マネーボイスに私の文章『身ぐるみ剥がれた日本人は「海外リタイア生活」の最期に何を見たのか?=鈴木傾城』が掲載されておりますので周知します。ご関心のある方はどうぞお読みになって下さい。

アーリーリタイアについて書かれたこの文章は書き下ろしのものです。アーリーリタイアというのは、「早期退職」という意味になります。

戦後の日本人は長らく終身雇用に縛られていたので、アーリーリタイアという言葉はほとんど聞きませんでした。しかし最近は、終身雇用が崩れるに従って、アーリーリタイアする人も増えてきています。

会社が何らかの理由で早期退職者を募集し、それに乗って余分な退職金をもらってアーリーリタイアする人もいます。50代の人が少し早めにリタイアして、その後の人生をのんびり生きる選択をするようです。

欧米では若くして大金を貯め、40代でアーリーリタイアして、その後はハワイや東南アジアのビーチでのんびり暮らすような生き方をしている人もたくさんいます。

東南アジアでも、こうした欧米人が自堕落に暮らしているのはブラックアジアの読者ではお馴染みのはずです。


アーリーリタイアして破滅に追い込まれた人も多い


若くしてアーリーリタイアするためには、その後の人生を死ぬまで働かないで済むだけの資産が必要なのですが、その金額はいくらなのか、というのは本当に人によってまちまちで明確な答えはありません。

仮に40代でアーリーリタイアした人がその後の人生の残りが40年だとすると、年間300万円で生きている人は単純に1億2000万円が必要だということになります。

年間200万円で生きられる40代は、8000万円で生きられるということになります。

では、4000万円程度の資産しかない人はアーリーリタイアできないのかと言えば、まったくそんなこともありません。

1年間で100万円くらいの収入になるアルバイトをして、足りない分は年100万円を補填するというセミリタイアの形にすれば、それなりにアーリーリタイアできてしまいます。

ただ、こうした計算はすべて机上のものであり、病気になったとか、自堕落になって浪費癖がついたとか、インフレが来たとか、誰かにタカられたとか、そういうことがあれば一気に瓦解してしまいます。

ちなみに東南アジアはあまりにも極楽な場所なので、物価は安いはずなのに、やたらと浪費がかさむ場所でもあるのはご存知の通りです。

あるいは物価が安くても、衣食住すべてに日本並みの快適さを求めれば日本にいるのとそれほど変わらない出費になります。

さらにハイエナ稼業をやっている男は、「女性」という最強のワナが待ち受けているので、アーリーリタイアは破滅の一歩になりやすいかもしれません。

アーリーリタイアして破滅に追い込まれた人は、東南アジアに沈没している男は身につまされる話であるはずです。

アーリーリタイアを成功させるのに必要なのは「自制心」なのですが、東南アジアで自堕落に生きる人間が最も苦手なのが自制心なので、世の中はなかなかうまくいかないようです。

アーリーリタイアは「楽園を取り戻す」こと?


欧米でアーリーリタイアが一般的なのは、労働が必ずしも美徳であるとは思われていないからだ、という分析をする人もいます。その裏にあるのは、聖書の物語です。

聖書に関心がない人でも、アダムとイブの物語くらいは知っているはずです。

アダムとイブは地上の楽園である「エデンの園」に暮らしていたのですが、そこで「食べてはいけない」という神の掟を破って「善悪を知る木」の実を食べてしまいます。

そしてふたりは楽園から追い出されるのですが、それだけではなくてその後の人生には苦痛が与えられます。イブに与えられたのは「妊娠と出産における苦痛」です。

アダムに与えられたのは何だったのでしょうか。それは額に汗して働かなければ食料を手にできない「労働の苦痛」だったのです。

神を裏切ることによってアダムは地に呪われ、その後は「労働の苦痛」を味わいながら生きるしかなくなった、と聖書にはあります。

つまり、聖書の影響下にある欧米人にとっては、「本来は働かなくても良かったのに、神を裏切ったことによって苦痛を味わいながら労働をして生きるしかなくなった」という概念があるわけです。

だから、アーリーリタイアは「楽園を取り戻す」ことでもあるわけです。

もっとも欧米人にも様々な気質の人がいるわけで、聖書に何が書いてあっても死ぬまで働きたいという人も大勢いるのも事実であり、聖書の失楽園の物語とはまったく関係なく、単に面倒臭いから働かない人もいます。

そのために、アーリーリタイアする人の全員が聖書に書かれてある「エデンの楽園」を求めているわけでもないのですが、働かないことに必ずしも罪悪感を持っているわけではないというのは示唆に富んでいます。

労働観が日本人とは若干違います。



聖書の影響下にある欧米人にとっては、「本来は働かなくても良かったのに、神を裏切ったことによって苦痛を味わいながら労働をして生きるしかなくなった」という概念がある。

自分がどのように生きたいかで答えは違ってくる


ブラックアジアの読者の中には、すでにリタイアして好きに生きている人もおられるかもしれません。あるいは、アーリーリタイアを夢見ている人もいるかもしれません。

あるいは「アーリーリタイアなど、とんでもない。死ぬまで働きたい」と考えている人もいるかもしれません。いや、そもそも「アーリーリタイアしたいが、そんな資産も余裕もないので夢物語だ」と思っている人も大勢いるはずです。

「隣の芝生は青く見える」と言われますが、毎日仕事に追われて生きている人に取って、アーリーリタイアしてブラブラ暮らしている人というのは素晴らしい人生に見えるかもしれません。

しかし、必ずしもアーリーリタイアが素晴らしいとは限りません。それは知っておく必要があります。

充分な資金がないままアーリーリタイアすると、後の人生はどんどん目減りしていく貯金を見つめながら生きていくのが日常になりますので、ストレスも相当なものになります。

充分な資産があってアーリーリタイアしても、そこには仕事で得られるはずの充実感もなければ、仕事を通して得られる成長もありません。友人も消えていき、社会からも必要とされずに疎外感を感じるようになります。

生き甲斐もないまま、ただ目減りしていく貯金を見つめて生きるということに耐えられなくなる人もいるはずです。アーリーリタイアにはアーリーリタイアが生み出す解消できない苦しみのようなものが付いて回ります。

一生涯に渡って仕事をしないでいい、というのは必ずしも幸せに直結するわけではないのです。

そう考えると、ことさら「何もしないで生きる」ためにアーリーリタイアを目指すのは、すべての人が目指すべき合理的な生き方ではないのかもしれません。

自分に合っていない仕事は止めるべきですが、仕事すべてを止めるべきかどうかは、自分がどのように生きたいかで答えは違ってきます。

果たして、あなたはどうでしょうか。



ビーチは地上の楽園か。そうかもしれない。しかし、生き甲斐もないまま、ただ目減りしていく貯金を見つめて生きるということになると、それも辛くなる日がくる。


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