どこの国でもそうだが、普通に暮らしている普通の人は、別に悪意を持って生きているわけではない。悪意どころか、素朴で純情で優しくて、精一杯の好意を見せてくれることが多い。こうした人たちとの交流は本当に幸せだ。

基本的に、郊外のよく知らない村に行っても、都市スラムのど真ん中にいても、ほとんどの人は外国から来た部外者を不信の目で排除するどころか、好奇心と興味いっぱいで持てなしてくれる。

フィリピンのスラムに行っても、インドのスラムに行っても、多くの人に受け入れられ、会ったばかりだというのに食事に招かれたり、お茶に招かれたりすることも起こる。

インドネシアではスナット(割礼の祝い)に呼ばれて見知らぬ人たちと一緒に会食してプロの歌手の歌やダンスを楽しむこともあるだろう。スリランカでは豪華な結婚式に呼ばれることもあるだろう。

いろんな人が、あちこちで家の中に迎え入れてくれる。みんな友好的で優しくて、別れ際に「また来なさい。また会おう。約束だよ」と抱擁されて涙が浮かぶこともあるはずだ。

流れ者になって旅から旅へと生きていると、本当にいろんなことがある。後になって懐かしい顔を思い出す。自分を受け入れてくれた感動はいつまでも心に残って消えない。


自分を覚えてくれて好意を寄せてくれる女性のこと


国外には売春地帯が存在する。そこでは金だけの世界だと思われているが、単に刹那的な「金だけ」の関係で終始しているわけではない。

意気投合して何日も一緒にいてくれる女性もいる。数ヶ月ごとに会って再会を喜び合える女性もいる。「もっと一緒にいて」と離れない女性もいる。

真夜中の世界では、そこで働いている女性たちは無尽蔵に存在するのだが、逆に言えば彼女たちを追い求めてハイエナと化した男たちも無限に存在する。

ひとりの男が無数の女性と関わると同時に、ひとりの女性もまた無数の男を相手にする。一日に5人も6人も男たちと関わる女性も珍しくない。

長く売春ビジネスをしてきた女性たちの中には、関わった男たちは数千人になっていることもある。数百人、数千人と関わった人数が増えていくのは、売春地帯では珍しくないどころか日常でもある。そこは、そのような世界なのだ。

そうなっていくと、女性たちも自分を抱いた男のことをいちいち覚えていられなくなる。

刹那的に出会って刹那的に別れる中で、どうして自分を抱いた男たち全員を記憶できるというのだろう。忘れても当然だし、それを責めることはできない。

それなのに、そんな多くの男たちの中で自分のことを覚えてくれていて、さらに好意を持ってくれる女性もいる。そんな女性を見ると、奇跡を見たように感じるはずだ。

真夜中の世界でこんなにもたくさんの男がいるのに、自分を覚えてくれて好意を寄せてくれる……。

売上を上げるために、男を覚えて好きだと言って金を引き出させる水商売の女たち特有の打算や営業戦略は、もちろん存在する。こうした色恋仕掛けを得意とする女性は必ずいる。

しかし、本当に好きになってくれる女性というのは、その熱い感情や裏表のない性格が一緒にいる時間でリアルに感じられていく。

ただの色恋の営業をしている女性とはまったく違った迫力がそこにある。自分のために、すべてを投げ捨てても構わないという女性の迫力に男は驚愕する。

自分のような人間に人生を賭けるのは、どう考えても間違っていると男は思う。男は女性に好かれるような人生を送っていない。それでも好きになってくれるのだから、これが奇跡と言わないで何を奇跡と言えばいいのか……。

しかし、男は奇跡をつかめないのである。



長く売春ビジネスをしてきた女性たちの中には、関わった男たちは数千人になっていることもある。数百人、数千人と関わった人数が増えていくのは、売春地帯では珍しくないどころか日常でもある。そこは、そのような世界なのだ。

その男は、容易なことでは相手を信じなくなった


他人に愛してもらう資格がない男でも、誰かに好意を受けることもある。奇跡だ。しかし男の生き方は、それがつかめないようになっている。

ある男の話をしたい。この男はアンダーグラウンドにずっといたので、他人に嘘をつかれることも、騙されることも、ハメられることも、脅されることも、それこそ日常茶飯事のように経験している。

売春地帯では、素朴で優しい女性がいると同時に、裏を持った危険極まりない女性も山ほどいる。

一晩女性といて、別れた後に財布の金を数えてみたら、明らかに金を抜き取られているようなことも何度も経験する。

そのうちに、その男は金を分散するようになり、一部を盗まれても困らないように対策する。対策ができているので、盗まれてもまったく何とも思わなくなっていく。

「喉が渇いたでしょう?」と優しく差し出してくれた飲み物にも、男は疑惑を感じる。売春地帯で差し出された水を飲むというのは冒険だからだ。

「もしかしたら、飲み水に睡眠薬を入れられているのではないか」などと普通に生きている男は思わない。しかし、売春地帯では日常茶飯事でもある。

善意だと思ったら、すぐに足元をすくわれる。だから、その男は差し出された水さえ信じないこともある。安全かどうか考えてしまう。

そもそも、目の前の女性が本当に女性なのかどうか、そこから考えなければならないのが売春地帯である。性別という基本的な部分からしてアテにならない。

今のレディーボーイを見抜けると思ってはいけない。どっぷりとこの世界に浸っている熟練したハイエナでさえ、たまに間違う。間違っても仕方がないくらいの変身ぶりだ。

こんなところで「見た目」で相手を信じていては、あっと言う間にワナに転がり落ちる。

容姿と言えば、売春地帯では男を騙すことに生き甲斐を感じている女性もいるのだが、こうした女性は得てして社交的で第一印象は凄まじく良い。とても魅力的な容姿をしている。

容姿を磨き抜いた女性を、その男は警戒する。

金しか頭にない女性が、最初は金のことなどおくびも出さないで色恋で仕掛ける。

こうした小悪魔の手練手管は、ビジネスの修羅場でどんなに長く生きてきた男でさえも見抜けないのは、老いた男が売春地帯で次々と破綻しているのを見ても分かる。だから、その男は容易なことでは相手を信じなくなってしまった。



小悪魔の手練手管は、ビジネスの修羅場でどんなに長く生きてきた男でさえも見抜けないのは、老いた男が売春地帯で次々と破綻しているのを見ても分かる。

他人を信じていると不安になってしまう自分がいる


さらに売春地帯では、信用できない男たちも大量にいる。彼らは虎視眈々と他人の金を狙っているし、その手口もまた恫喝から詐欺まで無限に存在する。

妙な儲け話を持ち込んできたり、誘ってきたりする人間も山ほど存在する。

インドでは「日本の女を連れて来たら金を払う」と人身売買の話を持ちかけてくる売春宿のオーナーすらもいる。犯罪の片棒を担がせようとする。

こんな世界で、知り合った人間を無防備に信じていたら早々に破産して社会のどん底に落ちていく。持っているものはすべて奪われて1円も残らないはずだ。

だから、その男は真夜中の世界に沈没しようと決意した時、他人を信じるという習慣を捨てざるを得なかった。

真夜中の世界は信じてはいけない人間がかなりの確率で混じっているので、最も合理的な生き方は「他人を信じない」ということに尽きる。

他人を信じないことで生き残れるのであれば、それが良いとか悪いとか言っている場合ではない。それしか選択肢がないのであればそうするのが正しい。

だから、その男は基本的に他人を信じないように生きるようになり、絶対に何があっても自分のテリトリーの中に他人を入れないようになっていく。

それで生き延びてきたのだから、他人を信じないというのは男の生き方に染みついてしまった。他人を信じないことで安堵し、他人を信じていると不安になってしまうのである。

他人を信じない期間が長すぎて、信じるよりも信じないことの方が安心できるように作り変わった。一種の「職業病」なのかもしれない。

信じないと言っても、最初から出会った相手をすべて疑ってかかっているわけではない。

その男は基本的に誰も疑わない。疑ってはいないのだが、騙されてもダメージが少ないように最初から何重にも防御して致命傷にならないように生きているというべきか……。

疑わないが防御する。疑わないが信じるということができない。普通の人には理解できない微妙な心の狭間で男は生きる。その結果、その男は大きな代償を払うことになっている。

誰も信じないのだから、誰もその男を知ることがない。誰も男を理解することもない。そのため、永遠の孤独という罰をその男は受けることになる。

その男は、社会のすべてが悪い人間で成り立っているわけではないというのを知っている。また、自分を愛した女たちもいたと自覚している。

しかし、その男は「信じない」という染みついた生き方を変えることができず何も手に入れることができない。この男は生きた世界を間違えた。救いがない。売春地帯は、そういう男をも生み出す。



他人を信じないことで生き残れるのであれば、それが良いとか悪いとか言っている場合ではない。それしか選択肢がないのであればそうするのが正しい。


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