ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆フィリピンへの道。2005年3月15日、絆が断ち切られていた ◆盗撮サイトに登録するほどの男も自分を異常とは思わない ◆海外で売春ビジネスをしている日本人女性はいるのだろうか? ◆処女のロシア女性の「身体」以外に高値で売れるものとは
◆死んだら楽になれると思った瞬間、解放感を感じる自殺者 ◆アンヘレスのマリエル。アメリカ兵が捨てた娘が売春地帯に ◆下半身麻痺の人にたまらなく惹かれ、性的に感じる女性 ◆セックス・ボランティア。障害者との性に向き合うということ

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2017-10-20

バングラデシュで生まれているロヒンギャ女性の売春地獄

ミャンマーのラカイン州北部で起きたロヒンギャ族に対する対立と暴力と迫害は今年の夏から過激なものになっている。この地区に住むロヒンギャ族は、地理的に北上してバングラデシュに逃げるしかない。

彼らが目指すのが国境を越えたバングラデシュの難民キャンプであるクトゥパロンとバルカリである。

この3ヶ月で約58万人近いロヒンギャ族がジャングルを這い回り、泥水を飲み、小動物や昆虫を食べながらボロボロになってバングラデシュの国境に向かって難民キャンプにやってくる。

しかし、難民キャンプはすでに満杯で収容能力を失っており、この難民キャンプでも飢餓が広がっている。もしコレラやハシカが発生すると、史上空前の大災害になると言われている。

ところがバングラデシュ政府は、これらの難民が外に出ることを絶対に許可しない。

ロヒンギャ族はミャンマー国内で嫌われているのと同時に、歴史的な経緯もあってバングラデシュでも激しく嫌われており、絶対に引き受けたくないと国民は考えているのである。

すると、どうなるのか。表側で排斥と拒絶が生まれれば、アンダーグラウンドがじわじわとロヒンギャ族に手を伸ばす。アンダーグラウンドの標的は、ロヒンギャ族の若い女性たちだ。



 


2017-10-06

人身売買から性奴隷にされた女性と死ぬ一歩手前の虐待痕

閲覧注意
ブルガリア出身の20歳の女性が、2016年にひとりの青年と知り合って彼を熱烈に愛するようになった。彼を愛し、彼を信じ、彼にすべてを捧げてもいいと彼女は思った。

ある日、彼は「オランダに旅行に行こう」と彼女に持ちかけた。彼女はロマンチックな提案を喜び、彼の提案を受けた。

ところが、オランダのスキポール空港に着くと、なぜか見知らぬブルガリア人と2人の黒人が待っていて、彼女をオランダに連れて来た男は消えた。

彼女は自分が愛する男に騙されて人身売買されたことを悟ったが、その時はもう遅かった。見知らぬ外国で現地のギャング集団の男たちにとらわれた。

彼女はオランダの見知らぬ場所に連れて行かれたが、そこはハーグという海岸都市だった。ここで彼女は殴る蹴るの暴行と凄惨なレイプを受けた。

そして、以後はハーグでギャング組織の管理下の中で売春をすることを余儀なくされた。8ヶ月間、彼女は性奴隷のように扱われて地獄のような環境で生きていた。

ある日、彼女は意を決して脱走した。しかし、彼女は組織一味に見つかって連れ戻された。そして、どうなったのか。彼女の身に降りかかったのは、凄まじい暴力だった……。



 


2017-09-30

未来を知るために、アフリカの暴力を見るべき理由とは?

閲覧注意
日本の安全性を示す言葉でよく言われるのは「女性が夜でも安心して歩ける」というものだ。これは日本人にとっては当たり前の話なのだが、国外ではそれほど当たり前ではない。

他国では女性どころか、男ですらも夜になれば安心して歩けないような治安であることが多い。これがアフリカになると「男が昼間でも安心して歩けない」ようなことになる。

南アフリカのヨハネスブルグは世界で最も治安の悪い犯罪都市として知られている。旅行者が歩けないどころか、現地の人でもうっかり「間違った場所」に入り込むとただで済まないような状況だ。

ヨハネスブルグではタクシーは使えない。なぜか。「タクシーの運転手は強盗と同じ」だからである。知らずに乗れば人の気配のないところに連れて行かれてすべてを奪われるか、もしくはスラムに連れて行かれて放り出される。

自分の車でも危険だ。赤信号で止まれば銃を突きつけられてホールドアップされる。だから誰も赤信号を守らない。「止まれば終わり」だからである。

警官も危険だ。警官は助けてくれる存在ではなく、ワイロを要求して弱者の身ぐるみを剥ぐ存在である。つまり、誰も安心して暮らせないのがヨハネスブルグである。

もっと悪い話がある。ヨハネスブルグだけが問題ではないということだ。



 


2017-09-22

貧困、格差、少子高齢化。危機が分かっていても避けられない

2017年9月15日、国連は2016年から世界の飢餓人口が再び増加していると報告している。現在、飢餓人口は約8億1500万人であると言われているのだが、これは全人口の約11%に当たる人口だ。

東南アジアでは飢餓人口が減っているのだが、南アジア、中東、アフリカ大陸では依然として飢餓人口が多いままで推移している。全人口の約11%が生存ギリギリなのだ。

この飢餓人口は、紛争・災害・世界経済の善し悪しですぐに1億人単位で変わってくる数字である。

たとえばリーマン・ショックの翌年である2009年は飢餓人口が10億人を突破していたが、この年は人口増加と天候不順に金融危機が重なって飢餓人口が拡大した年でもあった。

2009年の10億人という飢餓人口は最高水準だった。貧困国の飢えは絶望的なものがあるが、その飢餓が先進国の人口にも生まれていたのが特徴的だった。

先進国の人間が飢餓に陥るのは、もちろん貧困に落ちるからである。貧困に落ちる最大の原因は失業である。失業問題は世の中がグローバル化してより深刻化している。

単純に言えば、今まで先進国の労働者がやっていた単純労働などは、貧困国の労働者が安い価格でするので、先進国の労働者は仕事が見つからなくなってしまったのである。






2017-08-31

格差の次には「何がくるのか」を日本人は理解しているか?

現代社会では、経済格差がどんどん広がっている。最初は少しの差であった格差は、やがては1000倍も2000倍も、いや1万倍も2万倍も開いて、もはや貧困層がどうあがこうが克服できないものとなる。

そして、この極度なまでの経済格差が定着すると、その後に何が来るのか理解しているだろうか。

それは、もちろん「階級」である。

世界の多くの国では、ひとつの国家が見えない層(レイヤー)で区分けされている。経済格差の層である。この経済格差の上と下とでは生活も文化も考え方も違う。場合によっては話す言葉までもが違ってくる。

メキシコでも、ブラジルでも、アメリカでも、イギリスでも、安全な地域と危険な地域は明確に分離して存在している。

分かりやすく言えば、金持ちたちが集う地域は安全だ。そして貧困層が集う地域は治安が悪い。だから金持ちは貧困層がいる地区には決して足を踏み入れないし、逆に貧困層が金持ち地区に行っても警備員や警察に追い出される。

それが定着すると、世界中どこでも貧困層と富裕層は自然に、明確に、完全に分離し、長い年月を経て同じ民族でも違う文化や生活になってしまうのだ。






2017-08-20

世界を揺るがす移民問題とは、つまり形を変えた貧困問題だ

かつて、ユダヤ人や、中国人や、インド人は、世界中あちこちを流浪する民族だと言われた。実際、これらの国民は、今でもあちこちの国を流浪し、居住している。

流浪と言えば、ヨーロッパで大きな問題になっているのがロマだが、かつてジプシーと呼ばれたこの民族も国境を無視してあちこち流浪して生きている。

大勢でやってきて勝手に適当な広場に居ついて、泥棒、売春、物乞いをビジネスとして行ったりするので地域社会からもひどく嫌われている。

現在、国をまたがった人の移動が大規模に起きている地域はEU(欧州連合)なのだが、EUは「ヒト・モノ・カネ」を自由にする実験的試みだった。

その結果、EUの中で比較的貧しい東欧の若者たちが自国を捨ててイギリスやドイツに住み着いたり、逆にリタイアした高齢者がフランスやギリシャの景勝地に移動したりする動きが普通になった。

それだけでなく、アフリカや中東からも大量に異民族が移民・難民として流れ込むようになっており、それが治安の悪化、文化的な軋轢、テロの増加と、大きな悪影響を及ぼすようになってきている。






2017-08-17

イギリスの社会荒廃が生んだパンクな女たちを愛せるか?

1945年に第二次世界大戦が終結した後、イギリスは勝戦国の側にあったが、国土は荒廃し国力はズタズタになっていた。

ナチス・ドイツは1940年9月から8ヶ月に渡ってロンドンを激しく空爆し、4万3000人が死亡、100万人以上が家を失うという凄まじい被害が発生していたのだ。

戦後、イギリスは労働党によって再建がなされるのだが、ここで取られた政策が、「ゆりかごから墓場」までの安定を約束する福祉充実と、石炭・石油・通信・鉄道・鉄鋼等の産業の国有化だった。

戦争によって壊滅した国土を復興させるためには、国が強い指導力と産業保護をしなければイギリスは立ち直れなかったはずであり、この政策は当初は正しいものであった。

しかし、やがて10年経ち20年経つとこの「ゆりかごから墓場」までの福祉政策が国を停滞させるようになっていった。

国営企業は非効率で保守的な運営をし、人々もまた厚い福祉政策にどっぷりと浸って新しい時代を切り拓く能力を失った。人々はこれを「英国病」と呼んだ。

さらに1970年代の石油ショックは停滞していたイギリス経済を直撃し、急激に社会が疲弊して活力が失われ、底知れぬ貧困と閉塞感が次第に強まっていった。そして、アンダーグラウンドで何が生まれたのか?



 


2017-08-10

消費が大歓迎される社会で生き残るのは逆に消費しないこと

私たちは「消費時代」に生きている。ほとんどのメディアはコマーシャルで成り立っているのだが、このコマーシャルというのは、私たちに「何かを買わせる」という目的がある。

コマーシャルは魅力的だ。コマーシャルは印象に残る。コマーシャルは執拗に繰り返される。そのため、私たちは長くコマーシャルに接していると、宣伝されているモノを買わずにおられなくなる。

洗脳意識にまでコマーシャルが刻み込まれ、忘れられなくなってしまうのだ。覚えようと必死になっていた勉強の内容は忘れても、覚えるつもりさえないテレビのコマーシャルなら思い出すことができる人は大勢いる。

ところで、現代は資本主義が社会の隅々にまで覆い尽くしている。所有する金は多ければ多いほど良い。

では、何も持たない人間が「資産」と呼ぶべき金を持つには、どうすればいいのか。それは、「貯める」という基本的なことができていなければならない。

事業を興すとか、何らかの才能をマネタイズするとか、宝くじを買って祈るとか、何かのギャンブルでひと山当てるという方法もある。

しかし、それは必ずしも成功するものではないし、成功したとしても「貯める」」という基本ができていなければ、手に入れたものは右から左へと消えていく。

生き残るには、基本は「貯める」ことにある。しかし、基本が徹底されることは、いつの時代でもない。







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