ひとり当たりの年間所得が最も少ない国をIMFの2016年のデータから拾い上げると南スーダン、マラウイ、ブルンジ、中央アフリカ、マダガスカル、モザンビーク、ニジェール、ガンビア、リベリア、コンゴ……と続く。

ここで上げた国は、人が貧しいというよりも国そのものが極貧にあって、経済発展はなかなか厳しいものがある。

もうほとんど報道されなくなっているのだが、南スーダンでは国土の6割が戦乱地区と化しており、中央アフリカでもコンゴでも大量虐殺が続いている。

アジアでも、アフガニスタンやネパールは非常に貧しい地区であり、EU(欧州連合)には、アフガニスタン難民も大量に入り込んでいるのはあまり知られていない。

政府が脆弱な国は、貧困が蔓延している。戦争が吹き荒れる国もまた貧困が吹き荒れる。

その結果、多くの人たちから教育の機会が奪われる。

生きるか死ぬかの瀬戸際で、人々が安全な地区を目指してさまよい歩いているような地区で、あるいは教育を与える必要がないという声が支持される地区では、意図的に教育の機会が踏みにじられるのだ。

中でも、女性の教育が犠牲になることが多い。


人材を作るには、教育に力を入れる必要がある


途上国では、誰がリーダーになっても、経済を立て直し、貧困を撲滅するのは非常に難しい仕事になる。

途上国のあらゆる問題は貧困から来ている。そして、その貧困のあらゆる原因は、インフラや汚職や内戦や先進国の収奪から生まれている。

豊かな国だったとしても、一度、国が衰退してしまうと立て直すのが難しいのは、歴史を見ると分かる。

日本は第二次世界大戦の敗戦で、国は焼け野原になってほぼ壊滅したも同然だったが、そこから奇跡的な復興を遂げて現在がある。

しかし、こういった奇跡は「例外中の例外」だ。普通は、国が壊滅すれば、その後は何十年も立ち直れないのである。

国が回復するには、経済が回らなければならない。経済が回るためには人材や資源が必要になる。資源があるかどうかは、その国の運次第だ。資源がないのであれば、人材を強化するしかない。

人材を作るには、教育に力を入れる必要がある。

ところが貧困国は、底なしの貧困ゆえに教育制度が破綻していることが多い。それならば、教育に金をかければいいという話になるのだが、ここにひとつ問題が発生する。

教育の成果を見るには、長い時間がかかるということだ。

1年や2年ではない。10年も20年もかかるのだ。だとすれば、任期が数年の政治家が教育に力を入れ続けるのは、相当な意思と覚悟が必要になる。

どこの国でも、教育の大切さを自覚する政治家は少ない。

教育はいつも置き去りにされる。「女性に教育は必要ない」と決めつけるアフガニスタンのような国もある。

アフガニスタンはわざわざ作られた女子学校を、イスラム原理主義のタリバンが叩き壊して回っている。

このタリバンのイスラム主義はパキスタンにも広がっているのだが、だからパキスタンの地方都市でも女子学校の破壊やテロが起きたりしている。

さらにこのような動きはナイジェリアでも広がり、テロ集団ボコ・ハラムが女子学生を大量拉致してイスラム原理主義に洗脳したり、自爆テロに使ったりするようにもなった。

そこまでして教育を奪おうとしている国もあるのだ。



アフガニスタンはわざわざ作られた女子学校を、イスラム原理主義のタリバンが叩き壊して回っている。このタリバンのイスラム主義はパキスタンにも広がっているのだが、だからパキスタンの地方都市でも女子学校の破壊やテロが起きたりしている。

90%以上の女性がまったく文字を読めない国もある


教育の機会が奪われたら国はいつまで経っても立ち行かない。これは、多くの途上国が共通して抱えている問題である。

教育がしっかりしていれば、その国は立ち直る余地はある。あるいは、すべてを失っても成長する余地がある。

どんなに国が傾き、経済破綻し、暴力・麻薬・売春が吹き荒れ、汚職が蔓延していたとしても、教育がしっかりしていれば嵐の中で芽が育つ。

逆に、教育自体がおざなりになっていたり、荒廃していたり、教育行政が破綻していたりすると、成長している国であっても、次世代の衰退は間違いない。

何を差し置いても教育に力を入れる風土があれば、その国は助かる。そうでないのであれば、その国の政治家が一時的に何かをやっても、結局は貧困に戻っていく。

教育は軽く見てはいけない問題だ。なぜ貧困層がそこから抜け出せないのか。

それは教育を受けていないからだ。

教育を受けても成功するとは限らない。しかし、教育を受けていなければ、スタート地点にすら立つことができない。

先進国にいると、文字が読めて、計算ができるというのは当たり前のように思えるかもしれない。しかし、それは当たり前のことではない。教育の成果だ。

日本の識字率は99%なので、国民のほぼすべてが文字が読める状態である。だから、文字が読めない人がいるというのが信じられないかもしれない。しかし、途上国では想像以上に文字が読めない人が多い。

たとえば、教育を奪われているアフガニスタンでは、女性の識字率は17.6%であると言われている。これを逆に言えば、女性の82.4%が文字が読めないということだ。自分の名前を読むことも書くこともできない。

国民の85%がイスラム教であるギニアでも女性の教育がほとんど為されておらず、女性の87.8%が文字を読めない。やはりイスラム教が圧倒的大多数を占めるニジェールに至っては、女性の91.1%が文字を読めない。

国の半分を占める女性が無教育なのであれば、国の半分は知的能力を必要とする現代社会で落ちこぼれるということだ。これでは国の再建や発展どころではない。

幼少の頃にきちんと教育を受けていれば……


インドでもカンボジアでもバングラデシュでもインドネシアでも、文字が読めない人たちは想像以上に多い。

私が知り合ったインド・コルカタの物乞いの女性たち、あるいはコルカタの売春地帯にいた女性たちも文字が読めなかった。(書籍『絶対貧困の光景』インドの取り残された女性たち

彼女たちは知的能力が劣っていたわけではない。現に、彼女たちはヒンディー語を話す以外に、英語もきちんと話して欧米人と会話もできる。

文字は書けないのだが、ストリートで覚えた英語を駆使して欧米人と渡り合っている。もし、彼女たちが幼少の頃にきちんと教育を受けていれば、何十年も物乞いで生活していなかったかもしれない。

彼女たちに欠けていたのは教育だということが分かる。教育の機会がなかったのだ。

教育を受けると、物事を判断したり、分析したり、専門を極めていくことが可能になる。それもまた、貧困から抜け出すのに重要な要素である。

教育と言っても大学で学ぶような高度な専門知識の話をしているわけではない。読み書きソロバンの基礎的な教育の話をしている。それすら受けられないと、何もできない。

何しろ、名前も書けず、計算もできないのだ。そうなると、仕事は単純労働でしかない。単純労働の賃金は、どこでも最低賃金そのものだ。

最低賃金で生きていても、貧困から抜け出すことはできないのだ。字が読めないし書けないのだから、できる仕事は限られてしまう。賃金をごまかされても、計算ができないから抗議すらもできない。

また、世の中の仕組みはすべてドキュメント(書類)によって記されている。契約書も、賃金明細書も、請求書も、何もかも書類に記されて、そこには文字が書かれている。

それらの書類が読めず、意味も分からなければ、自分の置かれている立場すらも分からないままだ。やはり抑圧されたままの人生を送るしかなくなる。

国はどれだけ多くの国民に教育を受けさせることができるか。自分や子供たちは教育に接することができるか。そして、教育はどれだけ適切で実用的か……。

それが、貧困撲滅の鍵を握っている。しかし、多くの国でそれが理解されない。その結果、貧困が永遠に続いていくことになる。




教育を受けても成功するとは限らない。しかし、教育を受けていなければ、スタート地点にすら立つことができない。教育がきちんと続かなければ、彼女には将来がない。



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