ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆2人の女性を誘拐してレイプして道ばたに捨て轢き殺す者 ◆衝動的にレイプされて殺され、死体を川に捨てられた女性 ◆日本人と結婚したいフィリピン女性が動揺したある質問 ◆フロリカ・レオニダ。ルーマニアの妖精が売春婦に転落した
◆ラスベガス売春宿の苦境は、時代の変化を映し出している ◆女性は自ら避妊をコントロールできるし、早くそうすべき ◆「価格と女性の質は比例する」が成り立たなくなる日がくる ◆私たちが時代の荒波に巻き込まれる可能性は、非常に高い

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2017-05-10

ベンジャミン・ホルスト。物乞いで稼いで酒と女の世界旅

物乞いしながら世界旅行をして自国に帰らない旅行者が増えてきて、彼らを「バックパッカー」ではなく「ベッグパッカー」と呼ぶようになってきている。

先進国の男が途上国で物乞い(ベッグ)して物珍しさで金を集めて、それを旅行代金に充てたり遊びに使ったりする姿をイギリスのタブロイド紙や現地の新聞が批判している。

ところで「ベッグパッカー」なのだが、東南アジアではこの「ベッグパッカー」で最も知られているのが、ベンジャミン・ホルストという男だ。

ドイツ人で、先天的な病気で足が通常の人の2倍の大きさになっている男なのだが、この男は2014年から東南アジアで物乞いをしながら旅をしている。

この男のことが最初に報道されたのは2014年9月のタイのローカル新聞だった。

ベンジャミン・ホルストは2014年9月2日に中国東方航空のフライトで片道切符でタイに入り、それからバンコクの有名な安宿街であるカオサンのゲストハウスに泊まっていた。

ところが「自分のパスポート、財布、その他の文書をみんな盗まれてしまった」と彼は警察に述べた。

普通であれば金もパスポートも盗まれたのなら自国の大使館に行って救済を求めるのだが、ベンジャミン・ホルストはそうしなかった。どうしたのか。



 


2017-04-30

パタヤは燃えているか。退廃の「入口」として最適な場所

日本は正月や夏期休暇のような特別な時期でないと休みが取れない社会だが、その中でゴールデンウィークは勤め人でも長期の休みが取れる貴重な時期となっている。

この休みを利用して海外に出ている人も多いだろう。

東南アジアで堕落と退廃を見るのであれば、今も昔もタイが最も相応しい。ブラックアジアの読者の多くは、今頃タイに向かっているのではないだろうか。

雲南省河口の「人肉市場」が知られざる売春地帯であるとすると、タイの売春地帯は真逆の「誰もが知っている売春地帯」であると言える。(河口『人肉市場』。知られざる売春地帯を読者が写真に

現在のプラユット政権は、イギリスのタブロイド紙でタイが「セックス・シティ」と紹介されたのを激しく嫌って浄化作戦をじわじわと進めており、タイも時代が変わりつつある。

売春地帯をただの歓楽街にして、あからさまなセックスを消そうとしているのが現代の動きだ。

しかし、タイは売春地帯を中心にして発達してきた「不都合な歴史」があるので、そう簡単に売春ビジネスが消せるわけもなく、政府の浄化作戦は常に一進一退となる。

私自身がこのタイの売春地帯を揺りかごのように生きてきた人間のひとりでもあり、タイの堕落と退廃が消えるのはとても寂しく思う。できれば、生き残って欲しい。(電子書籍『バンコク売春地帯』をアマゾンにて発売中

現在のタイの売春ビジネスの中心地はバンコクからパタヤに移りつつあるが、今ごろはパタヤの売春地帯も多くの男たちで燃えるような熱気になっているはずだ。



 


2017-04-21

映画『赤線地帯』に見る、1950年代の日本の裏社会の出来事

日本は1945年に敗戦を迎え、日本に上陸したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)はすぐに公娼廃止指令を出した。

しかし、日本には「遊郭文化」が根付いていたので、そう簡単に売春ビジネスは消えなかった。遊郭は「特殊飲食店(カフェー)」に鞍替えして生き残った。

政治家や官僚も遊郭で政治を語り、男は遊郭で友情を深めるのが当たり前の時代だった。GHQの命令には、日本人の上から下までみんな反対した。

やがて、1956年に売春防止法が制定されたのだが、戦後のどさくさの中で売春ビジネスに追いやられた女たちの多くがこれで途方に暮れた。

この売春防止法が制定される前後の日本は貧困が蔓延していた。貧しい女性のために「売春」という仕事はまだまだ日本に必要だという無意識の総意がそこにあった。

この1946年の公娼廃止指令から1956年の売春防止法までの期間において、売春ビジネスが黙認されていた地域は警察によって地図に赤線で丸が書かれて特別視されていたので、この地区は赤線地帯と呼ばれるようになった。

いったい、この赤線地帯はどんな光景だったのか。






2017-04-04

電子書籍『バンコク売春地帯』をアマゾンにて発売中

ブラックアジアの記事のうち、バンコクの売春を扱った内容のものを編集して『バンコク売春地帯(私の人生を奪っていたあの場所を静かに回想する)』と題し、アマゾン・キンドルで刊行しました。

アマゾンのページはこちらです。
http://amzn.to/2n6yG7E

この電子書籍は、ブラックアジアの読者であればベースになった記事をきっと懐かしく思い出すことができるはずです。

ただ、記事では断片で読んでいたものをこのように1つのテーマで括って、さらに縦書きとしてまとめて読むと、まったく印象が違ってくると思います。

私がバンコクの売春地帯に堕ちながら、いかに破滅の予感や恐れを抱きながらそこにいたのかクローズアップされているので、同じブラックアジアを読みながら、このサイトとはまた違った読後感になるかもしれません。

「私の人生を奪っていたあの場所を静かに回想する」という副題を入れたのは、バンコク売春地帯に沈み、あの場所を愛しながらも、売春地帯が私の人生を奪い続けてきたところでもあるということを含めています。

ご関心のある方は、どうぞお読み下さい。






2017-03-08

タイの売春地帯は、日本人にとって遠い世界になるのか?

今でもタイは物価が安いというのは事実である。だからこそ多くのバックパッカーが長旅を求めてやってくる。

しかし、ここに来てタイも経済発展によって物価が上がり気味になっているのは誰もが指摘するところだ。タイでは2013年に最低賃金が引き上げられたのだが、そこから一気に物価が上がったと言われている。

それでも普通に生活する分には日本よりも安い。

2000年代はタイの屋台ではカオパット(炒飯)やパッタイ(焼きそば)が20バーツだったが、それが現在では40バーツほどになっている。

額としては2倍のインフレだ。1バーツ3.2円換算で考えると、64円が128円になったということになる。

しかし、2倍になったとしても、炒飯がそんな値段で食べられるのであれば、それは日本人にとっては「まだ充分に安い」と言っても過言ではない。

では、真夜中の売春地帯をうろうろするハイエナにとって、物価高は影響を及ぼしているのだろうか。

もちろんだ。タイの物価高は日常の世界よりも、むしろ夜の世界の方でインフレが進んでいる。今の価格は、どのようになっているのだろうか。



 


2017-02-23

売春都市パタヤを粛清(パージ)しろ。プラユット首相の命令

パタヤは観光都市として脱皮しようとしているが、それでもこの都市は今も売春にまみれている。そこは熱帯の気だるい空気と蒼い海とセックスとドラッグが目の前に広がっている。

この堕落の地をどうして忘れることができるだろうか。堕落に育った人間にとっては濁った水の中が過ごしやすい。

このサイト、ブラックアジアは私の愛する堕落がたっぷり含まれており、タイ編の少なからずはパタヤが舞台である。(売春地帯をさまよい歩いた日々:タイ編

私は著書『ブラックアジア第二部(いいヤツは天国へ逝く、ワルはパタヤへ行く)』を刊行しているが、ここでも売春都市パタヤを取り上げている。(ブラックアジア書籍版第四弾『ブラックアジア・パタヤ編』

パタヤは私にとっては愛すべき場所であり、それ以外の何者でもない。自分を見失うとパタヤに戻れば、本当の自分を見つけることができる。

しかし、それは私個人の実感であり、すべての人がそうであるとは限らない。売春ビジネスは表社会の人々にとっては「不潔で不衛生な場所」であり、それを憎む人も多い。






2017-01-18

パタヤの堕落。変わっていない売春地帯と男たちの醜態

私はまだ売春地帯をウロウロして人生を消費するハイエナとしての生き方を捨てていないので、「最後に馴染んだ売春地帯」という言い方をすると、何か変な感じがする。

しかし、敢えて「最後に馴染んで自分の居場所だと思った売春地帯」はどこかと思い描くと、タイのパタヤになるのは間違いない。

バンコクのパッポンで始まった私の売春地帯への没頭は、やがてはタイからカンボジアへ、カンボジアからインドネシアへ、インドネシアからインドへ……と広がっていったのだが、最後はフィリピンのアンヘレスを経て、一周してまたタイに戻ったというのが現実だ。

しかし、観光地と土産店に覆い尽くされたパッポンには、もう足を向けるのも嫌になったので、最後はもっぱらパタヤが渡り鳥のハイエナとしての私の安住地と化した。

パタヤに関する愛は、著書『ブラックアジア・パタヤ編 いいヤツは天国へ逝く、ワルはパタヤへ行く』にたっぷりと書いた。この書籍は私が一番楽しんで編集できた本だ。

たまに、パタヤのことが懐かしくなったら、私は自分のこの本を開いて、想い出に耽る。そして、今のパタヤはどうなのだろうかと、また想いを馳せる。



 


2017-01-03

転々虫(1)。なぜ彼女は店を3日で辞めてしまうのか?

ブラックアジア in ジャパン
夜の世界はすべての関係が不安定だ。分かりやすく言うと、いろんなものが長く持たない。水に漂う浮き草のように、誰もが一ヶ所にじっとしていない。

男たちは新しい女を求めて次から次へと移り変わっていき、女たちもまた次から次へと店を移り変わる。夜の世界は流行り廃りがとても早い。小さな店はすぐに閉店し、オーナーが変わって新しい店ができて、それもまた潰れていく。

歓楽街という狭い世界とテナントは同じに見えるのだが、夜の世界はすべてが流動的である。

これは、私が長らく沈没していた東南アジアの売春地帯では顕著だった。ゴーゴーバーのテナントは比較的長持ちするのだが、女性はそうではない。半年経てば女性の半分は入れ替わっているはずだ。

オープンバーともなると、さらにひどい。店ごと入れ替わっていることもある。インドネシアでもインドでも、売春宿の女性は転々としていることが多く、そこで会えなくなった女性にはもう二度と会う機会はない。

日本はどうなのだろうか。

日本もまた状況は同じであると言ってもいいのかもしれない。女性の出入りはとても激しく、中には3日で辞めてしまう女性もいる。こうした女性のことを日本の風俗の世界ではこのように言っている。転々虫(てんてんむし)……。



 



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