表側の社会からドロップアウトし、そこから外れて生きるのであれば、表社会で培った常識も捨てなければならない。

なぜなら、そこでは昼間の世界にいられなかった人間が夜の世界に落ちてくるわけで、彼らとの人間関係は昼間の世界の人間関係では成り立たないからである。

彼らは無邪気でも純真でもないので、自分だけが無邪気で純真でいると、ただ踏みにじられるだけになる。

夜の人間たちとの付き合いが長くなるにつれて、誰でも早い段階でそれに気付く。

そのため、社会からドロップアウトした人は次第に出会う人と距離を持って付き合うようになり、警戒心を持つようになっていくはずだ。

何しろ、新しく出会う人、親しげに寄ってくる人に、ことごとく騙されたり、金を毟り取られたり、踏みにじられたりするからだ。

出会う人がことごとく悪い人ではないというのはもちろん分かっている。

しかし、信じられると思った人が騙してきたり、自分を好きになってくれたと思った人が金を盗んで消えたりする経験を何度もすると、さすがに無邪気なままではいられない。


そこでは基本的に相手もこちらを信じていない


アンダーグラウンドに堕ちたら、誰が本当に信じられて、誰が信じられないのかを区分けできる眼力を鍛えようと最初は誰でも思う。しかし、無駄骨に終わる。

人の心を見抜くというのは本当に難しい。手慣れた詐欺師は、どんな警戒心を持った人間をも騙せるくらいの手練手管を持っているからだ。

確かに、あからさまに信用できそうにない人もいる。さすがに、見るからに不審な言動をする人を心から信じるほど世間知らずはいない。おかしい人はおかしいと誰でも思う。

しかし、アンダーグラウンドでは「誠実で信頼できる」と思う人が一番危険なのだ。本当に信頼関係が結べたと思っている人に裏切られる。ダメージが大きいのはこちらの方だ。

何しろ自分は心から信じているのに、相手の方はその裏で金を毟り取る計画を着々と進めていたりするのだから本当に傷つく。特に女性に裏切られるのが悲しい。

そういったことが何度もあると、誰でも自然に出会う人に警戒心を持ち、他人を信じないのを基本にして生きるようになっていく。そうしないと生き残れないのである。

ところで、こちらが相手を信じなくても問題ないというのが裏側の世界の面白いところだ。なぜなら、そこでは基本的に相手もこちらを信じていないからだ。

たとえば、夜の女たちは半分以上がそうだ。彼女たちもまた「男に心を許したら裏切られる」という警戒心を持ちながら、それを隠して生きている。

それもそうだ。会う男はみんな「愛してる、好きだ」と言うのだが、すぐにその男はあっちこっちの女性に同じことを言って回っていることに気付くことになる。

さらに、「愛してる」と言いながら「金を払ったのだから、あれをさせろ、これをさせろ」と要求し、欲しいものを手に入れたら急に関心を失って消えていく。

そんな男と何百人と出会って、それでも純真に目の前の男に警戒心を抱かないのであれば、そちらの方が危険だ。そういう素朴な女性も稀にいるのだが、とても危険に見える。

社会の裏側に堕ちたら野生動物のように生きるべき


基本的に夜の世界に生きている人たちは、男も女も裏切られるのを前提にして相手と付き合い、常に警戒心を解かない。

下手に誰かを信じたら裏切られたときに大きなダメージを受けるので、アンダーグラウンドに生きる人間はみんな根深い警戒心を他人に持って生きるしかない。

その世界に長くなれば、骨の髄まで他人に対する警戒心が叩き込まれる。それくらいでないと生き残れないからだ。裏側に堕ちたら、野生動物のように生きる必要がある。

野生動物は、ペットの動物と違って激しく強い警戒心を持って生きている。警戒心がなければ自分が他の動物のエサになったり捕獲されたりするからだ。

警戒心は野生動物にとっては生き残るための重要な「心構え」なのである。

「野生の王国」は、端的に言えば弱肉強食だ。

うかうかしていると他の動物に殺される。誰がいつどこで不意に自分に襲いかかってくるのかまったく分からない。すべての生き物は自分にとって敵である。

だから、野生の動物は身を潜めて暮らし、自分以外の生きているものすべてに警戒し、誰も信じないことで生き残る。

「危険な状況の中で生き残る」というのは、すでに多くの生物が本能で身につけている。その本能は、大きくまとめると、次の5つに分類される。

(1)慎重になる。
(2)危険を避ける。
(3)警戒心を持つ。
(4)危険を察知する。
(5)危険から逃げる。

基本的に、野生の世界では最大限に警戒心を発揮して、何かあったら「逃げる」ことを優先している。見知らぬ敵に雄々しく立ち向かうのではない。「逃げる」のである。



基本的に、野生の世界では最大限に警戒心を発揮して、何かあったら「逃げる」ことを優先している。見知らぬ敵に雄々しく立ち向かうのではない。「逃げる」のである。

警戒心を張り巡らせ、誰も信じないことで生き残る


世間の裏側で生きていると、社会からのけ者にされるし、誰も信用できないし、助けてくれる人もいないので、野生のまま生きているも同様だ。

だから表社会の人間を参考にするより、むしろ野生動物の生き方を参考にした方がいいのかもしれない。

たとえば、野生の世界では、油断してケガをしても誰が治療してくれるわけでもない。

ほんの小さなかすり傷でも致命傷になりかねない。野生動物はそんな中で生きているわけで、慎重になり、警戒し、基本的に無用な戦いをするよりは逃げるのは当然である。

社会の裏側は牙を剥く野蛮な人間が山ほど存在し、しかも信じられないほどの手練手管で他人を騙す人間がうようよと這い回っている。切羽詰まって何をするのか分からない人間もいる。

そんな中では、ちょっとしたトラブルでも致命傷になりかねない。どうするのか。やはり、野生動物と同じように慎重になり、危険を避け、警戒心を持ち、マズいと思ったら戦うよりも「逃げる」ことを優先する。

戦っていいのは、完全に相手を仕留められると分かっているときと、戦わなければ自分が死ぬときだけだ。

ドラゴンと戦うのは合理的ではない。避けられるのであれば避けて通るのが合理的である。

トラブルに巻き込まれて解決するのも合理的ではない。トラブルは最初から避けるのが合理的なのである。野生動物はそのように生きている。

表側の世界で生きていけなくなって裏側で生きるしかなくなったのなら、より慎重になるべきだ。慎重になることで致命傷を負うことがなくなるので、生き残れる時間が長くなり、その間に実を得ることもできるようになる。

野生動物のように警戒心を張り巡らせて、誰も信じないことで生き残れる。



表側の世界で生きていけなくなって裏側で生きるしかなくなったのなら、より慎重になるべきだ。野生動物のように警戒心を張り巡らせて、誰も信じないことで生き残れる。



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