ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆少数派は、72億人の人類から見ると1%でも膨大な人数だ ◆「白い肌」の女性は、これからも人類の多くに羨望される ◆米と交換されて中国の貧村に売られていく脱北者の女性たち ◆ネクロフィリア。内臓が取り出された、18歳の女性の遺体
◆レイプされた女性の見る悪夢は、女性の人生を破壊する ◆16歳だった彼女の人生は、殺される前からすでに終わっていた ◆海外で売春ビジネスをしている日本人女性はいるのだろうか? ◆今この瞬間にも、約3万人もの女性が家庭内暴力を受けている

BLACKASIA - www.bllackz.net

2017-05-18

プノンペンのかつての売春地帯はもう行っても仕方がない

そこには行きたい気持ちがあったが、行きたくない気持ちも同時にあった。

70ストリート……。

私にとってプノンペンの70ストリートはとても特別な場所であり、特別な想い出に満ちている。

かつてこの場所は舗装されていない道と、沼地とスラムとバラック小屋が林立する凄まじいまでの売春ストリートが続いていて、東南アジアのダークサイドとはどんなところなのかを具現化したような場所だったのだ。

しかし、2004年にはすでにこの場所はどんどん再開発が進んでいて、もはや紅土が舞い上がる道も舗装され、さらにバラック小屋の多くは取り壊されて新しい建物に取り変わって光景は移ろいでいた。

今日、意を決してモトバイクの運転手に「70ストリートに行きたい」と告げて連れて行ってもらったが、私の最悪の予感は的中していた。

「ここだ」と言われた場所で止められたとき、私はその何の変哲もないプノンペンの道路の端で途方に暮れた。そこは私がまったく知らない場所になっていた。



 


2017-05-16

13年ぶりに悪徳の地プノンペンの空気を吸いたいと思った

久しぶりにカンボジアの首都プノンペンにいる。

カンボジアは私が東南アジアの中で最も好きだった国でもある。書籍『ブラックアジア第一部』でも、電子書籍での小説『スワイパー1999』もカンボジアが舞台だ。

1990年代から2001年頃まで、私はカンボジアに夢中だったと言っても過言ではない。ブラックアジアはカンボジアの売春地帯を描写するために生まれたサイトでもあった。

しかし、私が最後にカンボジアに行ったのが2004年頃だったので、もう13年もカンボジアとはご無沙汰になっているということになる。

カンボジアはこの10年が大きな経済発展を遂げる時代となったのだが、私はそれを見ないままカンボジアを捨てた。

東南アジアの原点のような雰囲気を残したカンボジアを、私が大好きだったにも関わらず、この国を意識して避けていたのは、大きな理由があったからだ。



 


2017-04-22

売春宿。私が寝泊まりしてきた東南アジアの売春宿の部屋

普通の人は売春地帯には近寄らないし、まして売春宿に泊まることもないので、ひとことで「売春宿」と言ってもどんなところなのか、想像すらもできない人の方が大半だ。

売春宿は、狭く、古く、殺伐として薄汚れているところが多いのだが、こういった場所は写真を撮るところではないので、ほとんどは記録に残らない。

私も数千以上もの売春宿の部屋に転がり込んでいるはずだが、その部屋を写真に残したというのはほとんどない。そんなことをしたら宿の経営者がやってきてカメラを壊されるか、私自身が叩きのめされて放り出されるのがオチだ。

売春ビジネスは当局の規制の対象であり、業者も女性も記録に残されるのを嫌うわけで、本来であれば写真を撮ってはいけない場所である。

だから、売春宿の記録はほとんど残らない。

しかし、そうは言ってもたまたま部屋に放り込まれて女性がくるまで時間が余っていたりすることもあるし、ごくたまに写真を撮られるのが好きで好きで仕方がない女性がいたりして、偶然に写真が残せるケースもある。

そうした写真がたまに残ると、後で写真を見つめてしみじみとその時の光景を思い出すこともできるようになる。「たまたま」手元にある売春宿とは、どんなところなのか。いくつかの写真を紹介してみたい。



 


2017-04-17

東南アジアでは、猫も犬も旅人のようにウロウロしている

東南アジアをウロウロしていると、犬や猫にもよく出会う。私自身はまったく小動物には関心がないのだが、やはり動いている動物を見ると、何となく写真を撮ってしまったりする。

昔の写真を振り返って見ると、ところどころに犬と猫の写真などが散らばっていたので、少しだけ抜粋してみた。

東南アジアの犬や猫は基本的に放し飼いであったり、野良であったりするので、生きていくのは大変みたいで猫も痩せ細っていることが多い。

確かに猫は可愛がられているのだが、基本的には「居つくのも自由、去るのも自由」のスタンスで飼っているように見える。東南アジアの家は開放的な作りになっているので、室内から小動物を出さないことが物理的に難しい。

そのため、犬も猫も自由に外を出入りして、野良猫のような、飼い猫のようなスタンスになっていくようだ。

だからなのか、怪我をしても病気をしても人間が獣医に連れていって世話をするということはなく、皮膚病の猫もそのまま放置されている。

犬も猫も、日本よりも生きていくのが大変なのかもしれない。






2017-04-12

なぜ途上国でロリコンを密告したら自分が逮捕されるのか

男たちの強烈なまでの性欲は様々な形がある。中には犯罪的な性的世界を志向することも珍しくない。

たとえば、少年や少女を狙う男たちだ。16歳だとか17歳ではなく、ほんの10歳前後の少年少女に性的な関心を持つペドフィリア(児童性愛者)もいる。

なぜそんな幼い少年少女に性欲が持てるのか、普通の人間には理解し難いことだ。しかし、世界中にこういった男たちが夥しい数で存在する。

もちろん、売春地帯にもそうした男たちがいる。これだけ未成年との性行為が厳格に禁止される世の中になったのだから、供給は減ったと思ったら大間違いだ。

少年少女は「行くべきところ」に行けば簡単に手に入る。ロリコンたちのメッカになっている場所が現代も存在する。

しかし、先進国ならともかく、途上国でそんな男を発見したからと言って警察に密告したらマズいことになる可能性もある。ロリコンではなく、自分の方が逮捕されるかもしれない。

なぜ、途上国の売春地帯でロリコンを密告したら自分の身が危ないのか……。それには、もちろんアンダーグラウンドなりの理由がある。



 


2017-02-05

プノンペンで全盲の井上氏を追い詰めた極貧の世界の醜悪

2000年前後、ブラックアジアを書き始めた同時期、多くの日本人のハイエナたちのアクセスを集めていた東南アジアの売春地帯紹介サイトが、『外道の細道』と『プノンペン怪しい掲示板』だった。

どちらもカルト的な人気を誇っていたと言っても過言ではない。多くの日本人のハイエナを東南アジアの売春地帯に呼び寄せていたのは、この2つのサイトの存在が大きかったというのは誰しもが認めるところだろう。

売春地帯は金がかかり、多くの男はスレた女性に振り回されて金を無駄にしたくないという切迫した気持ちを持っているので、「どこの店が良い、あの女性はどうだった」という情報が載っているサイトは多くの人を惹きつける。

この2つのサイトは、一方はタイの、一方はカンボジアの売春地帯の場所や女性たちを赤裸々に紹介していたサイトであり、それがゆえにハイエナに大人気だった。

しかし17年経った今、時代は変わり、この2つのサイトはどちらもアンダーグラウンドの闇に消えて人々の記憶から消え去ろうとしている。

もちろん、復活もない。『外道の細道』の外道紘こと新井知宏氏は2012年3月15日、『プノンペン怪しい掲示板』の井上一世こと大鋸力也氏は2016年9月26日に亡くなった。



 


2017-02-04

プノンペンあやしい掲示板の「井上一世」氏が死んでいた

昨年だったが、風の噂で「盲目の井上さんという人がプノンペンで極貧生活をしている。ご存知ですか?」という話を人づてに聞いたことがあった。

盲目の日本人は知らないし深い関心もなかったので、そのまま記憶の外に消えてしまった。私が関心を持っているのは東南アジアの女性であって日本人の男ではない。

ところが最近になって、「数ヶ月前にこの人が死んだ」ということを今度は別の人に聞かされた。

インターネットを見てみると、クーロン黒沢氏がさかんに取り上げているのだが、彼の文章を読むとこの井上氏はかつてプノンペンの売春地帯の掲示板を作っていた男だったということに気付いた。

彼とは何度かメールのやり取りをしたが、ブラックアジアに載せていた地図を彼の掲示板に掲載したいという内容のものだった。私は了承して、彼はそれを自分のサイトに取り込んだ。

文面はとても真面目で、アンダーグラウンドの世界にいる男ではあったが、礼儀正しさや謙遜をきちんと持ち合わせていて、表社会の人が東南アジアの真夜中に飛び込んでいったという背景が垣間見えた。

カンボジアについては、私自身はすでに2001年には完全に撤退していた。カンボジアという国自体は好きだったが、この国の当時の売春地帯には大きな問題点があった。



 


2017-01-24

アムステルダム赤線地帯はいよいよ閉鎖に向けて動くのか

オランダの首都アムステルダムは、売春とマリファナが合法な街として知られている。

売春ビジネスは「飾り窓」、マリファナは「コーヒーショップ」として名を轟かせており、世界中からセックスとドラッグを求めるハイエナたちで賑わっていた。

しかし、やがてEU(欧州連合)の「ヒト・モノ・カネ」を自由にする政策によってオランダにも大勢の移民・難民がやって来るようになってから、アムステルダムの様相は変わった。

東欧のギャング、ロシアのマフィア、アフリカの移民、中東のテロリスト等の人間たちがアムステルダムの真夜中に棲息するようになり、治安はどんどん悪化していくばかりだった。

特に問題を引き起こしていたのは、アフリカ・中東の移民たちだ。彼らはオランダの底辺でハードドラッグを売買するようになり、「飾り窓」以外の売春をオランダで繰り広げるようになった。

言ってみれば、オランダの定めたルールから逸脱し始めたアンダーグラウンドの世界が、オランダ政府にも国民にも手に負えないものになっていった。

すでに、売春ビジネスとマリファナの合法化は秩序を守らせることよりも問題を拡大させるものとなっていた。そして、どうなったのか……。



 



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