イギリスのロック・グループである「The Who」のピート・タウンゼントは、大ヒットした曲「マイ・ジェネレーション」の作詞作曲を行った人物だ。

ピート・タウンゼントが二十歳の頃に作詞したこの「マイ・ジェネレーション」の歌詞の中には、以下のものがある。

I hope I die before I get old.
(歳を取る前に死にたいぜ)

この短いセンテンスは以後、大人に反撥する若者たちの合い言葉となって、その後のロックやそれ以後に生まれるパンクに大きな影響を与えるものとなった。

実際、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソンなどが全員大人になる前の27歳で死んでいった。他にも27歳で死ぬロック歌手は大勢いて彼らは「27クラブ」と呼ばれている。

27歳でなくても、セックス・ピストルズのシド・ビシャスのように21歳で死んだロッカーもいる。

「歳を取る前に死にたい」というピート・タウンゼントが書いた歌詞は、反体制のシンガーたちの「死に急ぎ」を象徴するものとなった。ところが困ったことがあった。


長くダラダラと生きて生き恥を晒したくない


この「歳を取る前に死にたいぜ」と書いた当の本人であるピート・タウンゼントは27歳を超え、やがて30代に入ることになるのだが死ねなかった。

現在、ピート・タウンゼントは70代を超えて立派な高齢層に入ってしまった。もちろん、まだ生きている。

「歳を取る前に死にたいぜ」という言葉は、その後の若者世代に大きな影響を与えた言葉だったにも関わらず、本人は死ねなかった。

そのため、この言葉はずっとピート・タウンゼントを苦しめる言葉となっていった。有言実行できなかったという罪悪感が、ずっとピート・タウンゼントに付きまとったのだ。

もっとも「歳を取る前に死にたい」というのは、ピート・タウンゼントのこの言葉を知らなくても、多くの若者たちが一度は考えることであると言われている。

動きも鈍くなり、頭脳も明晰でなくなり、シワも白髪も隠せなくなった高齢者の姿を見て、若者は「自分はああなりたくない。なる前に死にたい」と無意識に思うのだ。

日本でも「太く短く生きる」という言葉がある。

その意味は「充実した人生を送ってさっさと死ぬ」というもので、春に散る桜のように散り際を大切にする日本人の一種の理想のようになっている。

長くダラダラと生きて生き恥を晒したくないという気概がこの「太く短く生きる」にあると言っても過言ではない。

10代や20代の若者にとって30代は「大人」である。だから、彼らにとっては30代になる前に死ぬのが「太く短く生きる」の意味となる。

しかし、20代の前半で社会に出て、何も成し遂げられないまま悪戦苦闘していると、あっと言う間に30代は見えてくる。その時、「歳を取る前に死にたいぜ」と言っていたはずなのに、自分が死ねなかったことを悟り、愕然とする。



「歳を取る前に死にたいぜ」と書いた当の本人であるピート・タウンゼントは27歳を超え、やがて30代に入ることになるのだが死ねなかった。現在、ピート・タウンゼントは70代を超えて立派な高齢層に入ってしまった。もちろん、まだ生きている。



「長生きできる確率は低い」と分析したのだが……


私は二十歳で社会をドロップアウトして、東南アジアの貧困地区や売春地帯で人生を消耗するようになっていった。

タイ・バンコクのヤワラーでは私と同じように日本社会のレールから外れた男どもがうようよしていて、私は彼らとつるんで夜中遅くまで話をしていた。

この時、そこで出会う男たちの大半が「歳を取る前に死にたいぜ」「太く短く生きたい」と公言していた。

実際、彼らはそうするつもりで日本を捨てて、東南アジアの魔窟にやってきて人生を浪費していたのである。

後のことを考える人間はドロップアウトして旅人になったりしない。彼らは歳を取ったら死ぬつもりだから、好き勝手にやっていたのだ。

私自身も旅人だった。そんなところでウロウロしていたということは、私自身もまた似たような考え方をしていたというのは間違いない。

「太く短く生きたい」とも「歳を取る前に死にたい」とも思わなかったが、どのみち長生きできる確率はかなり低いのではないかと自己分析していたので、そうならざるを得ないのではないかと漠然と思っていた。

そもそも、私はエイズが爆発的流行していたその時期に東南アジアの売春地帯にどっぷり堕ちていたのだから、客観的に見たら長生きしないと考えるのが普通だ。

だから、私も否が応でも「歳を取る前に死ぬ」ことになるのだろうと考えたのだった。エイズになるのか。それとも女性に刺されて死ぬのか……。

いずれにしても、ロクな死に方をしないはずだという考え方が強迫観念のように私の脳裏にこびりつき、「自分は早く死ぬ」という考えが私から去らなかった。それが私の20代だった。



私が若い頃に沈んでいた頃のバンコク・パッポンのバー・ガール。彼女たちが私の人生のすべてだった。

有終の美は飾れないことを覚悟しておくべきだ


ところが、そんな私でも生き残った。30代に入ってから私は20代の時よりもむしろ意識的に東南アジアの暗部に沈没していくようになっていった。

それでもまだ生きている自分が信じられなかった。

その後、私は事故や病気に見舞われて死にかけたので長生きできないという強迫観念は成就するのではないかと思ったのだが、何とそこでも死ねずに今に至っている。

平均寿命が80歳であるのを見ても分かる通り、現代医学の中で人間は意外に死なないものだったのだ。

その中で改めて若い頃の考え方を振り返って今になって思うのは、「歳を取る前に死にたいぜ」だとか「太く短く生きる」というのは、若者特有の理想であり、現実ではなかったということだ。

それは、自分がなかなか死ねず、退化しながら生きていく現実から目をそらすための現実逃避だった。

多くの人は「死にたい」と言いながら死ねない。「太く短く生きる」と言っていた人が長く細々と生きる。「歳を取る前に死にたいぜ」と言っていた人が70代になってもまだ生きる。

「歳を取っても死ねない」「細く長く生きる」が現実だ。

多くの人々がマイホームを手に入れたいと思って莫大な借金をしたり、投資を成功させて資産を増やしたいと思う心理の裏側に何があるのか。

それは「歳を取っても死ねない」「細く長く生きる」の受容である。「自分は死なないかもしれない」と思っているから、死ななかった時のためにマイホームや資産にすがりつこうと必死になっているのだ。

現実を直視するというのは、「もう死にたいと思っても死ねない」という事実を直視することだ。

若さを喪失して退化していく身体を抱え、寝たきりになっても認知症になっても死ねない。人間性を失っても死ねない。それが人間だ。

私たちは、「自分がすべてを失っても死ねない」という恐怖の方をより自覚すべきなのだ。

「死にたい」というのは理想だ。「死ねない」というのが現実だ。現実主義者であるならば、有終の美は飾れないことを覚悟しておかなければならない。



「死にたい」というのは理想だ。「死ねない」というのが現実だ。現実主義者であるならば、有終の美は飾れないことを覚悟しておかなければならない。


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