ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆父親が自分の娘を性的対象にするという、おぞましい行為 ◆「白い肌」の女性は、これからも人類の多くに羨望される ◆プノンペンあやしい掲示板の「井上一世」氏が死んでいた ◆阿部定(さだ)事件。彼女は、どこから来た女だったのか?
◆セクシー・コーラ。何も持たなかった女性の成功と突然死 ◆ミス・ランドマイン。地雷で手足を吹き飛ばされた女性たち ◆ストーキング。付きまとわれても、誰も助けてくれない犯罪 ◆台湾の「ひまわり女王」は38万円で売春をする女性だった

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2017-07-24

私の人生の流浪とその時々を描写した書籍・電子書籍のこと

私は今も昼夜逆転の生活をしている。これはもう治せない。では、真夜中に起きて何をしているのか。何かを書いたり、真夜中に街をうろうろさまよい歩いている。

誰もいないゴーストタウンになった真夜中のストリートをふらふらと歩くのも好きだし、歓楽街をあてどなくさまようのも好きだ。

私は昔からずっと旅人の気質があって、アウトサイダーで、孤独だった。今でも私は女性と関わっていなければ、誰ともひとことも何も話さないで何日も過ごす。

私は人が嫌いではないのだが、表側の社会はドロップアウトした人間にはとても冷たい。東南アジアの売春する女性と縁が切れない男であればなおさら誰も関わってくれない。

まともな経歴を持った人は、私との関わりを避けて当然だ。誰がアンダーグラウンドの人間と付き合うというのか。売春する女性が心から好きだという男に誰が好意を持つというのか。

若い頃に売春地帯に溺れて表側の人たちと感覚が合わなくなったのに気付いた後、私は自ら知り合いを断ち切った。

以来、私はひとりも友人がいないまま数十年を過ごすことになって今に至っている。私の本質は何も変わっていない。私は相変わらず社会と乖離して孤独だ。






2017-07-01

2017年7月。ブラックアジア有料メンバーの募集のお知らせ

7月になりました。ブラックアジアは紆余曲折を経ながら今も続いておりますが、これからも長く続けて行きたいと思います。よろしくお願いします。

ここ1年から2年ほど取り組んでいた日本の夜の女たちの話は最近、電子書籍『デリヘル嬢と会う』という形で結実しました。どうもありがとうございます。(『デリヘル嬢と会う 〜彼女は、あなたのよく知っている人かも知れない〜』

電子書籍としてひとまとめにしたことで一区切り付けたのですが、今後さらに身体を売って生きる多くの女たちを追い求めていきたいと思います。

「日本の女たち」とひとことで言ってもその生き様や考え方は個人個人まったく違っています。やはり「夜の女」というのは一筋縄ではいかないところがあって、それが面白いのです。

この『デリヘル嬢と会う』のコンテンツはブラックアジアの会員制の内部記事ですべて読めますので、他にもある世界各国の大量のアンダーグラウンドの記事をどうぞお読みになって下さい。

ブラックアジアでは今月もまた有料会員を募集します。


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2017-06-27

生活を落としても生き残る「したたかさ」を身につける方法

現在よりもダウングレードした環境で生き残らなければならない状況に、私たちはいつでも陥る可能性がある。

経済的に困窮すると、生活をダウングレードしなければならない。あるいは国外に出ると、日本よりも格段に経済レベルの落ちた環境を受け入れなければならない。

生活をダウングレードすると何が待っているのか。それは、今よりも清潔度が落ちる環境だ。

なぜそうなのかは逆に考えれば理解できる。不潔な状態というのは誰にとっても快適ではない。だから経済的に豊かになると、まず「清潔さ」を手に入れようとする。

自分自身も薄汚れた服を捨てて清潔な服に買い換える。自分自身をも清潔にしたいので、シャワーや風呂が付いている場所に引っ越す。引っ越し先は、今よりもきれいな場所になる。清潔さが快適だからだ。

清潔さを維持するには金がかかる。しかし、それは金を払う価値があると誰もが知っている。だから、生活のアップグレードは清潔さの追求になるのである。

逆に言えば、ダウングレードは「清潔さ」を失うということだ。ということは、生活をダウングレードするために必須となるのは、今よりも清潔ではない環境を受容できる精神力であると言うこともできる。






2017-04-23

「タイの屋台を今年中に排除する」と宣言したバンコク都知事

2017年4月20日、バンコクの都知事であるワンロップ・サワンディー氏は、突如として「今年いっぱいでバンコクから路上屋台を排除する」と言い出して、大騒ぎになっている。

理由は2つある。

1つは衛生問題だ。屋台は生ゴミを多く発生させることや、食べこぼしを路上にまき散らすこともあって、ネズミや有害な虫を発生させやすい。

屋台が密集しているヤワラーでも、スクンビット通りでも、カオサン通りでも、かなり大きなネズミが排水溝に沿って走っているのを目撃する人もいるはずだ。

またハエも飛び交っているし、日本の路上ではほとんど見ないゴキブリも我が物顔で走り回っているところもある。屋台が衛生的に問題がないと考えている人はひとりもいない。

もう1つは通行問題だ。屋台は歩道を占拠するので、歩行者は歩道をきちんと歩けない。

カオサン通りは比較的道が広いので問題ないが、スクンビット通りでは歩道が狭くなって時間によっては満員電車のようになっている。ヤワラーも例外ではない。屋台が我が物顔で道を占拠しているので、車が走れない状況になっている場所もある。






2017-04-22

売春宿。私が寝泊まりしてきた東南アジアの売春宿の部屋

普通の人は売春地帯には近寄らないし、まして売春宿に泊まることもないので、ひとことで「売春宿」と言ってもどんなところなのか、想像すらもできない人の方が大半だ。

売春宿は、狭く、古く、殺伐として薄汚れているところが多いのだが、こういった場所は写真を撮るところではないので、ほとんどは記録に残らない。

私も数千以上もの売春宿の部屋に転がり込んでいるはずだが、その部屋を写真に残したというのはほとんどない。そんなことをしたら宿の経営者がやってきてカメラを壊されるか、私自身が叩きのめされて放り出されるのがオチだ。

売春ビジネスは当局の規制の対象であり、業者も女性も記録に残されるのを嫌うわけで、本来であれば写真を撮ってはいけない場所である。

だから、売春宿の記録はほとんど残らない。

しかし、そうは言ってもたまたま部屋に放り込まれて女性がくるまで時間が余っていたりすることもあるし、ごくたまに写真を撮られるのが好きで好きで仕方がない女性がいたりして、偶然に写真が残せるケースもある。

そうした写真がたまに残ると、後で写真を見つめてしみじみとその時の光景を思い出すこともできるようになる。「たまたま」手元にある売春宿とは、どんなところなのか。いくつかの写真を紹介してみたい。



 


2017-04-07

飛行機は窓側に座るべきなのか、通路側の方がいいのか?

昔は飛行機のチケットを取っても、座席は当日にカウンターで「窓側に」「通路側に」と頼んで、空いている座席がなければ仕方がなく自分の希望と違うところに座るしかなかった。

しかし、最近はインターネットでチケットを予約すると、航空会社のサイトで座席の予約ができることが多くなった。

すべての航空会社でこのようなサービスをしているのかどうかは分からないのだが、アメリカ系や日系の航空会社はほとんどが座席予約があるようだ。

そこで、座席予約のページを見にいくと、いろいろと面白いことに気付く。座席は前から順番に埋まっている。これは恐らく航空会社や団体が埋めているのだと思われる。

そして、単発にバラバラと埋まっていくのは通路側が多くて、その次に窓側になる。だいたいの人が、通路側の座席を望んでいることが分かる。

しかし、旅行サイト「エクスペディア」が行ったアンケート調査によると、「窓側と通路側、どちらが快適に過ごせると思うか」の回答では「窓側」と答えた人が491人中343人であったと報告している。

実に77%の人が「窓側の方がいい」と答えている。






2017-03-13

電子書籍『真夜中のカリマンタン島』をアマゾンにて発売中

アマゾン・キンドルで売春地帯の小説をひとつアップしました。『真夜中のカリマンタン島(誰も知らない。ヘイズの島と売春する女たち)』というものです。

アマゾンのページはこちらです。
https://amzn.to/2mgo2qA

今回は、「小説」というスタイルでインドネシア・カリマンタン島の売春する女性たちの話をこの島特有の歴史や風土も交えて思い入れたっぷりに書きました。

カリマンタン島の話を書いた小説はほとんどないと思います。さらにこの島で売春する女性たちを取り上げた小説は、日本でもこの小説が初であると思います。

「小説」というスタイルではありますが、登場人物の女性すべてにモデルがいます。そして、登場する売春宿もまた実際にあった売春宿を書いています。

そういった意味で、フィクションには違いないのですが完全にフィクションであるかと言えばそうでもない小説であると言えます。カリマンタン島の売春する女たちはどんな女たちなのか、興味のある方はどうぞお読み下さい。






2017-03-06

ワンマイ、美貌の21歳。今のラオス人はここまで美しくなった

2001年、シンガポールの売春地帯であるゲイランをさまよい歩いている時のことだが、今でも覚えていることがある。

ここでストリート売春をしていたひとりの女性がいたのだが、彼女はスラリとして背が高く、とても色白で美しかった。

私はしばらく彼女がタイ女性だと思ったのだが、「タイのどこから来たの?」と尋ねたとき「私、タイ人じゃないの。ラオ(ラオス)から来たのよ」と答えた。

私が知っているラオス人というのは、肌の色が褐色に近い女性たちばかりだったので、私は驚いて「こんなに白い肌のラオス人はいるの?」と思わず聞いたものだった。

「ラオス人と言っても、真っ黒の人もいれば真っ白の人もいるのよ。私はタイ人とラオス人のハーフなの」と彼女は答えながら柔和に私を見て笑っていた。

タイでもイサーン出身の女性は褐色の肌をした野性味溢れる女性が多いが、チェンマイ出身の女性は肌がとても白くて清楚な雰囲気を漂わせている女性が多い。

私はラオスのことはほとんど知らないのだが、ラオスにもそうした地域ごとの違いがあって、ひとことでラオス人と言ってもそれぞれ違っているのだと彼女を見てて思い知ったのだった。

肌の白いラオス人の女性のことは今も忘れていない。とても印象深い女性だった。







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