日本は少子高齢化を放置してきたので、地方からどんどん寂れてしまっている。人口は急激に減少して、地方の僻地どころか、地方都市そのものまで人口が消えてマンションや民家に空白が増えている。

地方のこの惨状は、実際に自分の目で見て見ると「本当に日本はこのままで大丈夫なのだろうか?」と背筋に冷たい汗が流れるような恐怖に駆られる。

以前、広島の人口減で消えていく村や、廃墟になりつつある民家の写真を紹介したことがあるが、私は「人が消える」ということに居心地の悪い不安を隠すことができなかった。

これは実際に、誰もいなくなった限界村などを歩けば誰もが同じ不安を持つはずだ。もう一度、この写真を見て欲しい。それは「地方の死」に他ならないのである。(滅びゆく地方の光景。やがてそれは日本の致命傷になる

私は東南アジアの多くの地方都市や何もない郊外を、野良犬のようにほっつき歩いてきたが、東南アジアで同じような不安を感じたのはインドネシア・モロ島くらいだ。(不気味なインドネシア・モロ島と、打ち捨てられた村の女性

しかし今、改めて考えると不気味だと思ったモロ島以上に、日本の地方都市は人が消えて薄気味悪くなってきている。


2025年、「ついに東京都も人口減少」に向かう


私は一時期、地方のどこかに家を買って隠遁したように生きていこうと思ったことがあったのだが、実際に地方を回って過疎と限界集落の現場を見て止めた。

私は都会生まれの都会育ちなので、電気・ガス・水道・インターネット等のインフラが使えなくなったら日常生活が送れないと客観的に思っている。

もし、地方に家を買ってそこが限りなく過疎になったら、インフラが維持できなくなってしまう。そうなったら、私にできることは何もない。

だから、私は地方に住むのはリスクを抱えると直感して、以後は東京から離れる気をなくした。

何かのSF映画では、しばしば人類が絶滅して数人の人間が生き残って廃墟の街を歩くような場面が出てくる。

日本はあたかもその人類滅亡以後の世界を地方に作り出しているかのように見える。子供が消え、老人ばかりになり、やがてその老人も消えていき、最後に日本人全体が縮小していく。

その、じわじわと迫り来る未来に対して日本人が危機感を覚えないのは、人口の大多数が都会に住んでいることと、少子高齢化の現象はじわりじわりと進むので切実な危機感を覚えられないからである。

熱湯に入れたカエルは驚いて飛び出すが、じわじわと温度を上げていくとカエルはそのまま茹でガエルになる。それと同じ現象が日本に起きている。

都会に住む私たちはこの人口減を「田舎だけの話だ」と他人事のように思っているのだが、どのみちあと8年もしたら「ついに東京都も人口減少」に向かう。

2025年の日本は3人に1人が65歳以上となり、少子高齢化を解決することは不可能になる。不動産価格も全体的に崩落していく。(マネーボイス:日本発地獄行き。「念願のマイホームを買う」という幸せゲームの末路

過疎化の地区がアメーバのように広がっていく絶望


東京は、どのような光景になっていくのだろうか。ぼんやりと、そのように考えていた時、ふと私の脳裏に浮かんだのは、「山谷」だった。

かつてドヤ街として知られ、日本中から労働者が集まって溢れんばかりの熱気にむせ返っていた山谷は、今や人々が消え、労働者も高齢化していなくなり、東京でありながら誰も関心を寄せない淀んだ空気の街となっている。

そこには昼間歩いても車の往来も人の往来もほとんどない。老いた人たちが目立つが、その老いた人たちですら少ない。

数年前に山谷を歩いた時に私が感じたのは、「この街は死んでる」というものだった。

2025年の日本が超少子高齢化によって活気を失っていくのだとすると、どのような光景をイメージしたらいいのか、私はその手がかりを現在の山谷に持っている。

今のまま少子高齢化の波を止められないというのであれば、東京は2025年以後、まだら模様に人口が少ないところから、今の山谷のようになっていくはずだ。

すでに東京では、26市1群や東京圏の外側からゆっくりと過疎が始まっている。

多摩ニュータウンも歯が抜けたように人口が消えており、今後は八王子市域や稲城市域でも人口減少に悩まされるようになっていく。

場所によってはすでに首都圏の過疎化が始まっているのだが、やがては過疎化の地区がアメーバのように広がっていき、あちこちで「都市内限界集落」のような場所が生まれていくことになるだろう。

家やマンションは買わない方がいいというのは、自分の住んでいる地域が過疎化して今の山谷のようになってしまう可能性もあるからだ。

資産価値が落ちるかもしれないのに30年以上にも及ぶローンで人生を消費しても仕方がないし、自分の住んでいる街が駄目になったら、さっさと住みやすいところに逃げられる身軽さを保つ方がよほどいい。

つい先日、平日の昼間に山谷に寄った。今の山谷がかつての熱気などまったくなくなっていることを写真から雰囲気を感じて欲しい。



泪橋を南下した都道464号線。昼間なのに人通りも少ないし、通っている車もそれほどない。誰もこの地区には用がないようだ。


テナント募集も「FOR RENT」もずいぶん古くなっているのが分かる。誰も入らない。山谷ではもはや「FOR RENT」すらもあきらめて見捨てられた建物もたくさんある。


ゴミを捨てるなと看板が出ているのに、そこにわざわざゴミを捨てている。そのまわりは誰もいない。


自転車に乗った高齢層が危なっかしくフラフラと自転車で大通りを走っている。危なっかしくても大丈夫だ。この大通りに車はほとんど走っていない。


作業衣を売っている店もあるが、もう商売をあきらめた雰囲気もある。労働者は高齢化して、誰も作業衣を必要としていない。


コンビニがあったが、利用しているのはやはり高齢者である。まだそれほど気温は低くなかったが、かなりの厚着をしている。路上に長い人は、厚着の傾向が強い。


道の奧まで見渡せるが、人がほとんどいないのが分かるはずだ。本当にこのあたりは人がいない。


「年金生活者、生活保護、保証人不要」を謳うのは大阪のドヤ街である「あいりん地区」と同じだ。高齢層の年金や生活保護費を狙うのが貧困街の貧困ビジネスである。


孤独な高齢者が、収容されているアパートから出てどこかに歩いていく。


見捨てられた建物。二階のガラスが割れている。もう誰も住んでいないのが分かる。


ドヤのひとつ「トキワ」。かなりの老朽化した建物であるのが分かる。


教会も老朽化している。ドヤ街にこうした教会が多いのは、貧困層の救済の意味もあるが、布教のためでもある。


三三ハウスは、労働者ではなく安い宿に泊まりたい外国人のバックパッカーのための宿だ。


個室は2200円、ドミトリーは1250円となっている。無料Wi-Fiも使えることになっている。


杖をついて歩く高齢層の姿もあった。この日、街に子供の姿はまったく見なかった。


いったいいつの店なのだろうか。氷販売……。まるで昭和40年代にでもタイムスリップしたかのような看板だ。


山谷の商店街「いろは会」も、昼間だというのにほとんど誰もいない。99%の店が商売をあきらめて店を閉じている。



アーケードの中。まったく活気がないのが分かるはずだ。シャッター通りなので、買い物に来ても何も買えない。


ただ、すべての店が閉まっているわけではない。雑貨屋のような店が開いていた。この店もまた古めかしい昭和の雰囲気がぷんぷんしている。


アーケードは撤去されるようだ。工事は平成29年5月からと書かれているが、工事が始まっている気配はまったくない。工事までやる気がないのだろうか。


この商店街のシンボルである「あしたのジョー」の看板がある。もはやジョーがいた頃の山谷と今の山谷はまったく違う光景になっている。


古めかしい旅館(ドヤ)だが、今でも健在だ。


空室あり。高齢化した労働者はドヤからドヤへと渡り歩くのではなく、年金や生活保護費をもらいながら、ドヤをアパートのように使っている。


自動販売機は70円だった。


かつての山谷は、このような建物がたくさん建ち並んでいたのだろう。この家もガラスが割れて見捨てられている。


この家も見捨てられている。恐らく家主が亡くなって、そのまま放置されてしまっているのだろう。


こうした見捨てられた建物が山谷にはあちこちに建っている。このあたりは日本堤なので、台東区になるが、東京23区でも見捨てられる土地は見捨てられるということだ。


人がいるのかいないのか、開いているのかいないのか分からない旅館も多い。


ここもまったく人の気配がない。ふと、私はゴーストタウンでも歩いているのか、という気分にもなった。


全室冷暖房が完備されて一泊2000円。月にすると6万円だから、年金だけの高齢者には厳しいかもしれない。


冷暖房が完備されているというのは、旅館の売りになっているようだ。


この旅館は完備されているようには見えない。しかし、表の自転車の数で見ると、住民が多いように見える。


やはり、誰も歩いていない。


ここも誰も歩いていない。人がいないところを探して写しているわけではない。本当に人が歩いていない。


やっと人を見つけた。やはり老いた人で、ゆっくりと私を追い抜いて歩いていく。








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