自分という人間はひとりしかいない。自分と同じ人生、同じ経験、同じ感受性を持った人間は他にいない。だから、自分という存在は唯一無二のものである。

この「自分」という存在は、「これが自分だ」と認識する信念や概念が内包されている。これを自己同一性(アイデンティティ)と呼ぶ。

アイデンティティは「自分が何者であるのか」を常に問いかけて生まれてきたものである。だから、「何が自分らしいのか」というのは他人には分からない。自分らしさは自分で選ぶものなのである。

ところで、私たちは子供の頃から音楽を聞いて育ってきているのだが、その中で「この音楽は自分に合っている」と惹かれて離れられない曲を見つけたりする。

そうすると私たちは、意識的にも無意識にも、自分の選択した「大切な曲」の世界観に影響されて人生を生きていく。

こうした曲を、ウェブ・マガジン『ワイアード』は「アイデンティティ・ソング」と呼んでいた。自分を形作った曲という意味でワイアードは使っている。

自分を形作った曲……。あなたは、どんな曲を聞いて自分を形作ってきたのだろう。


自分の信念や生き方や心境を表現してくれている曲


自分の進路や信念や考え方や生き方に大きな影響を与え、今の自分を作った大事な曲。意識的にも、無意識的にも、大きな影響を受けて、本当の自分に戻れる曲。

あるいは、まるで自分の信念や生き方や心境のすべてを表現してくれている特別な曲。自分を象徴している曲。

アイデンティティ・ソング……。

それは、自分の好きな曲ともかぶっているのかもしれないが、ただ好きなだけではない。好きだというのであれば、誰でも200でも300でも好きな曲を上げられる。

アイデンティティ・ソングは単に好きな曲ではなくて、「この曲こそが自分の人生を変えたのだ」という曲である。

そんな、自分の原点とも言えるべき曲を、あなたは思い浮かべることができるだろうか。

もしかしたら、即答できる人もいるかもしれない。音楽に感受性が強く、音楽がなければ生きていけないような人もいるわけで、彼らの中には原点をずっと追いかけている人もいる。

逆に、音楽とは縁遠い生活をしていて、確かに音楽に影響されたのだが、すでに無意識の中に押し込められて「自分を形作った曲」そのものが消えかかってしまっている人もいる。

人はそれぞれ感受性や思い入れが違うので、聞かれたらすぐにそれが思い浮かぶかどうかは人それぞれだ。

もし「自分を形作った曲」が思い浮かばなければ、それを探しにいくのは楽しくて、懐かしくて、自分を見つめ直す良い体験になるかもしれない。

どこに探しにいくのか。

もちろん、過去の自分である。子供の頃に聞いた曲なのか。それとも多感な思春期の頃に聞いた曲なのか。それとも20代の頃に聞いて感激した曲なのか……。

20代に入るまで何も考えないで生きてきた人はいないだろうから、自分を形作った曲は自我が芽生えて記憶がはっきりしていく4歳から高校を卒業する18歳までの間のどこかで、私たちは「自分を形作った曲」に出会っている可能性が高い。



もし「自分を形作った曲」が思い浮かばべなければ、それを探しにいくのは楽しくて、懐かしくて、自分を見つめ直す良い体験になるかもしれない。どこに探しにいくのか。もちろん、過去の自分である。

アイデンティティ・ソングを探しに行く旅


アイデンティティ・ソングを探しに行く旅は、自分を見失った人や、自分がなぜ生きているのか分からなくなった人にとって重要なものになるはずだ。

自分を見失うというのは、自分が何者なのか分からなくなってしまうということでもある。

なぜ、自分はこんなことをしているのか、なぜ、こんなところにいるのか、なぜ自分がこんな人生を生きているのか分からなくなってしまう。

忙しさの中で身も心も疲れ果ててベッドに潜り込んだとき、どうして自分の人生はこうなってしまったのかと呆然とする日もあるはずだ。

あるいは、多くの人は本来の自分の姿とは別に、社会的な仮面を付けて生きている。自分を手入れして、見栄えが良いように装い、笑顔の仮面などを付けて、演技しながら生きている。

だから、そんな仮面と演技の時間が長くなって、そこに忙殺されると、やがては自分が何者か、自分でも分からなくなってしまう。

自分を見失った……。
自分が何者か分からなくなった……。
自分が何をしたいのかも分からない……。

そう思うようになると、心が壊れる一歩手前まで来ているということだ。

多くの人は何とか心のバランスを取り戻そうとして立ち止まるが、立ち止まる前に、忽然と心が壊れてしまう人もいる。限界を超えて、心身が破壊されてしまう。

自分を見失うというのは、とても哀しいことだ。自分を見失った人は、涙を流して泣いてもいい。泣くことで肉体感覚を取り戻し、肉体感覚を取り戻すことで自分の身体を自分の元に引き寄せる。

そして、自分がなぜ生きているのか、その原点を探し出すために過去に戻っていく。忘れてしまったアイデンティティ・ソングを探しにいく。

アイデンティティ・ソングが蘇ってくる瞬間がある


人は誰でも原点は過去にある。だから、自分の人生を追憶することによって、やっと本来の自分を取り戻せる。

過去に戻って、自分の生きて来た軌跡を振り返る。子供の頃の躍動感を思い出す。若かった父や母を思い出し、友達を思い出し、子供だった自分の冒険を思い出す。

あの頃の人、あの頃のことを振り返り、「良い想い出」にどっぷりと浸らなければならない。

たくさんの想い出があるはずだ。好きだったテレビ番組、好きだったマンガ、好きだった小説、好きだった遊び、路地の奥に入って冒険した街……。

そうしたものを丁寧に思い出さなければならない。

それが好きだったということは、それが自分の原点なのだ。それによって、自分の人格を形成していったのだから、それらは自分の人生の欠片(かけら)でもある。

そうしているうちに、きっと懐かしい音楽、懐かしい曲、好きだった曲、夢中になって口ずさんでいたあの曲、自分を形作った曲、アイデンティティ・ソングが、蘇ってくるはずだ。

「ああ、あの曲に感化されて今の自分があるのか」

そのように思う瞬間がある。それで自分の原点が見えてくる。意外なアイデンティティ・ソングが自分の脳裏から蘇って輝き出すかも知れない。

それは、どんなに他愛のない曲であったとしても、自分にとっては宝物のように大切なものであるはずだ。その中に自分の本当の姿が隠されている。

時代は変わり、人や街の光景も変わる。あの頃はもう戻らない。その宝物はとても脆弱なので、忙殺された日々を送っていると、すぐに消えてなくなってしまう。

しかし、アイデンティティ・ソングは消えない。なぜなら、その曲によって自分が形作られたのだから……。



時代は変わり、人や街の光景も変わる。あの頃はもう戻らない。その宝物はとても脆弱なので、忙殺された日々を送っていると、すぐに消えてなくなってしまう。しかし、アイデンティティ・ソングは消えない。なぜなら、その曲によって自分が形作られたのだから……。



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