2018年1月10日、タイ中部ロッブリー県でひとりの日本人が逮捕されている。白井繁治容疑者、74歳。

白井繁治は全身に刺青を彫っており、左手の小指は欠損していた。そのため、この男が「ヤクザ」であるのは現地の人々は誰もが知っていた。

実際、この男は自分がヤクザであることを隠そうとせず、現地で刺青を見せびらかし、自分が日本で人を殺したというのも身近な人たちに吹聴していた。

タイには2005年頃から潜伏していたと見られているが、パスポートもなく、ビザもとっくに切れて不法滞在の状態だった。

タイ人の妻もいたのだが喧嘩ばかりして離婚、現地では米の運搬などの仕事に関わって細々と暮らしていた。

ただ、白井繁治は特にコソコソと隠れて生きているわけではなかった。仕事もしていたし、現地の人々に混じって一緒にチェスを楽しんでいた。誰もこの男を通報しなかった。

しかし2017年8月、白井繁治の知り合いがフェイスブックにこの男の刺青を写して投稿した。

その知り合いは単に「全身に彫られた刺青が格好良い」という理由で何の悪気もなくそれを投稿したのだが、それがタイ警察当局の目に止まり、逮捕に至ったのだった。


米の運搬という肉体労働で生きていた白井繁治


白井繁治が本当に「ヤクザ」だったというのは、この逮捕で現地の人々も再確認することになった。

2003年7月に三重・津市高洲町で山口組系幹部である乙部和彦を射殺したとして指名手配されていた。乙部和彦は自分の家で頭部を撃たれて殺されていた。

白井繁治も同じ組に所属する幹部で、複数の仲間と共謀して事件を起こしたとみられている。国外に逃げたのが分かってからは国際指名手配された。

白井繁治の潜伏先には年に何回か日本人が訪ねてきて金を置いて帰っていることが確認されている。

しかし、それはタイで悠々自適で生活するにはまったく足りない額で、たかだか1万バーツほどではなかったかと現地のローカル紙は報道している。

1万バーツといえば、約3万4800円程度でしかない金だ。元ヤクザの幹部にしては実に少ない金なので、本当にこの金額であれば少し驚きではある。

それは、いくらタイの現地人価格だったとしても、食事代で2ヶ月も持たないような額である。

そうであれば、米の運搬という肉体労働でアルバイトしながら、小さな小屋で細々と生きていかなければならなかった境遇も納得できる。

もっとも、その生活で満足していたのであれば、白井繁治はフェイスブックの投稿写真さえなければタイで人生を全うできていた可能性もある。

白井繁治が不法滞在をしていたのは現地の人間であれば誰もが知っていたはずなのに、誰も通報しなかったというのは、白井繁治自身も貧しい生活に甘んじており、現地の人々の嫉妬や反感を買うことがなかったからだ。

もし、白井繁治が刺青を撮らせないようにしていたり、人前で脱がないように気をつけていれば、その潜伏生活は尚も続いていた。

撮られた写真がフェイスブックに載って警察関係者の目に止まるとは白井繁治にとっては盲点だったはずだ。



フェイスブックに投稿されたこの画像が、白井繁治の逃亡生活を終わらせた。もし白井繁治が刺青を撮らせないように人前で脱がないように気をつけていれば、その潜伏生活は成功していた。後の祭りだ。



東南アジアに高飛びしたのであればすべきこと


白井繁治は逃亡先にタイの田舎を選んだのは賢明だった。

東南アジアは、法律が緩い上に人々が異質な人間を受容する気質を持ち、自分に利益がなければいちいち他人を密告しようとはしない国だからだ。

ここで気付かなければならないのは、「金がなくてタイの田舎で貧困生活をしていたから逃亡生活は成功していた」ということである。

白井繁治がまとまった金を持っていれば話は違っていた。

「警察に密告されたくなければ金をよこせ」と誰かが言い出して、そこで白井繁治が渋ればすぐに密告されて逮捕につながっていた。

逃亡生活の失敗は、だいたいが金のトラブルから端を発しているのは多くの事件が証明している。

逃亡者が一文無しの極貧だったら、警察と関わるだけ時間の無駄なので現地の人間は誰も何もしない。たとえ白井繁治が元ヤクザで不法滞在の逃亡者であるという身の上を知っていたとしても別に何もしない。

白井繁治は現地で逃げ隠れして暮らしていたのではなく、実に堂々と市民生活を送っていた。なぜ堂々としても密告もされないで13年もタイで不法滞在できていたのかは、ここに理由がある。

金がなかったから、長く潜伏できたのである。

金があれば自分のタイ人妻もまた「密告者」になっていた可能性が強い。あるいはタイ人の妻が現地の殺し屋を雇って今頃はバラバラ死体となってどこかに埋められていたはずだ。

金があればそうなる。金がなければ何もない。つまり、犯罪者がタイやフィリピンで長く潜伏生活を送りたいのであれば、まったく金を持たないで極貧生活で暮らすのが正解なのである。

日本人の犯罪者が東南アジアに逃亡するのは、それほど珍しい話ではない。タイやフィリピンは、「高飛び」する犯罪者たちのメッカである。

しかし、ほとんどが数年も潜伏できずに、現地でトラブルを起こして逮捕される。なぜか。小金を持って潜伏し、現地の底辺の生活に馴染まないからだ。

東南アジアに高飛びしたのであれば、潜伏生活を成功させるために貧困での生活を徹底しなければならない。それができれば、長く潜伏できる確率が高まる。

白井繁治はそれができていた。だから堂々と暮らしていたと言える。




白井繁治は現地で逃げ隠れして暮らしていたのではなく、実に堂々と市民生活を送っていた。なぜ堂々としても密告もされないで13年もタイで不法滞在できていたのかは、ここに理由がある。金がなかったから、長く潜伏できたのである。

タイよりもフィリピンやインドネシアの方がいい


潜伏生活を成功させるもうひとつの注意点は、日本人の共同体からも離れることだ。

現地では、最も危険なのは常に同国人だからだ。

特に現地に長く滞在している現地人の中にはまともに仕事をしていないで困窮している人間も多く、こうした人間が詐欺を仕掛けてきたり、ワナを仕掛けてきたりする。

東南アジアでは、殺し屋を生業とする人間がまだ存在する。プロの殺し屋でなくても、金が欲しくて安い金で人を殺す人間がいくらでもいる。

だから、東南アジアではしばしば「知り合いの日本人に保険金をかけさせて、受取人を自分にして、殺し屋に殺させる」という手口が使われたりする。

誰が信用できる人間で、誰が信用できないのか、そんなことは最初から分からないのである。信用できる人間であっても、困窮すれば性格はいくらでも悪い方に変わる。

まして、日本人の共同体の中で暮らしていたら、そこから自分の過去の情報が漏れていく。その共同体の中には警察関係者もいれば、妙な正義感を持った人間もいる。

だから、最初から日本人の共同体からも切って、日本人が誰もいないような場所で、底辺の人々に混じって静かに暮らすのが潜伏を長引かせる方法となる。

タイとフィリピンではどちらがいいのかはよく議論になるが、私自身はタイよりもフィリピンの方が潜伏生活に適していると考えている。

最近のタイの警察は、調査能力も規律も向上して犯罪者には危険度が増している。日本の警察関係者がタイアップしてタイ警察の調査能力を引き上げている。

フィリピンは、まだまだ警察の汚職や腐敗の度が強くて調査能力も低い。さらに貧困層が多くてそこにうまく紛れて「身内」になると、貧困層の共同体が警察から自分を匿ってくれるようになる。

さらに、フィリピンは島嶼国家なので、島から島へと移動すれば警察の追跡もかなり難しいものとなる。同じことはインドネシアにも言える。ただ、インドネシアは地域によっては、やや排斥的な地区もあるので、場所の見極めは重要だ。

もし、犯罪者が日本に戻らないつもりで高飛びするのであれば、タイよりもフィリピンやインドネシアの方が成功する。すべての金を捨てて、現地の貧困層の波に潜めることができれば、かなり長期間の潜伏生活が可能となる。

金があった方が潜伏生活に有利なのではない。金がない方が有利なのである。

もっとも、逃亡しなければならないような犯罪を犯さないのが一番いいのは間違いない。しょせん、逃亡生活には未来など何もないからである。




もし、犯罪者が日本に戻らないつもりで高飛びするのであれば、タイよりもフィリピンやインドネシアの方が成功する。すべての金を捨てて、現地の貧困層の波に潜めることができれば、かなり長期間の潜伏生活が可能となる。



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