2017年7月5日から九州地方に凄まじい豪雨が襲いかかっており、河川の氾濫で43万人以上に避難指示が出されている。福岡県朝倉市に来たのは「観測史上最大」の豪雨だった。

実は今、中国でも広範囲で「爆弾が落ちてきたのではないか」と言われるようなひどい豪雨が降っていて、内陸部の四川省から沿岸部の天津までひどい状態だ。

長江の支流の堤防も決壊して橋も流されたりしており、長沙市では冠水した道路の中に車が沈んでいるような様相になってしまっている。

中国ではもはや都市が洪水で沈没する光景は毎年の恒例行事となってしまって異常なまでの豪雨に驚く人はひとりもいなくなった。異常気象も恒例化すれば異常と思わなくなる。

一方で、欧州や中東やアメリカでは、強烈な熱波が襲いかかっており、パキスタンでは2017年5月28日に史上最悪の最高気温である54度を観測、イランでも南西部で53.7度となった。

豪雨と熱波は180度違う気象現象だが、どちらにしても人間の存続を脅かすような強烈な気候が、もはや恒常化してしまっているということは間違いない。

地球環境の激変が迫っている。これは、人間が止めることは不可能である。


私たちの日常生活はいとも簡単に吹き飛ぶ


この気候の変動の要因については様々な説が出されては議論されている。地球温暖化が進んでいるという説もあれば、逆に氷河期が進んでいるという説もある。

私たちは気象の専門家ではないので、どれが正しいのかを判定する立場にない。

重要なのは、どの仮説が正しいのだとしてもすでに地球は「大災害時代」に突入しているという事実である。地球全体がおかしくなっている以上、私たちはどこにいても気候変動の被害に遭うのを避けられない。

気象が荒れると、私たちの日常生活はいとも簡単に吹き飛ぶ。家が破壊され、街が破壊され、熱波で人が死に、寒波で人が死ぬのが恒常的に繰り返される。

海面が上昇して住める地が消えているツバルやキリバスのような国もあれば、海岸線が削られて今まで住んでいた場所が住めなくなっているバングラデシュのような国もある。

今後30年の間で、マーシャル諸島もモルディブもソロモン諸島も沈没してしまう可能性も指摘されている。

消える国々のほとんどに私たちは縁がない。しかし、地球はつながっている。こうした国々が消えるというのは、凄まじいまでの気候変動が着実に世界を変えているということの証(あかし)である。

それは形を変えて私たちに襲いかかってくるのだ。たとえば、何が起きるのか。

(1)世界各国で激しい豪雨が襲いかかる。
(2)世界各国で穀倉地帯の干魃が起きる。
(3)世界各国で、熱波と寒波が襲いかかる。
(4)沿岸部が沈没し、消える島国も出てくる。
(5)被災した地方が、復旧できなくなっていく。
(6)最後に各国の主要都市が機能停止する。

もう、それは現在進行形であるのを私たちは悟っているはずだ。徐々に、しかし着実にそれはやってきている。



パキスタンは数年前から激しい洪水や信じがたいほどの熱波が襲いかかるようになっているのだが、いよいよ2017年5月28日に史上最悪の最高気温である54度を観測する事態となった。

「こんなのは見たことがない」と言われる異常災害


今後も、地震・猛暑・山火事・集中豪雨・暴風雨・洪水・干魃と、ありとあらゆる巨大災害が吹き荒れる。毎年毎年「こんなのは見たことがない」と言われるような異常災害が立て続けに起きる。

10年前まで、世界中で起きるこれらの自然災害の劇症化は、一過性のものなのか、さらに深刻な事態が続いていくのかどうか議論が戦わされていた。

もう答えは明らかだ。

これは一過性ではなく、継続的なものである。世界各国で起きているのは「観測史上最悪の激甚災害」ばかりになっている。

今はまだ、本当は大きな災害が起きても、速やかに復興が進んで何とか収束ができている。

しかし、激甚災害が日常的に起きてしまうならば、いずれ復興できないダメージを負うケースが必ず発生する。

年を追うごとに自然災害の「異常」が度を超していくと、最初は地域の被害に過ぎなかったものが、復興が不可能なまでの広範囲な影響になっていく。

そうなれば、もはや復旧を諦めて放棄するしかない場所も出てくるだろう。

過酷な自然環境は人をイライラさせるが、灼熱の夏と酷寒の冬が恒例になったら、それが社会に影響を与えないはずがない。

農作物にも影響が出る。自然災害の被災地は、往々にして穀倉地帯だったり資源地だったりする。当然、穀倉地帯が壊滅したら、穀物価格・資源価格の高騰でグローバルに影響を与えていくことになる。



今後、地震、猛暑、山火事、集中豪雨、暴風雨、洪水、干魃と、ありとあらゆる巨大災害が吹き荒れる。毎年毎年「こんなのは見たことがない」と言われるような異常災害が立て続けに起きている。

社会崩壊は順序がある。なぜ地方が危ないのか?


ここ最近の異様な気象、歴史に残るような巨大地震などが、これからも頻繁に起きるのであれば、それによって治安が崩壊する国や地域が続々と出現するのは間違いない。

社会崩壊は順序があるはずだ。

まず最初に聞いたこともない島々が消え、次にそれぞれの国の地方が来て、最後の人類の牙城である都市が崩壊する形になるのではないだろうか。

なぜ地方が先に崩壊するのか。災害が過ぎ去ると復旧が必要になる。しかし、復旧できる国家予算と国民の体力は無限ではない。それぞれの国で限度がある。

災害が大規模化かつ恒常化して、繰り返し国土にダメージを与えるようになると、どうなるのか。

国家予算はいつか枯渇する。もはや復旧の体力すらもなくなって、現場の放置が生まれる可能性が高まる。放置されるのは、当然だが人口の少ない地方からである。

どこの国でも都市は社会の中枢なのでどんなに破壊されても復旧されるが、逆に言えば地方は都市を守るために予算削減で犠牲にされていく。

だから、最初は聞いたこともない小さな国々が死に、次にそれぞれの国の地方が死に、最後に都市が守れなくなっていく順番になる。

しかし都市部も平穏ではない。都市部も絶えず災害に見舞われて、激しい気象変動に熱波や洪水の被害を受けるわけだから、そのストレスは並大抵のものではない。

また自然災害がこれからも続いて地方が災害で崩壊していくのであれば、農作物の収穫がこれから不順になる傾向が強いことを意味する。それはすなわち恒常的な食品の高騰につながる。

この食品の高騰が、社会不安を引き起こす。食品価格がどんどん高騰していけば、多くの人はそれに対して黙って受け入れることはないからだ。

貧困層は生存のための略奪や殺人を引き起こす。奪わなければ死ぬのなら誰でも奪う。貧困層の大勢がそのように行動するようになると、治安が保たれることはない。

結局、「自然災害は最終的に大きな社会不安の前触れ」であるとも言える。生き残るための闘争を生み出すのだ。




国家予算は無限ではない。もはや復旧の体力すらもなくなって、現場の放置が生まれる可能性もある。世界中で、災害がきっかけでまずは地方が先に崩壊し、最後に都市の攻防となる。自然災害は最終的に大きな社会不安を引き起こす原因と化す。


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