1941年に太平洋戦争が勃発し、海運統制が敷かれると共に連合軍による航路封鎖もあって日本に入って来なくなってしまった果物があった。バナナである。

1945年の終戦時には、日本ではバナナが1籠も入って来なくなっており、1949年になるまでバナナ輸入は再開されなかった。そのため、戦後からの5年間、バナナは「超高級果物」と化して、普通の日本人が食べられるものではなくなった。

400グラムのバナナが現在の日本の物価で言うと2万円近くするような価格だったのだ。

それでも日本人はバナナを食べたがった。とても甘かったからだ。この当時の日本人は飢えていた。そして、甘さに対する渇望には凄まじいものがあった。

ところで、今は和菓子を積極的に食べたいという人はかなり減っている。和菓子と言えば、色とりどりの美しい「落雁(らくがん)」を思い出す人が多い。

落雁は砂糖の塊であり、現代人にとっては凄まじく甘さを感じるものである。だからこそ、「甘さを控えめにしたい」と考えている現代人は、ほとんど落雁を食べなくなってしまった。

他の和菓子も極度に甘く作られたものが多く、かつての日本人がいかに甘いものに飢えていたのかが窺える。甘いものは「正義」だったのだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

タイ人の味覚は、いったいどうなっているのか?


私が初めてタイ・バンコクに沈没した時、何気なくヤワラーの屋台でアイスクリームを買って口に含んだことがあった。最高気温は40度を超えようとするバンコクのうだるような熱気の中で、アイスクリームはオアシスのはずだった。

ところが、そのアイスクリームを一口食べて、私は意表を突く味にむせかえってしまった。それは私が日本で食べたアイスクリームとは似ても似つかぬ味だったからだ。

確かにそれはアイスクリームである。しかし、これまでの人生で私が口に含んだ「最も甘すぎるアイスクリーム」だった。甘いものに対しては特に抵抗感はないのだが、私の想像を超えた極度の甘さがそこにあった。

それだけではない。

タイのカオサン通りの何気ないレストランで朝食を取ろうと思った時、連日のタイ料理に疲れて、たまにはコーヒーとパンとスクランブルエッグを食べたいとそれを注文した。

まず最初にアイスコーヒーが運ばれてきたので、私は何気なくそれを口に含んだのだが、その瞬間、そのコーヒーを吐き出しそうになった。

やはり、極限的な甘いコーヒーだったのである。ただ甘いというだけではない。脳天に直撃するような甘さだ。この尋常ではない甘さはいったいどういうことなのか……。

「タイ人の味覚はいったいどうなっているのか。もしかしたら嫌がらせでやっているのか。それとも砂糖の量を間違えてしまったのか……」

いろんな複雑な思いが脳裏に駆け巡ったが、私はペットボトルの水を持っていたので、アイスコーヒーを少し飲んで次に水を大量に飲んで甘さを口の中で調整しながら問題を解決した。全部飲もうとは思わなかった。

その後、私はサムイ島にも訪れているのだが、そこでもうっかりとアイスコーヒーを注文してしまった。ウエイトレスが持ってきたアイスコーヒーを見て、私は絶句した。

ガラスのコップの底には1センチ以上もの砂糖が溶けないで沈澱していたからだ。これがタイ式のコーヒーだったのだ。あまりにも甘すぎて、とても飲めたものではないのである。



何年タイに住んでも、甘すぎるアイスコーヒーに慣れない日本人や欧米人が多い。面白いことに、逆に慣れすぎて「タイ式」こそがうまいという人も中にはいる。味覚も人それぞれだ。

いろんなものが甘い東南アジアの飲み物や料理


2000年代に入り、タイで日本食ブームが起きて緑茶もよく飲まれるようになり、オイシ社が緑茶のペットボトルまで販売するまでになった。

この緑茶飲料を日本人が初めて飲むと、大抵の人が目を白黒させる。緑茶の中に砂糖が大量に入っているからだ。それは緑茶の匂いがする過剰な砂糖水なのである。

少し品の良いホテルに泊まると、フロントでサービスとして爽やかなガラスのカップに入った緑茶を出してくれるところもあるのだが、そこでも油断して何気なく飲むと吐き出しそうになった。

緑茶に砂糖が入っているだけでも衝撃的だが、絶対に歯が溶けてしまうと恐怖するほどの甘い緑茶だったからだ。

この話を他の日本人にした時「いや、うちの家庭は昔から緑茶に砂糖を入れていたので驚きはないです」と言われてさらに驚いたこともある。私は緑茶に砂糖を入れたことがない。

パタヤではクレープを焼いている店があったが、それを食べるとやはり砂糖の味しかしない。甘すぎるほど甘い。

そしてタイの屋台では、日本の「たこ焼き」とそっくりなお菓子が屋台で焼かれているのだが、日本人ならそれも覚悟して食べなければならない。

たこ焼きと同じ食感の丸いそれは、砂糖まみれの小麦粉だからだ。たこ焼きと思ったら、食べられない。

タイだけではない。カンボジアでも、インドネシアでも、いろんなものが過剰に甘い。ほとんどの料理はうまいのだが、たまに失敗する。

インドネシアで私がまったく受け付けなかった食べ物があった。名前は忘れた。ミー・カチャンとか、そんな名前だったかもしれない。

メニューの写真を見ると、日本の「カレーうどん」そっくりで、「インドネシアにもカレーうどんなるものがあるのか」と思って試しにそれを注文すると、カレーの香ばしい匂いがするスープ・ヌードルが運ばれてきた。

嬉々としてそれを口に含んだのだが、私はショックを受けて立ち直れなかった。カレーをココナッツミルクで薄めたものにヌードルが入っているのだが、どんな味だったのか。

それは、砂糖を大量にぶちまけた激甘のカレー風味ヌードルだったのである。



タイのコンビニでどこにでも普通に売っている緑茶。しかし、日本人は気をつけなければならない。タイの緑茶には砂糖がぶちまけられている。砂糖が入っていないものもあるので、苦手な人はそれを探す必要がある。

甘さひとつを取っても、それぞれ感覚が違う理由


インド圏は辛いものしかないのかと思っている人もいるかもしれないが、私にとってインドやバングラデシュの思い出は「ひたすら甘すぎるお菓子とジュース」である。

インドのチャイも、場所によってはタイのアイスコーヒーに負け時劣らず甘い。地方に行けば行くほどそうだ。甘いお菓子は何を食べても死ぬほど甘い。

インドの甘いお菓子と言えば、「世界一甘いお菓子」なるものも存在する。「グラブジャムン」と呼ばれるものだ。ボール状に揚げたドーナツを極甘シロップにつけて食べるものだが、これがインド人に好まれている。

インド人の甘党は筋金入りである。板チョコレートも日本の二倍ほどの大きさのものが売られているのだが、インド人の子供はそれを貪るように食べている。

さらに最近ではインド人も普通にコカコーラやペプシを浴びるように飲むようになっているのだが、先進国で起きている「甘さ離れ」はまだインドでは起きていない。

なぜ、こんなことになっているのか。日本人がおかしいのか、それとも日本人以外の人々がおかしいのか。

もちろん、どちらもおかしくない。飢えを克服できた国はやがて甘いものが避けられるようになり、飢えが克服できていない国はひたすら甘いものが求められるということだ。

人類は、長い歴史の中を「飢餓」の状態で生きていた。

だから、基本的に人類は甘い物を渇望するようにできている。甘い物を食べることによって飢餓を一瞬に解消させるための本能なのである。

往々にして空腹になる人々は甘い物を取って次の空腹までを生き延びようと本能が求める。だから、甘い物を求めるというのは本能に合っている。

しかし、先進国はすでに飽食の時代に入っており、食べようと思ったらいくらでも何かを食べることができる。そうであれば、自然に甘さが控えめになっていき、「甘すぎるもの」が受け付けなくなっていく。

そんな中で、一足先に先進国になった国が甘さを控えめにするようになっていき、そうでない国はまだまだ甘さが過剰になっているということである。

さらに砂糖は身体を冷やす作用もあると言われており、熱帯に近い国の人々は無意識に砂糖で体感温度を下げようとしている可能性も指摘されている。

甘さひとつを取っても、それぞれの国や時代で感覚が違うのは、そういうことだ。

あなたにとって甘さは、何を意味するものだろうか?(written by 鈴木傾城)


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インドの甘いお菓子と言えば、「世界一甘いお菓子」なるものも存在する。「グラブジャムン」と呼ばれるものだ。ボール状に揚げたドーナツを極甘シロップにつけて食べるものだが、これがインド人に好まれている。



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