タイのパッポンやスクンビット界隈では、片足がない男が観光地で地面を這って物乞いをしていることがある。服はドロドロになって、顔面も泥にまみれている。

同情した多くの観光客がこの男が片手に持つカップに次々と金を恵んでいく。

しかしこの男は、物乞いの仕事が終わると物陰でズボンを脱ぎ、片足を縛っていた紐をほどいて両足で歩きながら帰路につく。本物もいるのだが、そうでない人間も混じっている。騙される旅人はとても多い。

インドでは死んだようにぐったりしている赤ん坊を抱えた母親が物乞いしているが、これも他人の赤ん坊を借りた物乞いビジネスである。やはり、ウブな旅人の多くは見抜けない。

タイやインドネシアではニセ警官が現れて、いろんな難癖をつけて観光客から金を奪い取る詐欺師も出てきている。旅慣れた旅人でさえ、見抜けないはずだ。

世界中どこでも犯罪が起きているのを見ても分かる通り、すべての国に私たちを騙す人間がうじゃうじゃと存在する。

アメリカでも、ヨーロッパでも、東南アジアでも、南アジアでも、中東でも、南米でも、それはまったく変わらない。そして現実的な話をすると、次から次と現れる新手の「騙し」を前にして、旅人は赤ん坊の手をひねるように騙される。


日本人がフィリピン人を使って日本人を殺す現実


私が今まで知り合ってきた人たちは、東南アジアのアンダーグラウンドにいる人々ばかりである。では、彼らの多くが悪人だったのかと言えば、まったくそうではない。

むしろ、一緒にいて気持ちの良い人たちも多かった。

インドは壮絶に貧困がひどい国で、世界でも最悪の悪人密集国かもしれない。では全員が悪人だったのかというと、まったくそうではない。

悪人も確かにいるのだが、信じられないほど優しく思いやりのある人もいる。

したがって、個人の資質を見るというのは、非常に重要なことであり、結局は最後に「その人」の性格が重要になっていく。国籍は重要ではない。

海外に出たら、どこの国でも同国人に頼りがちなのだが、実はその同国人が一番危なかったりすることも多い。

タイやフィリピンに在住する日本人の間では、「一番、気を付けなければならないのは同じ日本人だ」という教訓のようなものが出回っている。日本人が、日本人を騙す。

フィリピンは日本人が最も殺されている国なのだが、日本人を殺しているのは現地人でも、実際には日本人の依頼で殺していることが多い。

つまり、日本人がフィリピン人を使って日本人を殺しているのである。

2014年10月18日に鳥羽信介氏が殺害された事件も裏に日本人の存在があった。(なぜフィリピンで保険金殺人が多いか考えたことがあるか?

2017年にはブスアンガ島で2人の日本人がバラバラに殺害されて殺される事件があったが、この事件の裏側にも胡散臭い日本人が存在していた。(長浜博之が完全否定するパラワン日本人バラバラ殺人の裏側

「良い人」なのか「悪い人」なのかは見抜けない


こうした現象は日本だけの話ではない。世界中どこでも同じで、韓国でも「海外に出たら、同じ韓国人に気を付けろ」と言われている。

フィリピンでは韓国人も大量に殺されているのだが、その事件の多くは韓国人がフィリピン人に殺害を依頼して同国人を殺しているのである。

ところで当のフィリピン人も、海外に出ると「現地の同国人に気をつけろ」が合言葉である。

フィリピンは出稼ぎをする人が多い国なのだが、出先では同国人同士が互いに騙したりしており、同じ民族だからと不用意に信じてはいけないと言い伝えられている。

「インド人もインド人に騙される」と言い、中国人も他人を信用できないので、同じ郷里や同じグループの者としか付き合わないようにしている。

つまり、同国人が海外で同国人に騙されるケースが山ほどあり、むしろあまりにも同国人を狙った犯罪が多いので、同国人が一番信用のならない人間になってしまっている。

同国人は言葉が通じるという安心感があって気を許しやすいのだが、それを狙われてしまう。

逆に、その国の見知らぬ人が心から助けてくれたり、好意を寄せてくれたりすることもあるわけで、そう考えると国籍や人種よりも、最後には目の前の人の「個人的な人間性」が重要になるというのが分かってくる。

ただ、ここに問題がある。

とてもではないが、目の前に現れた人が「良い人」なのか「悪い人」なのかは見抜けないのである。

ほとんどの旅人はそうだと思うが、放浪していると実に様々な人々に声をかけられたり、予期せぬ出会いがあったりする。そして、そのたびに相手が信用できるのかできないのかを、直感や確率で導きださなければならない。

「見る目」を間違えると、不快なことになるし、トラブルも起きる。逆に、良い人を悪い人と間違えることもある。いったい、どうすれば良い人と悪い人を瞬間に区分けするのかというのは、旅人にとって非常に切実な問題である。



インドネシアのスラムにて。私はこの赤ん坊を抱いた青いシャツのインドネシア人を最初はまったく信用していなかった。しかし、彼は本当に誠実で優しい男で、私は彼を通してインドネシアの良さを知った。


彼は近所の子供たちにも好かれており、病気を抱えた少女も彼を頼りにしていた。貧しいスラムの共同体の中で、彼はとても頼りになる男だった。そんな男を私はずっと信頼しなかったのだが、それは逆のパターンも多かったからだ。

詐欺師は人を信用させるのが仕事だから印象が良い


私もずいぶん「裏のある人間を見抜けるかどうか」に取り組んできたが、結局はそれが不可能であることを悟った。

人の裏側は見抜けない。本当に演技のうまい詐欺師がやってきたら、それが良い人なのか良い人を演じる悪い人なのかは判別できないのである。

見栄えや立ち振る舞いや全体的な雰囲気や最初の印象のすべては、当てにならない。良い方にも悪い方にも騙される。薄々と何かを感じることもあるが、それも確証にならない。

考えてみれば当たり前の話なのだが、知的な悪人は最初のうちは、非常に好意的で友好的で柔和で物腰が柔らかい。

「なんて優しい人なんだろう」と思わせたり、感激させたりしてくれる。詐欺師は人を信用させるのが仕事だから、全力で演技をしてくる。だから、分からない。

プロがアプローチしてきた場合、その人間が悪人なのか善人なのかを見分けることは基本的には不可能だ。

とにかく旅行中は詐欺師に遭遇する確率が高い。彼らは「お金を落としましたよ」と、落としてもいない小銭をわざわざ優しい笑みと共に差し出してくれたりする。

「ここではお金を落としたら戻ってこないから気をつけて下さいね」と、こともあろうか詐欺師が優しく忠告してくれるのである。最後はともかく、最初はそうだ。

しかし良い人だと思っていた人が、徐々に、あるいは唐突に何かに誘導してくる。

「飲みに行きませんか?」「カラオケに行きませんか?」「家に来ませんか?」「安い店を知っているので一緒にどうですか?」「喉が乾きませんか?」

そのときに、はっと気がつくかどうかが勝負だ。もし全面的に相手を信じてしまったら、もう取り返しがつかない。

最後には有り金すべて巻き上げられて路上に転がっている。騙されて金を取られるくらいならまだいいが、レイプされたり、殺されたりする人も枚挙に暇がない。

どんな旅慣れた人でも、しばしば危険な目に遭う。2011年9月28日にはミャンマーで旅してきた女性が殺されたという事件もあったが、彼女は旅慣れた女性だった。(ミャンマーで一人旅をしていた邦人女性が首を締められ死亡

ルーマニアでレイプされて殺された20歳の女性も、学生団体のNPOに所属して旅の知識のある女性だった。(ルーマニアで残虐にレイプされて殺された20歳の日本女性

エクアドルで新婚旅行中に殺された男性も、旅慣れていた。(人見哲生。新婚旅行先のエクアドルで事件に巻き込まれ死亡

なぜ、旅慣れた人も事件に巻き込まれるのか。やはり、分からないからである。結局、最後に騙されても壊滅的な打撃を受けないようにするしかないのではないか。今も私はそう思っている。



フィリピン。空港を降りた瞬間、いろんな人が声をかけてくる。もちろん、その中には得体の知れない詐欺師のような男たちも多い。


フィリピンのスラム。いろいろ治安が悪く、気が抜けない場所ではある。


こうしたスラムにいると、やはりいろんな人たちが入れ替わり立ち替わり声をかけてくる。「カラオケに行かない?」「家に来ない?」と彼女たちは誘ってくる。信頼できるのかどうか、その場で判断しなければならない。



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