自分が奴隷化しているのに、それが分からないということはあり得るのだろうか。奴隷が、奴隷と気付かないで奴隷的人生を生きるというのはあり得るだろうか。

もちろん、あり得る。あり得るどころか、「奴隷化されていることに気がつかない」という状況は今の私たちの社会でも普通に観察することができる。

たとえば、極端な例として北朝鮮を見て欲しい。

北朝鮮の国民は他国の情報にアクセスすると極刑に処せられる。隣国のテレビを見たというだけで強制収容所送りとなる。自由に情報にアクセスすることができない。

情報は政府によって完全に規制されており、政府が一方的に流す情報を信じるように強制されている。そして、政府は隣人を監視することすらも奨励している。子供が親を密告することもある。

北朝鮮では、体制に疑問を持つのは危険なことなのだ。だから、北朝鮮の人民は生きていくために体制に服従し、疑問を抱かないように生きる。それが続くとどうなるのか。

体制を賛美するように教育され、賛美する人間だけが生き残ってきたので、進んで隷属して生きるようになる。やがて、自分が奴隷であることを忘れた奴隷になって、奴隷的人生を生きることになる。


全身全霊で従わなければならない「神の声」?


私たちは部外者なので、北朝鮮の国民が奴隷化されていることは分かる。しかし、北朝鮮の国民が全員それを自覚しているわけではない。

中には、自分が奴隷化されていることに気がつかずに隷属する人も大勢いる。「個人のすべては全体に従属すべき」という全体主義の中で生きると、指導者の声は全身全霊で従わなければならない「神の声」になってしまう。

自分の自由が極度に抑圧され、凄まじい隷属であるにも関わらず、神の声には進んで従う。

子供の頃から体制に従順であることが当たり前になると、それが世界のすべてと化す。だから、そこに疑問を持つということができなくなる。

その結果、自分の置かれている奴隷的な立場が見えなくなってしまう。

指導者は、「国民を考えさせない」ことによって、自分に反旗を翻す人間を出さないようにしている。つまり、意図的な「衆愚政策」を取っている。

この衆愚政策というのは、人間を奴隷化するための体制側の「戦略」となる。

北朝鮮では情報を完全封鎖し、体制側に都合の良い情報を一方的に流すことによって「衆愚政策」を推し進めている。

そう言えば似たような国がある。中国だ。

中国も情報を厳しく規制しているが、それは体制に不利な情報を隠して、都合の良い情報だけを流すことによって国民をコントロールするためだ。

情報を与えない。

それは非常に原始的で分かりやすい「衆愚政策」であり、昔から奴隷を奴隷という身分に固定化するために使われていた手段だ。情報を与えないことで、「愚か」になる。愚かになることで指導者に従うしかないと思うようになる。

独裁国家や全体主義国家が往々にして衆愚政策を行うのは、従わせるためなのである。

考えることも禁じて、現状が当たり前だと思わせる


インドではダリット(不可触民)という「人間ではない」と呼び捨てられている人たちがいる。すでにカーストは法律で禁止されているのだが、インドでは依然としてカーストが社会に根付いている。

彼らは安い労働にこき使われているのだが、そんな彼らはまさにインド社会の「奴隷」であると言える。

このダリットは激しい差別を受けているのだが、その差別のひとつとして「教育を与えない」というものがある。なぜ教育を与えないのか。

考えると自らの立場を「知る」ことになる。そうすると、社会がおかしいことに気づく。そこに気付くと自分たちを押さえている上の人間や社会に対して激しい「反抗心」が芽生える。

そして、現状を変えようと「立ち上がる」人間が出てくる。

立ち上がった人間が声を上げ始めると、奴隷状態に置かれていた人間が次々と「目が覚めて」しまって、奴隷制が維持できなくなる。上層部にとってそれは悪夢である。

「知る→反抗心→立ち上がる→目覚める」という流れを封じるにはどうするか。最初の「知る」の部分を封じれば良いということなのだ。

だから、教育を与えず意図的に愚かな人間を作り出し、「考えさせない」ようにする。

教育とは何か。教育とは情報である。奴隷を奴隷のままにするためには情報を与えないことで達成できると悪辣な指導者は、はるか昔から気付いていた。

情報を与えないことが、支配を確固たるものにする最重要課題だったのである。

アフガニスタンでは何が起きているのか。

この国では、女性が教育を受けようとすると命を狙われる。学校が襲われて飲み水に毒を入れられたり、学校に通う女学生が撃たれたりする。

女性に教育を与えない。なぜなら、教育を受けることによって女性が目覚め、自分たちが抑圧されていることに気がつき、現状を変えようと立ち上がる人間が出てくるからだ。

「今の社会はおかしい」という女性が出てくる。だから、女性には教育を与えず、考えることすらも禁じて現状が当たり前だと思わせておく。

最初の「知る」の部分を封じているのだ。

そんな国に生まれなくて良かったと言えるのか?


私たちは部外者なので、アフガニスタンの女性が奴隷化されていることは分かる。しかし、当の彼女たちは、自分が奴隷化されていることになかなか気付けない。

子供の頃から「女性は従うべし」という教育を受けて、男に従順であることが当たり前になると、それが世界のすべてとなる。母親も、祖母も、まわりの女性も、みんなイスラムに従い、男に従っている。だから自分もそうする。

そうやって、自分が奴隷化されていることが分からなくなる。部外者は分かるが、当事者は分からない。

教育は一部の人間、すなわち体制側の人間や為政者やエリートだけが受けていればいいのであって、一般大衆は「言われたことだけをロボットのように行う人間」であることが望ましい。

いちいち何かを考えて、体制側のシステムに立ち向かって反旗を翻すような人間が増えるのは、独裁主義的かつ全体主義体制を敷く指導者は望んでいない。

余計なことを考える人間がいたら抹殺するし、最初から出ないようにしたいと考えている。

あなたは、そんな国に生まれなくて良かったと思っているかもしれない。あるいは、日本のように何でも自由な国で生まれて良かったと胸を撫で下ろしているかもしれない。

しかし、ここで「奴隷は自分が奴隷であるということに気付かない」という本質を改めて気付かなければならない。

部外者から見たら、私たちも立派に奴隷なのだが、私たち自身は「自分が奴隷だと思っていない」だけだと言うのが真相だったとしたらどうだろうか。

日本は同調圧力も強い国であり、労働は長時間で、規制も多く、税金も高い国なのだが、国民は粛々とそれに従っている。

もしかしたら、国外の人々から見たら、日本人も独裁国家さながらの奴隷的人生を送っているように見る人もいたとしても不思議ではない。

「一見自由を与えられているように見える。奴隷に見えない。しかし、実は奴隷だった」

もしかしたら、私たちも知らないうちに社会に奴隷化されている可能性もある。まさかと思うかも知れないが嘘ではない。しっかり情報を求めて考えるべきだ。「知る」ことの重要性に気付くべきだ。

それをしなければどうなるのか。気付いた時は、もう手遅れになっている。



アフガニスタンでは何が起きているのか。この国では、女性が教育を受けようとすると命を狙われる。学校が襲われて飲み水に毒を入れられたり、学校に通う女学生が撃たれたりする。その本質的な理由を私たちはよく知るべきだ。



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