かつて、ユダヤ人や、中国人や、インド人は、世界中あちこちを流浪する民族だと言われた。実際、これらの国民は、今でもあちこちの国を流浪し、居住している。

流浪と言えば、ヨーロッパで大きな問題になっているのがロマだが、かつてジプシーと呼ばれたこの民族も国境を無視してあちこち流浪して生きている。

大勢でやってきて勝手に適当な広場に居ついて、泥棒、売春、物乞いをビジネスとして行ったりするので地域社会からもひどく嫌われている。

現在、国をまたがった人の移動が大規模に起きている地域はEU(欧州連合)なのだが、EUは「ヒト・モノ・カネ」を自由にする実験的試みだった。

その結果、EUの中で比較的貧しい東欧の若者たちが自国を捨ててイギリスやドイツに住み着いたり、逆にリタイアした高齢者がフランスやギリシャの景勝地に移動したりする動きが普通になった。

それだけでなく、アフリカや中東からも大量に異民族が移民・難民として流れ込むようになっており、それが治安の悪化、文化的な軋轢、テロの増加と、大きな悪影響を及ぼすようになってきている。


流浪する人たちはいつの時代でも一定数は存在する


流浪する人たちはいつの時代でも一定数は存在するのだ。

スペイン人も、ポルトガル人も、フランス人も、植民地時代は、世界中に散らばって、中には現地に居着いて帰らない人間を大量に生み出した。

アメリカもオーストラリアも、イギリスから脱出したり放逐されたアングロサクソンが作った国である。

ところで、彼らはなぜ流浪していたのだろうか。

もともと流浪するのが好きな冒険好きな民族だったのだろうか。ときどき、放浪癖があって、同じところに落ち着けない性格の人を見かけるが、そのようなタイプだったのだろうか。

いや、歴史をよく見ると、そうではなかったことに気付く。彼らの多くはいろいろな事情があって、「貧困に苦しんで」新天地に渡っていったのだ。

つまり、自国での貧しさから逃れるために、移民となっていったのである。

アメリカに渡ったイギリス人も、主にイギリスの「貧困層」が飛び出して行ったというのはよく知られている。1890年代以後はイタリア人も多くがアメリカを目指したが、このイタリア人たちも貧困層だった。

当時のイタリアは産業革命で多くの失業者が出ており、それに南部イタリアの農作物の不作も重なって当時のイタリア政府は貧困を解決することができなかった。

だから、アメリカという新天地への「出稼ぎ」を奨励し、移民という名の棄民政策をとったのである。

「移民という名の棄民政策」と言えば、日本人の中にはブラジル移民を思い出す人たちもいるかもしれない。ちょうどイタリアが貧困層をアメリカに出稼ぎにやっていた頃、日本はブラジルに移民を送り出していた。

やはり1890年代の日本は貧困に苦しんでおり、今では信じられないかもしれないが日本政府が率先して貧困層の移民政策を進めていたのだ。

島原地方の女性たちが「からゆきさん」としてシンガポールに流れていった時代もこの頃だった。(からゆきさん(1)シンガポール史の裏面に、明治の女性の影

国家が機能を喪失して移民・難民が誕生する


国が国民を見捨て、国民が国を見捨て、多くが移民として他国に流れ込むという現象は過去のものではない。

2011年、中東で起きた民主化デモはたちまちのうちに中東・北アフリカのアラブ人社会を覆い尽くしていったのだが、この欧米が煽った「民主化デモ」によって生まれたのは、国家の崩壊と国民の貧困だった。

ムバラク大統領を打倒したエジプト国民は当初は有頂天にあったが、その次にまともな政権を樹立することができずにどんどん国力を低下させた。

これと同じことが、カダフィ大佐を暴力で排除したリビアでも起きていた。(カダフィ大佐、撃つなと懇願するものの頭部を撃たれて死亡

カダフィ政権の後、リビアは無法地帯と化してまともな産業はすべて吹き飛んだ。

そして今、「ムバラクやカダフィの独裁政権時代の方が10倍マシだった」と国民を嘆かせるほどの貧困が北アフリカのアラブ人国家に蔓延した。

貧困が極限に達した今、多くのエジプト人、リビア人がEU(欧州連合)諸国に移民としてなだれ込んでいる。2015年だけでもエジプト・北アフリカで16万人以上もの国民が国を捨ててEUに流れ込んでいった。

その後、民主化の波はシリアに向かったがアサド政権は政権放棄を拒絶したので国内は激しい内戦状態と化して、2014年には狂気の超暴力集団ISIS(イスラム国)を誕生させるほどの荒廃が生まれた。

生きるか死ぬかの社会の中で、経済活動などできるはずもない。凄まじい貧困がシリアに蔓延して、人々は文字通り生きることが不可能になってしまった。

このシリアの国民も数百万人単位が国を捨てて、EU各国になだれ込んでいった。

EUにはアフリカ諸国からも多くの移民がなだれ込んでいるのだが、それはいったいなぜなのか。もちろん、国家が国民を養う機能を喪失して、人々は自国で生きていけなくなったからである。



国家が国民を養う機能を喪失して、人々が自国で生きていけなくなったとき、移民や難民として国から出ていく人たちが増えていく。国が国民を見捨て、国民が国を見捨て、多くが移民として他国に流れ込むという現象は過去のものではない。

それが形を変えた貧困問題と気づいたときはもう遅い


これらを見て気付くはずだ。国家が国民を養うことができなくなり、機能が低下して貧困が蔓延するようになったとき、人々は自国に見切りを付けて移民となって外に出ていく。

移民のなり手があるというのは、社会の中で生きる糧を失った貧困層が世界中のあちこちで生まれていて、彼らが貧困にもがきながら国を超えて揺れ動いているということなのである。

移民問題は、形を変えた貧困問題でもある。

自国で食べられなくて苦しみもがいている間、それは単なる「貧困問題」だ。その貧困層が国を出ていくと「移民問題」と名前を変える。

もちろんすべての移民が貧困問題に結びついているわけではない。富裕層が税制的にも環境的にも過ごしやすい国を選択するような恵まれた移民も存在する。しかし、移民の大部分が貧困とセットになっているという認識は重要だ。

ところで、これらの話は日本人にとって他人事だろうか。

今は、多くの日本人が他人事であるはずだ。しかし今後、日本は少子高齢化を解決できなければ、国力の低下をカバーできなくなって最悪の結末を迎えることになるので、他人事ではなくなる日がくる。

今のまま少子高齢化が放置されると、たとえ戦争がなかったとしても、日本社会は持続できない。(衰退国家の日本で最後に生き残るのは「一握りの投資家」だけと知れ

ところが、問題が明確に分かっているのに、政府はまったく対応しない。まるで日本の自滅に関心がないかのように対策しないのだ。

このまま日本が衰退していくと国力の低下と社会保障費のパンクが同時に発生し、這い上がれない層が夥しく日本社会を覆い尽くしていく。

その中で国家が機能不全になっていくと、やがてはどこかのタイミングで「もう日本はダメだ」と思う人たちが出てくる。

つまり日本人の一部の貧困層が、その貧困に追いやられるようにして移民を選択せざるを得ない状況に追いやられる。移民問題は、形を変えた貧困問題であると人々が身を持って知るようになるときは、もう手遅れになっている。




自国を見捨て、夢の国であるEUを目指して死んでいった人たち。移民問題は、形を変えた貧困問題でもある。



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