アンダーグラウンドに堕ちて、身体を売りながら底辺を転々とする根なし草の女性は今でも日本にいる。最近そんな女性を横浜で知ることになった。(出稼ぎ風俗嬢(1)東京から神戸まで転々と身体を売り歩く

流れ者の女性。人生の旅人。

すべての女性に当てはまるかどうかは別にして、一般的な話をすれば、女性は自分の慣れた場所に定住する生き方を好み、そこで自分の居場所を作り上げて生きる。

しかし、中には自分の住所すらも持たず、どこかの性風俗店の用意した寮に転がり込み、仕事に飽きたら寮を出てまた見知らぬ土地に向かっていく女性がいる。

日本には地方にも多くの温泉街や歓楽街があって、その裏側には置屋やソープランドのような性風俗の店が静かに隠されている。

そうした場所を転々としていけば、10年でも20年でも日本のアンダーグラウンドをさまよい歩いて生きることができる。

そうした日本女性が本当にいることを知って、私は深い感銘を受けた。また、根なし草の人生を送っている女性の孤独にも関心が向いた。


気が付けば深い孤独に追いやられていくのが流れ者


私自身も20代から東南アジアをウロウロして一ヶ所に居つかない人間だった。

そのため、どこにも定住せずにふわふわと流れるように生きている女性には、何となく自分の人生とかぶるものがあり、それだけで共感を感じた。

流れ者は孤独だ。社会の底辺をさまよい歩く人間であれば、表社会の人たちに相手にされない分、なおさらひとりぼっちになりやすい。その底知れぬ孤独は、実際に流れ者になった経験がないと分からない。

知らない場所を転々とするというのは、まわりはいつも知らない人たちとなる。自分がいる場所も右左もよく分からず、どこに何があるのかも知らない。その土地の文化も詳しくないし、話している言葉も違う。

新顔は警戒されるし、言葉が違ったりその土地の文化を知らなかったりすると受け入れられなかったりする。受け入れられるどこか排除されることさえもある。必然的に部外者(アウトサイダー)となるのである。

流れ者は疎外感の中に生きる。

こうした疎外感は、ときに解放感ともなる。なぜなら、部外者はどのみち出ていくので、その地域や人間関係に責任も持たないで済む。

仕事で新しく誰かと知り合って人間関係ができたとしても、それが重くなる前に関係を断ち切って去ることができる。

だから、流れ者の中で人間のしがらみが好きでない人は、疎外感の中の解放感に浸って喜びを感じることもある。それは、流れ者ゆえの解放感である。

しかし、こうした生き方に馴染んでしまうと、自分を心から心配してくれる親友もできず、気心知る友人もできず、生活も落ち着かない。

人生は時に逆風にさらされる。病気になったり、収入が消えたり、貯金がなくなったり、仕事が見つからなかったりする。流れ者の解放感に浸っているうちに歳を取って、気が付けば自分には何もないことに愕然とする。

かくして、深い孤独に追いやられていく。それが流れ者の人生である。転々と日本の地方の性風俗を渡り歩く女性の姿に私は自分と似たような匂いを感じて一緒にいる時間が心地良く感じた。

社会の底辺には根なし草の女性がたくさんいる


私たちはまったく意識しないが、日本の社会の底辺にはこうした根なし草の女性がたくさんいる。

たとえば、尼崎のかんなみ新地にいるのは沖縄の女性が多いと言われている。(尼崎の「かんなみ新地」に沖縄出身者が多いのはなぜか?

大阪の「飛田新地」も日本全国から流れて来た女性が仕事をしている。1日に5回転も10回転もして男たちにセックスを提供する彼女たちの中には東京から流れてきた女性も多い。

関西には雄琴や神戸にソープランドがあるのだが、こうしたソープランドにも短期間の「出稼ぎ」の女性で占められており、彼女たちの出身は様々である。

「出稼ぎ」という言葉は表社会ではもうほとんど使われない単語だが、日本のアンダーグラウンドの女性たち、特にデリヘルやソープランドに所属している女性たちは今でもごく普通に「出稼ぎ」という言葉を使う。

性風俗の女性たちは年功序列も終身雇用もない。歳がいけばいくほど収入が落ちていく。

若い頃は高級店で働いていた女性でも、20代の後半あたりから客が取れなくなって、次第に人妻店や格安店にランクを落としていくことになる。

しかしランクを落とせばすぐに稼げるのかと言えば、そんな甘いものではなく、待機の方が長くなったりする。ときに10時間以上も待機してひとりの客が取れない日も出てきたりする。

このとき、女性の中には「自分が稼げなくなった」というのを認めず「この店は稼げない」と考えて、あちこちの店を転々とするようになる。

それでも駄目だと「この場所は駄目だ」と考えて、地方に向かっていく。出稼ぎするのである。

地方に流れる女性はどちらかと言えば年齢のいった女性が多いと言われているが、もちろん若いときから地方で出稼ぎする女性もめずらしくない。

あちこちの店でトラブルを起こしながら店を移り変わる女性のことを「転々虫」と呼ぶ。(転々虫(1)。なぜ彼女は店を3日で辞めてしまうのか?

こうした女性が、ほとぼりを冷ますために地方に出稼ぎすることも珍しくない。ただ単に性格が根なし草だから流浪する女性だけでなく、流れ者にはいろんなタイプがある。

売春地帯「飛田新地」にいた阿部定と福田和子


稀代の淫婦と呼ばれている阿部定(あべ・さだ)も流れ者の女だった。

彼女は東京生まれだったのだが、15歳のときに強姦されたことによって自暴自棄な生活に陥るようになり、激怒した父親に「そんな男が好きなら遊郭にでも行ってろ」と言われて遊郭に売られ、それから流れ者になった。

最初に売られたのが横浜住吉町の遊郭だった。しかし、ここで金で揉めて飛び出し、以後、彼女は日本の売春地帯を転々とすることになる。

大阪に流れてからは有名な飛田遊郭に居ついている。飛田遊郭は今も「飛田新地」として現役の売春地帯である。飛田はいつの時代でも、流れ者の女たちでビジネスが成り立っている。

ここでもトラブルを起こした阿部定は、今度は兵庫の京口新地に向かって、そこを脱走して、名古屋・大阪と流浪して最後に東京に戻って「阿部定事件」を起こしている。(阿部定(さだ)事件。彼女は、どこから来た女だったのか?

日本のアンダーグラウンドを転々として、やはり「飛田新地」にも所属していたという女性がもうひとり知られている。「松山ホステス殺害事件」の福田和子だ。

彼女は1982年に同僚の女性を殺してから日本各地を転々としていた。整形手術までして15年近くも逃げおおせ、時効が成立する21日前に福井県でやっと逮捕された。

福田和子は愛媛県松山市出身だったが、母親が売春ビジネスにどっぷりと浸っていた関係で、彼女もまた17歳頃からどんどんアンダーグラウンドに転がり堕ちていき、18歳で強盗で逮捕されたという経歴を持っていた。

流れ者として日本のあちこちを転々とし、飛田新地の他にも信太山(しのだやま)のちょんの間にも所属していた。

人を殺して逃げ回る女性もまた必然的に流れ者になり、性風俗のアンダーグラウンドで生きながら、誰とも深いかかわりを持たずに姿を現したり、消したりして人生を生きている。

そんな女性に深い関心を持たずにおられない。




流れ者の女性たちが通り過ぎる大阪「飛田新地」。今でもここで多くの女性が身体を売っている。どこにも定住せずにふわふわと流れるように生きている女性には、何となく自分の人生とかぶるものがあり、それだけで共感を感じる。


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