた。バーの女性たちがそれを喜んで指摘した。

「触ると痛い」というと、余計に触って喜ぶ。

この状態で、モトバイクの運転手が連れて行ってくれたマッサージ屋にも寄った。

施術師に「腕がこんな状態になっているので触らないでくれ」というと「OK」と言うのだが、途中で思いきりつかんできた。私が思わずうめき声を上げると、彼女はクスクスと笑ってこちらを見ている。

私が痛がるのを知って、わざとやったのだと知った。その屈託ない笑みを見ていると怒る気も失せた。

よくよく考えてみれば、本当に触ることすらもできない状態であればマッサージ屋に行くはずもない。家で呻いている。ということは、こんな日焼けくらいは大したことはないと思われても仕方がない。

長らく熱帯地方に住んで太陽の熱に慣れたカンボジア人にとって、一日で日焼けして肌が傷むという経験もないだろう。

そう考えると、「たかが陽に焼けたくらいで痛がっているこの男はどれだけ軟弱なのか」と心の中で思われても不思議ではない。私は苦笑するしかなかった。

紫外線は有害であるということは知れ渡っている


日本に戻ってしばらくすると、今度はどす黒く変色して皮がボロボロと剥け始めた。火傷のような発熱は消えた。しかし、見た目が逆にひどい状態になった。

このまま放置していてもいいのだが、ひとまずはローションでも塗って肌のケアをしておいた方が治りが早いのではないかと思って近くのドラッグストアで腕を見せた。

すると、薬剤師の女性に驚かれた。

「これはローションじゃなくて薬の方がいいです」と言われて軟膏を勧められた。非ステロイド系の軟膏だが、これでダメなら医者でステロイド系の軟膏に切り替えればいいということのようだ。

「こんなに日焼けしたら、炎症を起こしたり、ひどいシミになったりしますよ」と諭される。「どこでこんな日焼けしたんですか?」と言われたので「熱帯の国に行ってたんですよ」と答えた。

「それなら日焼け止めクリームは必須です」

薬剤師の女性は断言した。

私はタイやインドネシアのビーチで灼熱の太陽を浴びながら過ごしている時期もあったが、日焼け止めクリームなど一度も使ったことがない。

しかし、もう紫外線は肌に有害であるということは知れ渡っているし、皮膚を痛めるのを分かっていながら無防備に日焼けする時代は終わっている。

もっとも、紫外線も有害だが、日焼け止めクリームも決して無害というわけではない。使うとしても必要最小限にとどめ、帽子、長袖、長ズボンで最初から防御しておくのが一番合理的であると理解する。

若いうちは灼熱の太陽を思いきり浴びて、生きている実感を感じたものだ。今では太陽を避けて、サングラスを買ったり日焼け止めクリームを買ったりしなければならないのか。なかなか面倒な時代になったものだ。

しばらくその軟膏を塗っていると、やはり専門の薬の効果は抜群で、やっと皮膚の火照りも収まって治ってきた。この調子だとあと1週間くらいでかなりきれいに治ってくれそうだ。



カンボジアの郊外の小路。熱帯の太陽は強烈だ。こんなところを一日中、歩き回って、前腕が火傷したように真っ赤に日焼けしてしまった。

もっと深い意味もあるのではないかと感じた


カンボジアの女性は褐色の肌が美しい。私は褐色の肌をした熱帯の女たちが好きで、自分の人生を賭けてずっと熱帯の女たちを追い求めてきた。

今でも褐色の肌をした女性の美しさに心を奪われる。

しかし、東南アジアの男たちの間には昔から「白肌信仰」があって、肌の白い女性であればあるほど美しいと無条件に思っている。それが今も続いている。

人間は稀少品に心を奪われる性質があるので、一日で日焼けしてしまう国では、白い肌の女性が稀少品の扱いになっても仕方がないことだと私は理解していた。

さらに肌の白さは屋外で野良仕事をしていないという証拠であり、それは高貴な身分にも結びついているのも知っている。肌の白さは財力をも示していたのである。

だから、肌の白い女性は「美しい」というイメージの他に、「金持ち」というイメージも強い。

しかし数日前から、稀少品・金持ちという固定観念だけでなく、もっと深い意味もあるのではないかと何となく感じるようになってきた。

自分の真っ赤になった前腕の肌を見ながら、もしかしたら東南アジアの男たちが白い肌の女性を求めるのは、もうひとつの理由があるのかもしれないと考えた。

長く熱帯の太陽に焼かれた褐色すぎる肌は「健康に良くない」という意味もあって避け、その反動で白い肌に向かっているのではないか……。

いくら熱帯の人たちが強烈な太陽に慣れているとは言っても、無防備に紫外線を浴びていたら、やはり老化も早いし、シミが増えたり、皮膚癌になったりするのは避けられない。

熱帯の国なので、「太陽を浴びる」というのは致し方ない部分もある。しかし、やはり浴びない方がいいということも体験的にも知っている。

だから太陽を上手に避けられている人、すなわち肌の白い人が良いということになっているのだろうか。そんなこともすべてひっくるめて「白い肌が美しい」という概念がずっと続いているのではないかと何となく考えた。



よく見ると、子供たちも日陰に寄り添っている。こんな環境の中で、白い肌を保てるというのは、なかなかできることではない。



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