国立がん研究センターによると、2016年から新たに癌(がん)と診断される人が初めて100万人を突破し、今後もさらに癌患者が増えると警鐘を鳴らしていた。

ところで、この癌なのだが、最近は早期発見や医学の発達などによって長く生きられるようになっている。癌になったからと言ってすぐに死ぬわけではない。

これは表向きでは朗報なのだが、手放しで喜ぶ人はひとりもいない。

なぜなら、その後の人生は長い闘病生活に明け暮れることになり、自分の持っている能力を上げられない状況の中で生きなければならないからだ。

癌だけではない。すべての病気は、その人が持っている体力や知力を奪い、本来の能力を生かし切れない過酷な状況に追いやられる。

国民病とも先進国病とも言われているのは糖尿病だ。厚生労働省の国民健康・栄養調査によると糖尿病患者は1000万人に突入し、予備軍も入れると2000万人にもなるという。

この糖尿病もまた個人が持つ能力を奪っていく。どんなに屈強でエネルギッシュな男でも、癌や糖尿病になったりすると、突如として弱い立場になる。


自分が持っている能力を発揮することはできない


肉体的な病気だけではない。精神的な病気になっても人は本来持っているはずの能力がまったく発揮できなくなる。

日本の鬱病患者は治療を受けて鬱病だと診断された人だけで100万人近くいるのだが、治療を受けていない患者も含めると倍以上にのぼる。

精神的な病気は鬱病だけではない。睡眠障害、摂食障害、適応障害、統合失調症、パニック障害、発達障害、認知症と数多くの病気がある。

こうした病気にかかると、どんな人でも自分が持っている能力を発揮することはできない。

それだけではない。さらにアルコール依存、ドラッグ依存、ギャンブル依存のようなものもあるわけで、これらのすべては人間の能力を劣化させ、個人そのものを経済的にも苦境に落としていくことになる。

つまり社会的に「弱い立場」になる。

よくよく考えてみれば、誰もが「弱い立場」に落ちる瞬間がある。強い立場の人間がいつまでも強いわけではなく、必ずどこかで転落する日が来る。

この世は諸行無常である。いつまでも自分が最高の能力を発揮できる環境でいられると思ってはいけない。たった1つの予期していない何かが自分の能力を破壊してしまうのである。

実のところ、人は健康である時や絶頂期にある時は、自分の能力が減退するとか劣化するとか弱体化するということをまったく考えない。

だから多くの人は、気付いた時にはいつしか自分が弱い立場になっていて愕然とするのである。

そうであれば、病気に細心の注意を払い、ストレスにも注意して精神的に追い込まれないようにすれば弱い立場になることはないのか。

いや、それでも弱い立場になるのは時間の問題だ。なぜなら、「老い」が必ずやってくるからだ。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」という現実


自分の能力がどこまでも向上すると思うのは幻想だ。それは危険だし現実的ではない。

肉体的な能力は10代から20代の前半がピークであり、それ以後はどんどん衰えていく。

30代に全盛期を迎えているかのように見えるアスリートもいるのだが、それでもピークは20代の前半にあって以後は経験によってパフォーマンスが維持できている状況である。

肉体的な能力はピークを過ぎれば、その後は何をどうやっても若い頃のパフォーマンスを取り戻せない。

超絶的な能力を持っていたアスリートも、やがてはスピードが落ち、キレが落ち、持久力が落ち、回復力が落ちていく。つまり、どんどん弱くなっていく。

楽観主義でいようが、最新精鋭の機材とスタッフを揃えようが、最高の医師のアドバイスを受けようが無駄だ。

まわりをすべて最高にしても、自分の衰えは止められない。そして、遅かれ早かれ競技から脱落していく。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」とダグラス・マッカーサーは言った。マッカーサーのこの言葉は、消え去るというのは死ぬということではなく、「消え去ったまま生き続ける」ことを示唆している含蓄のある言葉だ。

肉体的なピークを売りにするのはアスリートだけではない。

若い女性も、自らの肉体の美しさを売りにして稼ぐ。しかし、どんなに若くて美しい女性であっても、30代に入れば肉体的な衰えは隠せなくなっていき、40代に入れば脱落する。

どんなに必死に若さを維持しようとしても無駄で、美容整形などであがけばあがくほど、身体に負担をかけて「崩壊」が早まっていく。いくら大金をかけても、老いからは誰も逃れられないのである。

普通の生活をして、普通の仕事をしている人であっても、ある程度の体力は求められるのだが、20代の頃に持っていた体力は30代、40代、50代と年齢が上がれば上がるほど失われていくので無理が効かなくなる。

自分が向上することを前提としてはいけない理由


脳はどうなのか。もちろん、脳も老いれば老いるほど判断力も思考力も集中力も落ちていく。

世の中の変化についていけなくなり、やがては新しい社会現象が分からなくなっていく。

老いても自分の知的能力は劣化しないと思うのは大間違いだ。必ずどこかの段階で知的能力が落ちていき、全盛期に及ばなくなる。

一般的には40代が限界で、以後はなだらかに能力が消え去っていくことになる。

もちろん個人差は大きいので、誰もが40代で目に見えて劣化するわけではない。しかし、いつまでも若々しさを保てる臓器や器官はないので、脳も劣化するのは100%約束されている。

遅いか早いかの違いだけで、物理的に脳も劣化する。それに伴って脳の働きも弱くなっていき、脳が司っている知的能力の部分もまた劣化していく。

だから、将来は自分の体力や知的能力が失われる前提で計画を立てておくのはいつでも正しい。30代を過ぎれば、もう今後は衰える運命だと思わなければならない。

向上するのではない。衰えていくのだ。

特に40代を過ぎると「今後の自分は今の能力が発揮できない状況になる」と発想を転換しなければならない時期になる。

以後は、「より劣化する」というのが自分でも意識できるようになっていくので、将来の自分の能力を過信しないのが重要になっていく。

病気になっても、老いても、能力が発揮できなくなっても、すぐに死ぬわけでない。死ぬのではなく、衰えていくのだ。衰えて弱くなっていく。そして、弱い状態の中で生きなければならなくなっていく。

自分が向上することを前提としてはいけない。それは正しい現実認識ではないからだ。それよりも、劣化することを前提としなければならない。

つまり、肉体と知能のピークを過ぎたと実感した人は、弱くなっていく中でいかに生きるのかという現実主義の人生哲学が必要となっていく。



自分が向上することを前提としてはいけない。それは正しい現実認識ではないからだ。それよりも、劣化することを前提としなければならない。つまり、肉体と知能のピークを過ぎたと実感した人は、弱くなっていく中でいかに生きるのかという現実主義の人生哲学が必要となっていく。


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