身体を売って生きている女たちと話していると、「ずっとこの仕事をしたい」と考えている女性以上に、「一刻も早くこの仕事を辞めたい」と考えている女性が多いことに気づく。

基本的に「身体を売るビジネス」というのは、それはストリートに立って個人でやる売春でも、風俗店に雇われて行う性サービスにしろ、女性が男を選ぶことができない。

結果として、自分が嫌悪するタイプの男とも深く関わらなければならない時がある。そのために女性たちは、しばしば極度のストレスにさらされる。(すべての男が嫌いだと叫ぶ風俗嬢が、唯一好きな男とは?

自分の嫌悪する男にも身体を与えて、完全に割り切れる女性もいないことはないのだが、多くはストレスを引きずって鬱積が積もっていき「早く逃れたい」と考えることになる。

潔癖性で神経質で深く考える女性であればあるほど、自分のやっていることに疑問を感じてストレスを深めていく。

だから、売春する女性たちや風俗に勤める女性たちは、しばしば仕事を放棄して逃げる。

風俗業界では「飛ぶ」と表現するのだが、どんなに売れっ子であっても、ストレスが高じると稼ぎを放棄して突如として店を辞めて消えていく。耐えられなくなるのである。


過酷な状態の中で生きていると、必ず潰される


ストレス耐性は人によってまったく違う。繊細な心を持った女性は、相手の些細なひとこと、仕草、表情を敏感に読み取って、考え込んだり、くよくよしたり、思い悩んだりする。

一方で、男がどんなに粗雑であっても、まったく動じることもなければ気にすることもない女性もいる。相手が怒ると、恐れるどころか逆ギレして闘争本能を剥き出しにする。

その場はうまくしのげるが、後で思い出して心が病む女性もいれば、その場その場で衝突ばかり起こしているのに翌日には何も覚えていないような女性もいる。

その差は同じ人間とは思えないほど違っている。

しかし、常にストレスのかかる現場にずっといるというのは、その時には何とも思っていなくても、徐々に精神的ダメージを蓄積させて、それが心を蝕む要因となる。

人間はロボットではないのだから、何も思わないで生きることはできない。過酷な状態の中で生きていると、必ず最後には重圧で潰されてしまうことになる。

身体を売る女たちは、潰されたくないから「飛ぶ」のである。頻繁に店を辞めて転々とする女性のことを「転々虫」と業界では言っているのだが、転々虫で生きている女性は多い。

しかし、転々虫ではなくても夜の女たちはかなり短いスパンで店から消えていく。店側もまた女性はいつでも消えるという前提で雇う。

だから真夜中の世界は、だいたいが日給である。場合によっては一ヶ月持たないかもしれないのだから、店側も女性側も日給でしか動かない。

昼間の世界では、今日来て明日辞めるような人は生きていけない。派遣であれば月単位、正社員であれば年単位で仕事が続けられることを要求される。

通常は、長く仕事が続けられるように会社側は配慮するし、そのための福利厚生も用意する会社も多い。従業員は財産だと言って大事にしてくれる会社もある。

しかし、そんな会社ばかりではないのも確かだ。従業員を奴隷のようにこき使い、使い捨てする会社も中にはある。

追い詰められるのが分かっていても、逃れられない


そうでなくても、人々は人間関係や生活環境や職場の中で、今暮らしている場所が地獄のようになってしまうことが往々にしてある。

合わない仕事、長い拘束時間、無理な納期、激しい圧力をかけられ続けると、人は精神的にも肉体的にも壊れていく。

しかし昼間の仕事の場合は、そんな簡単に辞められるわけではない。すぐに辞めるような行為を繰り返していると、次第に次に働く場所がなくなってしまうからだ。

家族がいる人は家族を食わせるためにも辞められない。自分の信用のためにも、生活の安定のためにも、辞めたくても辞められない。「辛くても耐えなければならない」というのが普通の人の実感だ。

それでも、どうしても自分に合わない場所がある。自分のいるべき場所ではないと感じる職場もある。長く続けても何ら実りがないばかりか、心身共に消耗してしまう職場もある。

そこは「自分のいるべき場所ではない」のだから、そこにいればいるほど人生を無駄にすることになる。しかし、分かっていても辞められない。

身体を売る女たちにかかるストレスは、極大なものが一気に襲いかかるイメージだ。昼間の世界で働く人たちのストレスは、小さなダメージが波状的に襲いかかって真綿で首を絞めるようなイメージである。

そのストレスは、ボディブローにも例えられる。腹部を打たれ続けるのはノックダウンにつながらないのだが、少しずつ体力が奪われて最後には動けなくなっていく。

毎日毎日、仕事を続けることによって自分が追い詰められているのが分かっていながら、そこから逃れられない。

何らかのしがらみや、金銭的な事情や、惰性や、あきらめに飲まれて、「地獄」にそのまま居続ける。仕方がない、と思ってしまう。

そして、自分が病んでいくのを分かっていながら避けられず、気が付いたときは手遅れになっているのである。

「人間には足があって移動することができる」


自分が望む世界、本当の意味で好きな世界、生涯を捧げても良いと思う世界では、普通の人が見たら過酷な環境に見えたとしても意外に耐えられる。

例えば、兵士は過酷な現場でいつ自分が死ぬか分からないような世界に身を投じている。

通常の人間なら重度のストレスに追い込まれるのだが、このような世界を心底愛しているような人間もいる。彼らは職業軍人や傭兵となって戦場を求めて世界中を駆け回る。

しかし、徴兵制度で仕方なく戦場に放り込まれてしまった兵士もいるわけで、彼らは当然のことながら過大なストレスに晒されてしまう。

耐えられないような重度なストレスで自分が潰れる結末が見えているのであれば、それは自分の世界ではない。自分の居場所ではない。

そうだと悟ったのであれば、そこから抜け出るのが最適の選択となる。

環境のほうを変えるように努力するという生き方もあるが、その世界に人生を捧げるつもりがないのであれば、それ自体が苦痛の人生になってしまう。

だから、基本的には自分がしたいことができる場所に行くのが正しい。

他人にとって何でもない世界でも自分が地獄と感じるのであれば、「そこから抜け出る」というのが正しい答えになる。

しかし、それは口で言うのはたやすいが、実際は「苦渋の決断」になる。

そこに生活基盤がある場合、抜け出すことによって明日から大変なことになる。しがらみを断ち切ることにもつながるし、場合によっては他人に批判されたりすることもある。

先の見通しが立たずに、自分自身が強い不安にさいなまれるのは必至だ。

多くの場合は、収入が途絶えることがネックになり、そこから抜け出す決断ができなくなる。地獄でも我慢しているのは、そのほとんどが収入の問題だ。

金のために生きているわけではないと言っても、金は切実な問題でもある。だから、誰もが行動が鈍り、地獄に残ることになってしまう。慎重な性格の人であればあるほど、身動きできずに進退窮まることが多い。

しかし、状況が好転する見込みがない仕事や環境であれば、自分の致命傷にならないように一刻も早く逃れる決断をすべきなのである。

「人間と植物が違うのは、人間には足があって移動できることだ」と言われる。辞める決断は、時には重要だ。



シンガポールの売春地帯「ゲイラン」でストリート売春をしている女性。彼女たちは常に極度のストレスにさらされながらビジネスを行っている。彼女たちのほとんどは長続きしない。いつでも飛ぶ。しかし、表社会の人々は、簡単に辞められる環境にない。そして、手遅れになる。



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