ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆戦争、内乱、地獄からの逃亡。生き延びるには「これ」を持て ◆処女のロシア女性の「身体」以外に高値で売れるものとは ◆「帰れ、豚」と怒鳴られてドアを閉められたデリヘル嬢の涙 ◆テロ情報とバンコクで両足を吹っ飛ばしたイラン人のスパイ
◆グローバル売春女性たちが流れ着くドイツの高給売春ビル ◆ケンドラ・サンダーランド。大学の図書館で露出して退学 ◆たったひとつのセミヌードが、取り返しがつかない事態に ◆小人症だったロシア人女性の売春ビジネスは大繁盛だった

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2017-11-14

鈴木傾城、ダウン。風邪だと思ったがそうではなかった?

先週あたりから風邪をこじらせて、状況を悪化させていた。確かに最初は風邪だった。(風邪をこじらせて朦朧としながら、夜の世界の賃金を考える

すぐに病院に行かなかったのは、「インフルエンザにかかった時ですらも病院に行かずにそのまま治したのに、なぜ風邪ごときで病院にいかないといけないのか」と、自分を過信していたのもある。

そもそも私は、どこかに勤めているわけでも他人に雇われているわけでもないので、誰とも会わないと自分が決めれば1ヶ月でも2ヶ月でも誰とも会わないでも生きていける環境にある。

昔から、半年や1年単位で旅に出ていた時期から、病気になったら数日はじっとホテルの一室で動かないで自己治癒力で治すようなことをしていた。

風邪をひけば誰にも会わないで何日でも住処に潜んで治すというのをやっていたので、自然と今回もそんな選択をした。

しかし、激しい咳があまりにも止まらないので、仕方なく病院に行ったら「これは風邪ではない」と言われた。風邪だとしか思っていなかった私にとっては青天の霹靂である。



 


2017-09-12

『売春と愛と疑心暗鬼』に改題しました。お詫び致します

ちょうど半年前なのですが、アマゾンで『真夜中のカリマンタン島』という小説を刊行しています。実はこの題名は、最後の最後までずっと決まっていなくて、疲れ果てた末に付けた題名でした。

この時はこれで良いとずっと思っていたのですが、しばらくしてから題名に「売春」という単語を入れておきたかったと思うようになりました。

とは言っても、すでに『真夜中のカリマンタン島』という題名で出しており、周知もしているので、今さら変えられないとあきらめていました。

ブログでは記事のタイトルを変えることくらいは簡単にできるのですが、さすがに一度出した作品の表現物の題名を変えるというのはあり得ないと思っていました。

しかし、先日アマゾンのシステムに詳しい方に聞くと、「題名を途中で変えることもシステム的には可能だ」と言われて、どうしても題名を変えたいという気持ちが止められなくなりました。

他の作家の方に聞くと「改題は珍しいことではないが、最初の題名に愛着を持った読者もいるので頻繁にしない方がいい」と暗に反対されました。






2017-07-24

私の人生の流浪とその時々を描写した書籍・電子書籍のこと

私は今も昼夜逆転の生活をしている。これはもう治せない。では、真夜中に起きて何をしているのか。何かを書いたり、真夜中に街をうろうろさまよい歩いている。

誰もいないゴーストタウンになった真夜中のストリートをふらふらと歩くのも好きだし、歓楽街をあてどなくさまようのも好きだ。

私は昔からずっと旅人の気質があって、アウトサイダーで、孤独だった。今でも私は女性と関わっていなければ、誰ともひとことも何も話さないで何日も過ごす。

私は人が嫌いではないのだが、表側の社会はドロップアウトした人間にはとても冷たい。東南アジアの売春する女性と縁が切れない男であればなおさら誰も関わってくれない。

まともな経歴を持った人は、私との関わりを避けて当然だ。誰がアンダーグラウンドの人間と付き合うというのか。売春する女性が心から好きだという男に誰が好意を持つというのか。

若い頃に売春地帯に溺れて表側の人たちと感覚が合わなくなったのに気付いた後、私は自ら知り合いを断ち切った。

以来、私はひとりも友人がいないまま数十年を過ごすことになって今に至っている。私の本質は何も変わっていない。私は相変わらず社会と乖離して孤独だ。






2017-06-18

この動画の老人が若い女性と性行為して手に入れたいもの

インドネシアで高齢の華僑の老人がビデオをセットして若いインドネシア女性の愛人との性行為を撮った粗い動画がインターネットに流出している。

当然だが、この高齢層は大批判にさらされている。

インドネシアは文化的にセックス産業に対しては大目に見ている国なのだが、それでもイスラムを国教に採用しているのを見ても分かる通り、比較的保守的な風土がある。

そんな中で、華僑の高齢の男が若い女性を囲って性行為を記録するのだから、普通の人たちにとってはかなりの衝撃だ。

「そんな歳になって自分と若い女性との性行為を動画に撮ってどうするのか」という批判もあれば、「そんな歳になってもまだ若い女性を抱きたいのか?」という批判もある。

ほとんどが、若い女性の身体を貪る高齢の男の姿に嫌悪感を持っているのがその批判を見て分かる。

ところで、この華僑の老人が快楽を求めるために若い女性と性行為をしているのは間違いない事実なのだが、実はこの老人が求めていたのは快楽だけではなかったかもしれない。

この動画の老人が、若い女性と性行為して手に入ると思っているものは何だったのか。



 


2017-05-18

プノンペンのかつての売春地帯はもう行っても仕方がない

そこには行きたい気持ちがあったが、行きたくない気持ちも同時にあった。

70ストリート……。

私にとってプノンペンの70ストリートはとても特別な場所であり、特別な想い出に満ちている。

かつてこの場所は舗装されていない道と、沼地とスラムとバラック小屋が林立する凄まじいまでの売春ストリートが続いていて、東南アジアのダークサイドとはどんなところなのかを具現化したような場所だったのだ。

しかし、2004年にはすでにこの場所はどんどん再開発が進んでいて、もはや紅土が舞い上がる道も舗装され、さらにバラック小屋の多くは取り壊されて新しい建物に取り変わって光景は移ろいでいた。

今日、意を決してモトバイクの運転手に「70ストリートに行きたい」と告げて連れて行ってもらったが、私の最悪の予感は的中していた。

「ここだ」と言われた場所で止められたとき、私はその何の変哲もないプノンペンの道路の端で途方に暮れた。そこは私がまったく知らない場所になっていた。



 


2017-05-16

13年ぶりに悪徳の地プノンペンの空気を吸いたいと思った

久しぶりにカンボジアの首都プノンペンにいる。

カンボジアは私が東南アジアの中で最も好きだった国でもある。書籍『ブラックアジア第一部』でも、電子書籍での小説『スワイパー1999』もカンボジアが舞台だ。

1990年代から2001年頃まで、私はカンボジアに夢中だったと言っても過言ではない。ブラックアジアはカンボジアの売春地帯を描写するために生まれたサイトでもあった。

しかし、私が最後にカンボジアに行ったのが2004年頃だったので、もう13年もカンボジアとはご無沙汰になっているということになる。

カンボジアはこの10年が大きな経済発展を遂げる時代となったのだが、私はそれを見ないままカンボジアを捨てた。

東南アジアの原点のような雰囲気を残したカンボジアを、私が大好きだったにも関わらず、この国を意識して避けていたのは、大きな理由があったからだ。



 


2017-04-22

売春宿。私が寝泊まりしてきた東南アジアの売春宿の部屋

普通の人は売春地帯には近寄らないし、まして売春宿に泊まることもないので、ひとことで「売春宿」と言ってもどんなところなのか、想像すらもできない人の方が大半だ。

売春宿は、狭く、古く、殺伐として薄汚れているところが多いのだが、こういった場所は写真を撮るところではないので、ほとんどは記録に残らない。

私も数千以上もの売春宿の部屋に転がり込んでいるはずだが、その部屋を写真に残したというのはほとんどない。そんなことをしたら宿の経営者がやってきてカメラを壊されるか、私自身が叩きのめされて放り出されるのがオチだ。

売春ビジネスは当局の規制の対象であり、業者も女性も記録に残されるのを嫌うわけで、本来であれば写真を撮ってはいけない場所である。

だから、売春宿の記録はほとんど残らない。

しかし、そうは言ってもたまたま部屋に放り込まれて女性がくるまで時間が余っていたりすることもあるし、ごくたまに写真を撮られるのが好きで好きで仕方がない女性がいたりして、偶然に写真が残せるケースもある。

そうした写真がたまに残ると、後で写真を見つめてしみじみとその時の光景を思い出すこともできるようになる。「たまたま」手元にある売春宿とは、どんなところなのか。いくつかの写真を紹介してみたい。



 


2017-04-17

東南アジアでは、猫も犬も旅人のようにウロウロしている

東南アジアをウロウロしていると、犬や猫にもよく出会う。私自身はまったく小動物には関心がないのだが、やはり動いている動物を見ると、何となく写真を撮ってしまったりする。

昔の写真を振り返って見ると、ところどころに犬と猫の写真などが散らばっていたので、少しだけ抜粋してみた。

東南アジアの犬や猫は基本的に放し飼いであったり、野良であったりするので、生きていくのは大変みたいで猫も痩せ細っていることが多い。

確かに猫は可愛がられているのだが、基本的には「居つくのも自由、去るのも自由」のスタンスで飼っているように見える。東南アジアの家は開放的な作りになっているので、室内から小動物を出さないことが物理的に難しい。

そのため、犬も猫も自由に外を出入りして、野良猫のような、飼い猫のようなスタンスになっていくようだ。

だからなのか、怪我をしても病気をしても人間が獣医に連れていって世話をするということはなく、皮膚病の猫もそのまま放置されている。

犬も猫も、日本よりも生きていくのが大変なのかもしれない。







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