2017年5月。久しぶりにカンボジアの首都プノンペンに向かって、街の北東部にできた新しい売春地帯を真夜中にうろうろとさまよい歩いていた。

セックスとアルコールが渦巻く真夜中には、カンボジアの若い女性たちがバーにひしめいていた。そこで何人かの女性と話をしたり、深く関わったりしたのだが、彼女たちは当たり前のように私にこう言った。

「稼いだお金はお父さん、お母さんに送っているの」

容姿に恵まれていなくても、何とか稼ごうと必死になって、似合わない化粧をしている女性もいる。彼女は誰にも選ばれないのに、来る日も来る日も派手なバーの前に立っている。

そういった女性がたくさんいる。

日本では、家族のために出稼ぎする地方の娘の存在など、もう皆無に近いはずだ。しかし、カンボジアではそうではない。

まだ、家族のために自分が犠牲になってもいいと考える女性がたくさんいて、実際に覚悟を決めて売春地帯に堕ちて身体を開いている。

こんな時代にそんな女性がいるのかといぶかる人もいるかもしれないが、東南アジアの売春地帯には、今でもそんな女性がたくさんいる。貧困は、まだまだ深い。


家族のために身体を売って仕送りする女性がいる


日本は社会保障費が増大してパンク状態になっており、年金の支払いがどんどん後ろに伸びて問題になっている。食べられない高齢層は国が生活保護という形で面倒を見る。

では、社会保障が整っていない途上国ではどうするのか。国が老いた人たちの面倒を見られないのであれば、誰が彼らの面倒を見ているのか。

言うまでもない。子供たちである。特に東南アジアでは長女が家族のために犠牲になる。これはタイでもカンボジアでもインドネシアでもそうだ。

売春する女性の多くが長女であることに気付く男も多い。長女は「自分を育ててくれた父や母、そして幼い妹や弟たちに仕送りすべき」という考え方を強く持っている。

子供の頃から、家庭や寺院や学校でそのように教わる。だから、家族のために身体を売ってでも仕送りする。国は面倒を見てくれないし、自分が仕送りしなければ両親は飢えて死ぬかもしれない。

「お父さんのために、お母さんのために、幼い妹のために、弟のために、私はここにいるの……」

そういって暗い売春宿の中で家族の写真を見せてくれた女性は、ひとりやふたりではない。タイでも、インドネシアでも、フィリピンでもいた。そういった女性たちの顔が、すぐに何人も思い浮かぶ。

彼女たちは、ファッションモデルになりたかったとか、テレビ女優になりたかったとか、学校の先生になりたかった、という夢を語ってくれることもあるが、そんな夢は絶対に実現することはない。

夢を追うような余裕は彼女たちにはまったくない。自分が仕送りしないとすぐに窮乏する家族が田舎にいる。売春地帯で身体を開き、なけなしの金を手に入れて生きるしかない。

とても細い腕をした女性に、家族を養うという大きな責任がのしかかっていて、彼女たちは必死でそれに応えようとしているのだった。

ピロートークでそんな話を聞くと、私は彼女たちが儚(はかな)く見えたり、哀しく見えたりして、そのたびに私は彼女たちに寄り添ってしまうのだった。



(画像クリックで拡大)インドネシアの売春地帯で働いていた女性。抱いているのは売春宿のママサンの息子。売春宿にくる女性は、自分の家族を故郷においてひとりで出稼ぎに来ている。


私の愛する堕ちた女性たちを見下していた人たち


私はずっと貧しい女性たちと付き合って来た。私の好きになった女性の多くは、みんなそうだった。自分の人生を自分の好きに生きられなかった。

ずっと貧困や社会の仕組みに虐げられたまま、彼女たちは世の中に放り出された。教育もない女性も多かった。

字を書くことも計算することもできず、どうしていいのか分からないで歳を取っていき、やがて若さを散らして最底辺の貧困に堕ちる。

私はこうした貧しい女性たちと一緒にいて、人生の長い期間をずっと彼女たちの不遇や困窮や哀しみに強いインパクトを感じ続けてきた。

そういった意味で、私に強い影響を与えているのは、世の中の偉人でも哲学者でも政治家でもない。偉そうに何か言っている評論家も作家も社会活動家も私はみんな嫌いだ。

そんな人間たちが上から目線で何を言ったところで、心を動かすことなど一切ない。

私の物の見方や生き方に深く強い影響を与えてくれたのは、間違いなく東南アジアの名もない無学な夜の女性たちであったと断言できる。

自分の人生を、自分で決めることのできない不幸な女性たちを前にして、私は自分の人格形成を行ってきた。

彼女たちのあきらめに満ちた言葉が、私にとっては重要な箴言(しんげん)だった。彼女たちの言葉を私は大切に胸の中にしまった。

自分の人生を自分で決められない。人生は自分の思う通りにいかない。努力しても努力しても願いは叶わない。

彼女たちはみんなそうだった。それは、凄絶な不幸とは言えないが、払っても払えない小さな不幸ではある。そんな中で生きる彼女たちの姿が、たまらなく愛おしかった。

彼女たちは確かに今の社会にうまく適合できなかった。だから、社会の底辺に押し込まれて、永遠に這い上がることができず、そこでもがきながら生きることになってしまった。

彼女たちを見て、夢は必ずしも実現しないし、何も持たないと結局は這い上がれないという現実に私はとても傷ついた。

もっと傷ついたのは、そんな社会でたまたま金を持っている人たちや先進国に生まれたというだけの人が、私の愛する堕ちた女性たちを見下していることだった。

しかし、私はしばらくして売春して生きる女性たちを嫌う表社会の人たちを憎む必要はないということに気付いた。

なぜか。

社会は、平等だったからだ。



(画像クリックで移動)ブラックアジア『売春地帯をさまよい歩いた日々』のカンボジア編には、貧しさの中で売春し続けている女性たちを多く取り上げている。彼女たちを見て、夢は必ずしも実現しないし、何も持たないと結局は這い上がれないという現実に私はとても傷ついた。

人生を思い通りに生きられないという点で平等だ


突き詰めて考えれば、誰でも社会の中で制約や制限を受けるので、みんな「自分の人生を自分で決められない」という側面を持っている。

大きな夢を持った人でも、それを開花させることができずに不本意な仕事をして生きなければならないこともある。自分の夢や、実現したい何かがあっても、それができずに雇われて生きている人たちも多い。

自分は好きなことをして生きるんだと言っても、結婚していれば、夢ばかり追っているわけにもいかない。妻子を養うために、泥にまみれて生きていかなければならない。

みんな、自分の思う通りに生きられないし、自分の人生を自分で決められないという側面を持っている。

むしろ、自分の人生を思い通りに生きられないのが普通のことでもある。人生は、挫折や苦渋に満ちている。誰も口にしないが、どんな人でも自分の不甲斐なさや挫折に泣いた経験があるはずだ。

誰でも、自分が生まれ落ちた社会の仕組みから抜け出せない。自分のまわりの環境を変えることができない。自分の身近な人ですらも自分の思う通りに動いてくれない。

自分がどんなに実現したいと思う夢があっても、運が悪かったり、ほんの少し才能に恵まれていなかったり、欠点が克服できなかったり、十分な資金がなかったりすると、それは実現することができないこともある。

誰も自分を見出してくれないし、長く苦しい努力も無に帰す日も来る。

夢は実現できないこともあると言うと、「そんなことはない」と言われることもある。「夢は必ず実現する」と強く思い込んでいる人もいるのだ。

しかし、私は夢は必ず実現するなど一度も思ったことはない。売春地帯で、ほんのささやかな夢さえも実現できなかった女性たちの姿を夥しく見てきた。

普通に結婚したい、お金の心配がいらない生き方をしたい、愛する男と幸せに暮らしたい、子供をずっと自分の手元に置いて育てたい。ただ、それだけ……。

そんな夢さえも叶えられないで、ボロボロになっていく女たちをそれこそ毎日見てきた。

私が現実主義者になってしまったのは、そういった女性たちの怨念が私に乗り移っているからだ。

自分の人生を、いろんな制約で、自分の思い通りに生きることができない人たちがたくさんいる。誰もが冷酷な現実に翻弄されながらも、歯を食いしばって生きている。

誰でも、自分の人生を思い通りに生きられないという点で、世の中は平等にできている。



(画像クリックで拡大)。インドネシアの売春地帯。普通に結婚したい、お金の心配がいらない生き方をしたい、愛する男と幸せに暮らしたい、子供をずっと自分の手元に置いて育てたい。そんな夢さえも叶えられないで、ボロボロになっていく女たちをそれこそ毎日見てきた。


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