2017年8月10日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は国家非常事態宣言を出している。戦争の話ではない。鎮痛剤の話である。

アメリカでは近年、鎮痛剤の一種である「オピオイド」による乱用と死者が増大しており、これが社会問題化している。

2015年には3万3000人以上がオピオイドの過剰摂取で死亡、1999年から2014年の長期で見ると、死者は約16万5000人になっている。

現在のオピオイド依存者は、薬物乱用・精神衛生管理庁によると1150万人ではないかと推定値を出している。これが推定になるのは、オピオイドの密売や闇ルートの売買が蔓延していて、実態がよくつかめないからである。

「オピオイド・クライシスは国家非常事態だ」

トランプ大統領はこのように述べて、この対策については「政府は多くの時間、努力、資金を投入する」と約束した。

しかし、この問題は通常のドラッグ規制と違って、複雑な問題を引き起こす可能性が指摘されている。何が問題なのか。それは、オピオイドが「鎮痛剤」だという問題だ。


「強い鎮痛剤」が蔓延して誰でも手に入る状態


アメリカのミュージシャン、プリンスが死亡したのは2016年4月21日のことだが、プリンスの死因は「フェンタニル」という鎮痛薬の乱用であったことが知られている。

プリンスは菜食主義者で食事や栄養に気を使っていたミュージシャンとして知られていたのだが、長らく腰痛に悩まされており、痛みから逃れるためにフェンタニルに依存していたと言われている。

このフェンタニルも、オピオイド系の薬物である。

マイケル・ジャクソンもまた鎮痛剤の乱用で死亡しているのだが、この稀代のスーパースターの日常は鎮痛剤と興奮剤と睡眠剤で成り立っていた。

使われていた薬物は、プロポフォール、ジアゼパム、リドカイン、エフェドリン、ロラゼパム、ミダゾラム、オキシコンチン……と多種多様だ。

あまりにもマイケル・ジャクソンが乱用するので、しばしば胃洗浄が必要になったという実態が後に明らかにされた。

このマイケル・ジャクソンの直接的な死因となったのはデメロールだった。このデメロールもまたオピオイド系鎮痛薬だったのだ。

マイケル・ジャクソンは背中に恒常的な痛みを抱えていたと言われている。しかし実態は、度重なる整形手術が原因の慢性的な強い痛みがあったのではないかと言われている。

顔面の骨を削り、神経を切断し、異物を埋め込み、ボトックスを注入するような過酷な手術を頻繁に行うのだから、無痛であったはずがない。強い鎮痛剤の依存を避けられなかったのだ。

今、アメリカで問題になっているのは、こうした「強い鎮痛剤」が蔓延して誰でも手に入る状態になっているということだ。一部のセレブだけが手に入れているのではなく、「誰もが」手に入れている。

しかも乱用による死亡事故が膨れ上がって、どうにもならないところまで来ている。



マイケル・ジャクソンの生命を奪ったのは強力な鎮痛剤であった。プリンスも然り。今、アメリカで問題になっているのは、こうした「強い鎮痛剤」が蔓延して誰でも手に入る状態になっているということだ。一部のセレブだけが手に入れているのではなく、「誰もが」手に入れている。

なぜ、オピオイドはアメリカで蔓延したのか?


オピオイドは鎮痛剤だ。「鎮痛剤」とは文字通り、痛みを鎮めるための薬である。

この点で、オピオイドは通常の覚醒剤(メス)やヘロインのような違法ドラッグとは違う。これは医師が患者に処方するれっきとした医療用の薬剤である。

当初、オピオイドは重篤な怪我をした人々や、手術後の痛みの緩和、あるいは末期の癌患者に処方されていた強力な鎮痛剤でもあった。

問題は、アメリカ国内では1990年代から「医療で大切なのは痛みを消すこと」という指導や圧力が医師の間にかけられるようになっていき、医師たちがどんどんオピオイド系の薬剤を処方するようになったことである。

ここから、オピオイドの乱用問題が始まった。

当初、オピオイド系の薬剤を製造していた製薬会社パーデュー・ファーマは、「オピオイド系の薬剤には依存はなく安全だ」と喧伝していた。

しかし、そんなはずがなかった。オピオイド(Opioid)の「Op」はアヘン(Opium)の「Op」から来ているのをみても分かる通り、元々はケシから採取されるアルカロイドや、そこから合成された化合物と同様のものだったのだ。

ケシはアヘンの原材料である。アヘンをさらに精製することによって生まれる凶悪なドラッグがヘロインである。今でも鎮痛剤として使われるモルヒネも依存を引き起こす性質が知られているのだが、このモルヒネもまたケシが原材料である。

オピウムが生み出す系統の鎮痛剤・麻酔剤は、多かれ少なかれ人間に依存を引き起こす性質があるのは、誰もが知っていたと言っても過言ではない。

にも関わらず、アメリカでオピオイド系の薬剤が安易に処方されるようになったのは、「痛みを止められないのは医者ではない」という外部圧力と「オピオイドは安全な薬だ」という製薬会社の甘言が重なったからであると言える。

ちょっとした痛みでも、オピオイド系の薬剤が処方されるようになり、やがてオピオイドはアメリカで蔓延し、乱用され、密売されるようになった。



オキシコンチン。この鎮痛剤もまたオピオイド系だ。ちょっとした痛みでも、オピオイド系の薬剤が処方されるようになり、やがてオピオイドはアメリカで蔓延し、乱用され、密売されるようになった。

規制すれば、ヘロインに移行する依存者も増える


オピオイドは乱用されているのだが、「使えなくすればいい」という薬ではない。本当にオピオイドの鎮痛剤を必要としている強い痛みを持った患者がたくさんいる。

手術を終えた患者や末期癌の患者、あるいは様々な病気で恒常的に激痛から逃れられない人たちがオピオイド系の薬剤が手に入らなくなると、現場は阿鼻叫喚の修羅場になるだろう。

絶叫し、のたうち回るほど激痛に苦しんでいる人を前に、医療は何もできなくなるだろう。そのような事態になるのは避けなければならない。

オピオイドは使用不可にするのではなく、厳格な処方が為されなければならない。

ところが、現実には厳格な処方をしても問題は解決しない。なぜなら、すでに1150万人がオピオイドの「依存症」になっているからだ。

彼らはオピオイドが手に入らないと必死にもがく。そこで、また大きな社会問題が生まれることになる。

依存症は、依存しているがゆえに「手に入らなくなったから止める」という選択肢がない。本来であれば依存を断ち切るのが最適なのだが、本人の意志で断ち切れなくなっているのが依存症の依存たる所以だ。

今後、オピオイドが手に入らなくなった依存者はどうするのかというと、間違いなくアンダーグラウンドで手に入れる方向に向かう。

そのため、オピオイド系の薬剤の闇価格は高騰し、ドラッグ・カルテルが闇で不純物まみれのオピオイド系の薬剤を製造販売して莫大な利益を生み出す状況になる。

さらに問題なのは、オピオイドが手に入らなければ、オピオイドの上位互換であるヘロインに向かう依存者も激増するのが推測されることだ。

事実、アメリカのヘロイン依存者の75%は、薬物依存の入口はオピオイドだった。

放置していたら依存者がさらに増える。規制したらアンダーグラウンドが膨れ上がる。

現実的には、弱い鎮痛剤に切り替えさせて徐々にオピオイド依存から脱却させる手法を取るはずだが、弱い鎮痛剤に満足できない依存者はオピオイドを闇で買うかヘロインに移行する。

この問題は容易に解決できない。



オピオイドの蔓延に国家非常事態宣言を出したドナルド・トランプ大統領。放置していたら依存者がさらに増える。規制したらアンダーグラウンドが膨れ上がる。オピオイド蔓延の問題は、容易に解決できない。



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