2000年前後のカンボジアの売春地帯には、レディーボーイはひとりもいなかった。この当時のタイの売春地帯には、もうすでにレディーボーイでいっぱいになっていたのだが、カンボジアは「女性のみ」だった。

ただ、当時のカンボジアにレディーボーイがいなかったわけではない。私はよりによってバッタンバン州の畑しかない田舎の町で異様な化粧を施したレディーボーイを見たことがある。しかし、それくらいだ。

ところが2017年5月、カンボジア・プノンペンの136ストリートのオープンバー通りのど真ん中に泊まって、日がな一日ぶらぶらしていたのだが、そこはどうだったのか。

かつてはほとんど見ないレディーボーイたちが、ここには大量にいた。レディーボーイ専門のバーすらも数件存在していた。

確かにタイのレディーボーイほど洗練されていないのは間違いないのだが、それぞれのレディーボーイが自分なりの化粧をして弾けるようなエネルギーで売春ビジネスをしていた。

「そうか、カンボジアでもレディーボーイが受け入れられるようになったのか……」

私は絡みついてくる「彼女」たちを見ながら、静かにそう思ったのだった。保守的な風土では「男が女装する」というのは許されていない。


日本では2000人に1人の割合で性同一性障害者がいる


心と身体の性別が一致しない。どうしても、自分の肉体の性別に違和感を感じる。自分が、別の性であるという思いが止められない……。

こういった性同一性障害の人たちは、どれくらい人数がいるのかというのは、実はよく分かっていない。

この障害は目に見えるものではない。自己申告の世界になるのだが、社会から不利益をこうむらないために、自分の性的な違和感を隠し続けて生きている人も多い。

告白(カミングアウト)すれば、まわりから拒絶される可能性が高いのだとすれば、それを隠して生きることを選択する人がいても不思議ではない。

これはカンボジアの変化を見ても分かる。カンボジアは20年ほど前は性同一性障害の人をほとんど見なかった。しかし、いなかったわけではないはずだ。

ずっとカミングアウトできなくて隠し続けてきたのが、最近になって許される風潮になったから徐々に隠さなくなってきたのだろう。

だから、性同一性障害がどれくらいの割合で存在するのかというのは、いろいろな説があって一致しない。日本では2000人に1人の割合ではないかとも言われている。

タイは……、もっと多いかもしれない。タイのレディーボーイ遭遇率は群を抜いている。もっとも、タイの場合は「女装することによって金儲けができるからそうしているのだ」とは言われる。

性同一性障害ではないが、ビジネスのために女装する「マネー・ボーイ」が紛れ込む。レディーボーイがすなわち性同一性障害ではないのがタイの特徴だ。

本物の性同一性障害の人間もいるが、レディーボーイになることで金が稼げないのであれば、すぐに女装を捨てるレディーボーイも多い。つまり、本物ではないレディーボーイがいる。



タイのレディーボーイ。性同一性障害がどれくらいの割合で存在するのかというのは、いろいろな説があって一致しない。日本では2000人に1人の割合ではないかとも言われている。

普通の人は性同一性障害の心理など分からない


金にならなくてもレディーボーイでいたい、あるいは差別され続けても女性として全うしたいという人がいるのであれば、それは筋金入りのレディーボーイだと言える。

彼女たちは、非常に気を使って女性になりきるので、本物の女性よりも女性らしくなることがある。見分けが付かないこともしばしばだ。

そうであれば、タイでは最後まで「彼女」がレディーボーイと気付かないで付き合うこともあり得ないことではない。

もし「彼女」がレディーボーイと気付かないまま、ずっとプラトニックな関係で付き合い続け、彼女の存在そのものが好きになり、結婚してもいいと決断した頃に「実は、私はレディーボーイなの」と告白されたら、どうなるのだろうか……。

あなたなら、どうだろう。

よくレディーボーイを、同性愛者と見る人もいる。しかし、よくよく考えると彼らは同性愛とは明らかにニュアンスの違うカテゴリにある。

たとえばゲイの場合は、自分が男であることを認めて、その上で男を好きになる状態だ。しかし、性同一性障害は「肉体は男なのだが心は女で、女だからこそ男が好きになる」というややこしい状態になる。

だから、性同一性障害を持つ男たちは男を好きになっても自分が同性愛者だという意識はない。心は女なのだから、男を好きになるのが当然のことである。

つまり、彼女は女性なのだ。肉体以外は……。

そうであれば、あなたは「彼女」と今までと同様に、付き合い続けることに同意し、結婚に至るだろうか。

恐らく、普通の人は彼女が「肉体は男である」と分かった時点で、付き合いを中断するはずだ。ここに性同一性障害の人たちの苦悩がある。

自分の心は女で、しかも完璧なまでに女の肉体を模しているのに、それでも「男」だと判断されてしまう。これは、とても大きな悲しみであるはずだ。

まわりから変と言われるが、自分も理解ができない


タイで知り合ったレディーボーイたちに、「いつからレディーボーイだったの?」と尋ねたら、「生まれた時から」と答えたことがある。

本物のレディーボーイは、幼い頃から「お人形遊び」や「フリルの洋服」や「ピンク」が好きで、女の子が興味を示すものに興味を持っていたのだ。

「親はどうだったの? 理解してくれた?」
「もちろん、理解してくれた」

彼女はそう言って笑ったが、タイくらいレディーボーイに寛容な国はないので、他の国ではいささか違う状況になっていたかもしれない。

どこの国でも、どの時代でも、少なからずそういう子供がいるのだが、彼らは理解されることがないので常に自分の立場に苦悩し続ける。

まわりから変と言われるが、自分も理解ができないので状況を説明できない。

そういった状態がずっと続き、時には変態扱いされたり、病気扱いされるので、性同一性障害の子供たちは精神的に追い込まれて自殺や自殺未遂を引き起こしたりすることも多い。

「違う」ということに対して、相当なストレスを抱えていることが状況から見て取れる。カミングアウトしてもしなくても、どのみち世間の大多数は彼らを理解できない。

タイの売春地帯に巣食うハイエナ稼業の男たちも、レディーボーイを激しく嫌う人がいるのも事実だ。

それでも、彼らは女装するのを止めることができない。突き動かされていると言ってもいい。

自分の心は裏切れない。どんなにそれを抑えようとしても、うまく隠しているつもりであっても、やがて自分の心の中の思いは表に出てくる。

「彼女」たちを見ていると、そう思わずにいられなかった。



2014年。タイで出会ったレディーボーイ。少し話してみると、まだ売春地帯でのキャリアは浅く、売春ビジネスをとても怖がっていた。彼女が性同一性障害だったのかどうかは、分からなかった。


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