アメリカでは今、鎮痛剤の一種であるオピオイドの蔓延が深刻になっており、ドナルド・トランプ大統領が国家非常事態宣言を出して対処している。(オピオイドを規制したら今度はヘロイン依存者が増える地獄

これについて、ドナルド・トランプ大統領が2017年10月26日の演説で、アルコール依存症に苦しんで死んでいった自分の兄のことを講演で取り上げたことも話題になった。

トランプ大統領が決して酒もタバコも嗜まないのは、この兄の苦しむ姿を見てきたからだと本人自らが述懐している。

ドナルド・トランプ大統領だけでなく、何かにのめり込み、依存し、中毒になり、そこから抜けられなくなって人生を破滅する人たちを私たちの多くが身近に持つ。

その中毒になっていく「対象」は実に様々だ。

たとえば薬物やアルコールに依存してしまう人もいれば、ギャンブルに依存する人は有名だが、他にも買い物依存になる人や、ゲーム依存になる人もいる。

それによって人生が破滅する可能性すらもあり、それが自分の信用や、人格や、生活に悪影響を与えると分かっていても、止めることができない。それが「依存症」だ。


意思が消失して、渇望感だけがすべてになっていく


「依存症」は決して珍しい病気ではない。気をつけないと誰もがかかってしまうものだ。しかし、それなのに充分に理解されているとは言いがたい。

深い依存症になったことがない人は、たとえばアルコール依存症やギャンブル依存症の人たちを見て、「やめようとしないからだ。意思が弱いのだ」と思う。

また本人も何度もやめる決意をするのだが、また戻ってしまうので「自分は意思が弱い」と自暴自棄になる。こういった人たちが確かにいる。

依存には2つの種類がある。「精神依存」と「身体依存」だ。

精神依存とは、それを止めると激しい不安や不快感や喪失感を覚えて居ても立ってもいられなくなって、目の前の仕事はおろか、思考能力すらも失ってしまう状態になるものだ。

身体依存とは、それを止めると激しい禁断症状が身体に現れ、手が震えて止まらなくなったり、譫妄が起きたり、ひどい時は全身痙攣を起こしたりするものだ。

精神依存も身体依存も、一度そこに落ちると意思が強い弱いの問題ではなくなる。意思が消失して、渇望感だけがすべてになってしまうのである。

自制が効かなくなる。それが「依存症」の特徴である。

真夜中の世界、すなわちアンダーグラウンドは、さながら「依存症」の見本市のように、あらゆるタイプの依存症の人が集まってくる。

それは、アンダーグラウンドが「欲望」を提供する世界でもあるからだ。

依存症と欲望は深く絡み合っている。だから、最初は欲望で引き寄せられて、それにのめり込むと今度は依存症になって釘付けにされる。

抜けられなくなって「ワナに落ちた」ことに気付いても、そこで毅然と決別することができなければ、どんどん深みに落ちていくことになる。




人間関係も信用も金も、すべてを捨てても止めない


今の私たちの社会で一番目に付くのは、アルコール依存症の人たちだ。アルコールは身体依存を起こすもので、日本でも80万人がアルコール依存になっている。

もはやそれなしでいられなくなっているので、自分の意思で飲酒を止めることはできない。この状態を、「酒に飲まれる」と人々は言う。

酒に飲まれると、それが自分の身体を蝕んでいくのか分かっていても止めようと思わない。思っても止められない。その結果、最後には致命的な事件や事故を起こしたり、深刻な病気になったりして人生を破綻させる。

次に目に付くのはギャンブル依存症の人たちだ。

アンダーグラウンドには酒とギャンブルが付きもので、多くの人が「ギャンブルをしたい」という湧き上がるような強迫的な衝動を抑えられない。

その結果、最後にはやはり致命的な借金を抱えて人生を破綻させてしまう。

ドラッグ依存もアンダーグラウンドでは珍しくない。非常に強い依存症のひとつで、ドラッグのためには人間関係も信用も金も、すべてを捨てても本人は止めようと思わない。

その結果、最後には人間関係を失い、多くのトラブルに巻き込まれて人生を破綻させる。

依存症になりやすい性格や、なりやすい環境に生きている人がいる。

子供の頃に、不安定な家庭環境にあった人、何らかの虐待に遭った人、極度の不安の中で暮らしていた人が、依存症になりやすいと言われている。

ただし、そういった環境の人がすべて依存症になるわけではない。生活環境や考え方も大きな影響がある。

とても恵まれた環境で育ってきた人でも、成人してからの何らかの挫折やショックが、急激に依存症を引き起こすことも珍しくない。



酒に飲まれると、それが自分の身体を蝕んでいくのか分かっていても止めようと思わない。思っても止められない。その結果、最後には致命的な事件や事故を起こしたり、深刻な病気になったりして人生を破綻させる。

他人の人生なので、どうすることもできない


直接的に依存症になってしまう原因は、個人個人で違う。

しかし大きく見ると、人生のどこかで激しい精神的ショックを受けて挫折してしまった人、あるいは心が折れてしまった人が依存症になりやすい。

彼らは、強い喪失感が最初から心の中にある。その喪失感を、たまたま「何か」で埋めたときに快楽を感じる。

そうすると不安やストレスを感じた時、常に「そこ」に逃げるようになっていく。それが繰り返されるうちにやがて依存が強まっていき、最後には逃れられなくなるのである。

アルコール、ギャンブル、セックス、ドラッグ。

最初は、本人は自分が依存症であることは気がついていない。認めることもない。誰かに指摘されるとムキになって否定し、絶対に自分は依存症ではないと言い張る。

アルコールに狂っている人は、誰が見てもその人がアルコール依存だと分かっているのに、本人だけは違うと言い張る。

「自分はまだ大丈夫」
「やめようと思えばいつでも止められる」

アルコールだけではない。ギャンブルでも、セックスでも、ドラッグでも、どうみても激しい依存を引き起こしているにも関わらず、本人だけが否定する。

しかし、まわりが指摘しても本人だけが必死で否定している時は、すでに手遅れである可能性が高い。それでも依存から抜けようとしない。

また、本当に手遅れになったと本人が気付いても、やはりそこで止めるという選択肢を選ばない。

「どうせ止められないから、もういいんだ」
「どうせ人間は死ぬんだから、もういいんだ」

そうやって最後の最後まで自滅の道を突き進み、本当に人生が破綻するところまでいく。人生の最後の瞬間まで、自分を破滅させたものを止めない人も多い。

誰でも身近にそうした人がいる。彼らが堕ちていく悲しみを見て、私たちはそっと目をそらす。他人の人生なので、どうすることもできないからだ。

この時、「自分もまた何かの依存症になっていないか?」と、ふと振り返って自問自答するのは大切だ。「我が身を振り返る」ことが早い段階でできるかどうかで、引き返せるかどうかが決まるからだ。



「自分もまた何かの依存症になっていないか?」と、ふと振り返って自問自答するのは大切だ。「我が身を振り返る」ことが早い段階でできるかどうかで、引き返せるかどうかが決まるからだ。



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