イラクの少数派であるヤジディー教の女性は、イラク一帯がイスラムの狂信的過激派集団であるISIS(イスラム国)に蹂躙されるようになった2014年以後から急激に危険な環境に堕ちていくことになった。

イスラム教徒ではないヤジディー教徒たちは殺戮の対象となり、女性たちは性奴隷として転売されるようになった。

ラミヤ・アジ・バシャールもそんな女性のひとりだ。彼女はISISの兵士に家族と共に捕まえられ、両親と男兄弟を殺されて彼女自身は「売り物」になった。

彼女は性奴隷として4度も転売され、地獄のような境遇から脱出を試みては捕まって連れ戻され、虐待や拷問を受けていた。時には1つの部屋で40人近くの男にレイプされるような目にも遭ったという。

ある時は脱出して連れ戻されて、罰として両足を切断する刑に処せられそうになったこともあった。このときは別の戦闘員が彼女を買ったので、彼女は切断されずに済んだ。

それでも彼女は仲間と再び脱出を計画して必死で戦場下を逃げたのだが、知らずに地雷原に入り込み、彼女の前を歩いていた2人の少女が地雷を踏んで爆死し、後ろを歩いていた彼女も大怪我を負うことになった。


多くの女性や子供が巻き添えになって死んでいく世界


ラミヤ・アジ・バシャールが助かったのは、偶然だった。

彼女と仲間が吹き飛ばされたその現場はクルド人たちの支配下で、まだ息のあった彼女はすぐに救出されて、そこからヤジディー教徒を支援する人道団体によってドイツに送られた。

助かったと言えども彼女は大火傷を負い、顔面は地雷でズタズタにされて片目の視力を失った。

2017年に入った現在、いよいよISISの勢力は弱体化していき、拠点を次々と失って敗退している。指導者だったアブ・バクル・バグダディも2017年5月28日に死亡したと言われている。

ISISが拠点としていたモスルは2017年1月に東部が陥落し、西部に追い込まれた戦闘員も次々と戦闘から離脱して逃げ出している。

しかし、現在でもまだISISは市民を盾にして抵抗を繰り返しており、平和が戻ったわけではない。ISISが首都と定めたラッカでも激しい戦闘が今も続いている。

イラク・シリアは凄まじい暴力の下にあって、毎日毎日、多くの女性や子供が巻き添えになって死んでいく。死は唐突にやって来る。今一緒にいる家族は明日にはバラバラになっているかもしれない。

そのストレスや恐怖は並大抵のものではないはずだ。そこは「この世の地獄」だ。しかし、多くの人々はそこから逃れることができないでいる。

人々は死と隣り合わせの日常の中で、日々の生活を送り続けなければならない。明日、自分が死に、自分の家族が死んでしまうかもしれないのに、そこで生き続けるしかない。

誰も助けてくれない。いくら政府をなじっても、いくら平和を叫んでも、状況は刻一刻と悪化していく。もちろん、国連が助けに来てくれることはないし、アメリカが正義の鉄槌を下してくれることもない。

自分の身は自分で守るしかないが、できることは限られている。今、この瞬間も、シリアやイラクでは、多くの人たちがそんな暗澹たる状況の中で暮らしている。



ラミヤ・アジ・バシャールさん。からくも助かったが、視力を失い、顔面はズタズタになってしまった。現在、彼女はドイツにいて先日サハロフ賞を受賞した。

逃げる場所がないというのが、地獄の地獄たる所以


世の中には、ありとあらゆる国や地域で「ここは地獄だ」と叫んでも、誰も異議をはさまないような悲惨な場所がある。

シリア、イラク、リビア、パレスチナ。内戦と混乱が続くソマリア、アフガニスタン、コンゴ、スーダン、ナイジェリア、あるいは北朝鮮……。

地獄は私たちの隣にある。そして、その地獄に大勢の人が住んでいる。

彼らは、そこから逃れる方法を持たない。そこがどんなに地獄であっても、国内のすべてが暴力に覆われており、人々はどこにも行くことができないのだ。「逃げる場所がない」というのが、地獄の地獄たる所以である。

戦乱の地は別に牢獄ではない。だから、理論的には、人々はどこにでも行けることになっている。

しかし実際問題として、政治的にも、経済的にも「他の場所に移る」という選択肢がないのも事実だ。他の場所に移動しようとすること自体が危険な行為になる。

シリアでは内戦が激しくなるにつれて、せめて自分の妻子や置いた両親を国の外に避難させようと多くのシリア人が必死になった結果、ヨルダンやトルコは難民の群れでいっぱいになった。

すると、今度は難民キャンプが襲撃と略奪の対象となった。

安全地区に送ったはずの妻子が危機にさらされ、キャンプの女性が生き延びるために一切れのパンのために身体を売るような凄惨な地獄が出現した。

こうした難民キャンプでの売春は「サバイバル・セックス」と呼ぶのだが、逃げても逃げても逃げた先が地獄になる。

さらに、サバイバル・セックスでも子供を助けられないと知った母親は、さらに荒んだ選択をも余儀なくされている。何が起きたのかは以前にも書いた。(今、ヨルダンで生まれている巨大な少女売買マーケット

彼らの不幸を、私たちは推し量ることができない。

彼らが唯一できるのは、とにかく自分や家族が今日を無事に生き延びられるように、せめて子供たちだけでも死なないようにと祈ることだけだ。



彼らの不幸を、私たちは推し量ることができない。彼らが唯一できるのは、とにかく自分や家族が今日を無事に生き延びられるように、せめて子供たちだけでも死なないようにと祈ることだけだ。

戦争はいつでもどこでも起こり得る現実を直視せよ


彼らに比べると、日本に生きている私たちは非常に幸せな環境にある。私たちは道を歩いて撃たれる心配はしなくてもいい。爆弾が隣で炸裂するような心配もない。

内戦の中で暮らしている人たちにとって、日本に暮らす私たちは天国で生きているように見えるはずだ。

しかし、今は平和だからと言って将来永劫に渡って平和が約束されているわけではない。周辺国が凶暴化すれば、いつでも平和は崩れ去る。

戦後70年で96%の国が戦争を経験したという事実を見れば、平和がいかにもろいものであるかが分かる。(戦後70年で96%の国が戦争を経験した。次の戦争は必ず来る

私たちは、どこの国で暮らしていても、いずれは戦争に巻き込まれていく可能性は非常に高い。場合によっては、私たちが暮らしている場所でさえも戦争によって蹂躙されることも起こり得る。

たとえばシリアは、2010年までは中東では比較的治安がよく保たれていた国であり、全土が暴力に覆い尽くされる事態は国民の多くは想定していなかった。

しかし、たった3年でシリアの国土は内戦の嵐と化した。

2014年からは狂気の超過激暴力集団ISISが国内で勝手に新しい国を樹立し、住民を次々と処刑し、斬首した首を誇らしげに見せつけるような地獄が出現していた。

たった数年で、平和な地が地球上で最も凶悪な地獄の地と変転していたのである。

今や戦争と暴力については想像すらもできない日本も、1940年代の前半は徐々に戦火が迫って国土が焼土になっていった歴史があった。

人類が生み出した最強の兵器である核爆弾は、日本の国土で2度も炸裂した。

まさか、日本が今後は永久に戦争に巻き込まれないと日本人は本気で考えているのだろうか。日本は永遠に戦争が避けられるとのんきに思っているのだろうか。

戦争はいつでもどこでも起こり得る。再び日本が戦争の現場になったとしても何ら不思議ではない。

人類の歴史は殺戮の歴史なのだから、地獄はどこにでも口を開くと考えるのが正しい。





破壊され尽くしているモスル。人類の歴史は殺戮の歴史なのだから、地獄はどこにでも口を開くと考えるのが正しい。



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