アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコは、人口の5分の1である約85万人が中国系移民で占められている。

そして2011年にはエドウィン・M・リーという中国系市長を生み出した。

この市長は2017年12月12日に謎の死を遂げているのだが、いずれはまた中国系の市長が生まれるのではないかと噂されている。その裏には中国政府の意向も動いているからだ。

異国で急激に増えて政治に進出し、じわじわと市や州や国を乗っ取っていくのは中国の常套手段である。中国がこの手法を採れるのは、2つの条件が整っているからだ。

1つは莫大な人口がいること。もう1つは国民が他国に定住することを厭わない気質を持っていることだ。確かに中国は莫大な人口を抱え、そして人々は金のためならどこにでも行く。

中国の人口は、約13億7900人である。世界の人口で言うと、7人に1人は中国人である。

その中国人は、昔から「白手起業」という言葉があって、何もないところから叩き上げて成り上がっていくのが「普通の生き方」として捉えられている。

日本人と違って組織に属することもなく、自分の肉体と才覚だけでのし上がるのが王道だと考えているのだ。


世界中で増殖し、世界中から排斥される中国人


中国人が組織に属しても往々にして賄賂を取ったり私腹を肥やしたりするのは、やはり組織内で自己ビジネスをしているのだと考えれば、そのメンタリティが理解できる。

そういった国民性があるので、彼らが信じるのは自分だけだ。他人や、組織や、国など、まったく眼中にないことが多い。だから彼らは、いとも簡単に国を越えて世界に出て行く。

ロシアでも、アメリカでも、オーストラリアでも、カナダでも、アフリカでも、東南アジアでも、彼らは金が儲かると思えば、どこにでも行く。

次々と国を渡ってそこに定住し、ひとりが成功すると家族をどんどん呼び寄せてネズミ算式に増えていく。そのために中国人の排斥運動はどこの国でも頻繁に起きる。

たとえばニュージーランドでも、あまりにも増えすぎた中国人に嫌気が差した人の一部が「中国人は出て行け」という排斥運動を起こしている。

カナダでも中国人の入国拒否が行われている。バンクーバーは中国人に乗っ取られたのではないかというほど中国人だらけであり、2012年からカナダは中国人移民を制限するようになっているのである。

フランスでも、中国人が現地のフランス人に襲われている。フランスのメディアは「フランス人の学生は、中国人に侵略されているという意識を持っている」という要旨を記事にしたこともある。

アフリカでも事情は変わらない。ケニアでも中国人排斥運動が起きているし、ガーナでも中国人排斥運動が起きている。「金のためなら何でもやる」「訳の分からない中国文化を持ち込んで広げる」というのが、排斥の理由だった。

ロシアでも国民の半数がチャイナタウンに嫌悪感やマイナスイメージを持つ。「中国人は文化的な素養が低すぎる」として、移民摘発では狙い撃ちされている。

ロシアと言えば、モスクワのチェルキゾフスキー市場が強制閉鎖されているのだが、これはもちろんロシア政府の「チャイナタウン潰し」だった。

チェルキゾフスキー市場は白手起業の中国人で満ち溢れ、密輸や模造品、海賊版、粗悪品、コピー品の温床だった。チャイナタウンが密輸品の宝庫であるのは確かだ。

何でもある。ニセ物からジャンク品、日用品からポルノ、宝石から食料品。ないものがない。



バンコクのチャイナタウン「ヤワラー地区」。すでにここは現地の一部のようになっている。

チャイナタウン初期は貧困層と切り離せない


世界中で中国人の排斥運動が起きているのだが、これは逆に言えば中国人が世界中に「進出」しているということであると理解しなければらない。

若い中国人は留学生としてその国に潜り込み、そしてアルバイトや違法就業によって現地に根付いていく。あるいは、最初から商売目当てで、徒手空拳、裸一貫でその国に入り込む中国人もいる。

海外でビジネスをする中国人は「華僑」と呼ばれている。東南アジアでもお馴染みの「人種」だ。

この華僑と呼ばれる人たちは、素晴らしい技術やサービスでのし上がってきたわけではない。

仕入れの金もない者は、料理人や、床屋や、クリーニング屋のようなところで肉体労働から始まる。

何か仕入れる金を持っている者は、集団で固まって、貧困層が買う安い物を売って生きるところから始まっている。安っぽい日用品や、安っぽい食品が多い。

一般的に、最初は仲間内でのビジネスで始まるが、やがて値段の安さや品物の豊富さに釣られた現地人が訪ねるようになって、そこがチャイナタウンとして機能していく。

貧困層にとって大量の物資が安く買えるというのは、取り澄ました高級品を丁寧なサービスで買うよりも重要なことだから、チャイナタウンはそれで現地に根づくのである。

貧困とチャイナタウンはまさに双子の兄弟のようなものだ。チャイナタウン初期には、貧困層と切っても切り離せない。

しかし、貧困層を取り込んで発展していくという特徴もあって、マナーも悪く、貧困層特有の無法や無秩序が増長していく。そもそも、売っているものが、海賊版だったり、違法商品だったり、まがい物だったりして、最初からいかがわしい。

それがその国の文化にはそぐわないので、強い軋轢や摩擦を生み出し、社会問題に発展する。どこの国でもチャイナタウンは最初のうちは「嫌悪感」の対象になる。




フィリピンのチャイナタウン。英語の看板と中国語の看板が渾然一体となっている。フィリピン人はもちろん誰も中国語が読めない。

貧困層をターゲットにした新たなチャイナタウン


チャイナタウンが拡大して行くと、組織抗争もしょっちゅう起きる。

1980年代のニューヨークでもそうだったが、チャイナタウンには狭い場所に堂(トン)と言われる様々な黒社会の組織が存在するので、しばしば抗争やいさかいを起こす。

1980年代のニューヨークのチャイナタウンは、ちょうどベトナム人の犯罪グループと中国人の黒社会グループが対立が目立っていた頃だった。

ある朝、中国人側のグループに属するホステスが殺されて、全裸にされて道端に転がされていたというので大騒ぎになっていたが、見せしめだと噂されていた。

2000年頃は、日本でも日本最大の歓楽街である歌舞伎町には中国人マフィアが増えていた。一時は中国人に占領されるのではないかというほど中国人が集まったのだ。

そこに起きたのが、中華料理屋で対立するグループが青龍刀を振り回して相手を惨殺した事件だった。日本の大都会で青龍刀が振り回されるのだから、多くの日本人はこの事件に驚いた。

当時の石原慎太郎都知事が2004年から歌舞伎町の浄化作戦を始めたのは、まさに中国人マフィアをこの街から排斥するためでもあった。

石原慎太郎は歌舞伎町を乗っ取った中国人のゴロツキに激しい嫌悪を抱き、敵愾心を剥き出しにしていた。この浄化作戦で中国人のゴロツキは姿を消したが、潜伏先は池袋だったので今度は池袋の北口側が中国人の牙城と化した。

チャイナタウンは計画的に生まれるのではなく、中国人の数が増えたところで不動産が次々と買い取られて街が中国色に染まって生まれるのである。

チャイナタウンを好む人がいる一方で、現地当局や周辺住民にとっては迷惑この上ないとして非常に嫌う人も多い。

池袋や西川口は、中国人が自然増殖している最中で、オセロの白が黒のひっくり返るように、日本人が消えて中国人に占拠されるのではないかと懸念する人もいる。

日本では、横浜中華街も神戸の南京町も、どことなく上品な観光地的な街になっている。完成された中華街は観光地へと変貌する。

しかし、チャイナタウンの「始まり」は、いつもカオスと無秩序と軋轢の中だ。

すでに日本には底辺で100万人以上もの中国人が入り込んでいる。この流れはさらに加速して、日本のあちこちでチャイナタウンの「芽」が育つ。

やがてそれが大きな潮流となったとき、横浜や神戸とはまた違ったチャイナタウンがどこかで生まれ出てくるはずだ。日本に、それができる。



横浜のチャイナタウン。横浜最大の観光街として欠かすことのできない場所でもある。


池袋の中国人専門の書店、食品店、料理店、旅行代理店が大量に入り込んでいるビル。



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