ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆危険で異常な精神病質者が、あなたの隣にいるかもしれない ◆少女だけではない。少年もまた闇でレイプされ続けている ◆日本女性の死因は15歳〜34歳まで自殺がトップという現実 ◆必死になって自己主張をするインドの売春女性に学ぶこと
◆記憶や、恐怖を消す。地獄のような世の中で望まれている新薬 ◆イスラム国。13歳の少女を性奴隷。奴隷市場で10ドルから ◆セックスの流出がどんどんスケールアップして止まらない ◆麻薬組織と対立した女性弁護士の、バラバラにされた身体

BLACKASIA - www.bllackz.net

2017-09-26

1970年代のベトナムと、当時の売春地帯と女性たちの光景

現在のタイの歓楽街、パッポン、ナナ、テルメ、ソイ・カウボーイ、そしてパタヤの原型は1970年代のベトナム戦争によって作られた。(パッポン。ベトナム戦争が作り上げたアジア最大の歓楽地

ベトナムとカンボジアは共産主義の猛威に席巻されていたが、タイは明確にアメリカ陣営であり、当時のタイ軍事政権はタイ全土にアメリカ軍に後方基地を提供し、空港を使うことを許可した。

だから、アメリカ軍はサイゴンに拠点があったのと同時に、タイにも数多くの拠点を持っていた。この拠点の周囲に売春地帯ができあがったのだ。

これらの売春地帯は元々、前線から降りてきたアメリカ兵のための娯楽施設(レクリエーションセンター)として作られたものだった。

いつ終わるとも分からない戦争で、数万人もの若いアメリカ兵が東南アジアに釘付けになっており、彼らのフラストレーションを何とか収める必要があった。アルコールとセックスは、娯楽施設には欠かせないものだったのだ。

アメリカは戦争に負けたのでサイゴンの娯楽施設(レクリエーションセンター)はすべて駆逐されてしまったのだが、タイでは残った。それが、今の歓楽街の元になっている。

ところで、消えてしまった幻のサイゴン売春地帯はどんなもので、どのような雰囲気だったのか。こんなものだった。



 


2017-08-28

オッキー・メイルの身体でこの国の女性のセクシーさを知れ

インドネシア女性の特徴は褐色の肌と、とても大きな目と華奢な身体だ。彼女たちは東南アジアの女性の中でもダントツの美しさを持っているのに、あまり評価されていない。

タイやカンボジアやベトナムの女性が好きな男たちも、あまりインドネシアの女性の話はしない。

それは、インドネシアという国はイスラム教を国教としており、ジルバブを付けている女性たちをイメージするからに違いない。確かにジルバブをつけた女性も多い。

インドネシアのジルバブは華やかで、とても女性らしい色合いや優しさに溢れているので私は好きだ。(ジルバブをつけたインドネシアの女性たちはとても華やか

しかし、そうは言ってもジルバブでセクシーを感じるのは少々難しいという現実もある。だから、東南アジアの女性が好きな男たちでも、あまりインドネシアには食指を動かさない。みんなジルバブなのかと思ってしまうのかもしれない。

それは、誤解だ。知っている人は知っているが、インドネシア女性はすべてがジルバブをつけているわけではないし、みんな品行方正でもない。

インドネシア女性は東南アジアの他のどの国の女性にも増してエロチックだし、セックスにも積極的だし、とても深い愛情を見せてくれる。



 


2017-07-25

【投稿】日本人が知らない雲南省河口・ラオカイ売春地帯

(読者ガウ氏より、投稿を頂いております)

ガウ氏には、以前にもこの地区のレポートを頂いております。河口(ハーコウ)の人肉市場の記事です。(河口『人肉市場』。知られざる売春地帯を読者が写真に

今回、河口(ハーコウ)と共に国境を接するベトナム側のラオカイの方の写真も頂きました。

河口(ハーコウ)=中国雲南省。
ラオカイ=ベトナム・ラオカイ省。

(場所を確認する)

私自身は諸般の事情で、中国共産党が政権を執っている間は中国には訪れる予定はいっさいありませんが、しがらみのない男たちにとってはこの河口は旬の人肉市場=売春地帯であると言えます。

日本人が訪れるにはなかなか根性がいるこの秘された売春地帯をレポートして下さったガウ氏に感謝します。



 


2017-06-16

ほどよい無法地帯が生まれたら、やがてハイエナも現れる

東欧の女性が放り込まれている場末の売春宿というのは、女性がアルコールとドラッグで精神を麻痺された中、次から次へとやってくる男たちに、ひたすら抱かれ続けていくという殺伐としたものだった。(この殺伐とした売春宿の動画を見れば最底辺の地獄が分かる

貧困が拡散し、格差が広がり、政治家や警察が腐敗し、国家運営がうまく機能していない国がある。こうした「失敗国家」は世界中の棲息するハイエナに目をつけられる。

ここで言うハイエナとは動物のハイエナではない。麻薬や売春や退廃を求めて世界各国をさまよう男たちのことである。世の中には、そうした男たちの一群が存在するのである。

動物のハイエナは腐肉を食らう。それと同じく世の中には「社会矛盾」を嗅いで退廃を食らう男たちが存在する。

普通、国家運営に失敗し、破綻し、めちゃくちゃになった国家に行きたいと思う人はいない。

しかし、そこにドラッグや売春(セックス)が湧き出てくれば、そんな退廃を嗅ぎつけて寄って来る人間が出てくる。退廃と堕落と無法の自由を求めている闇の男たち。ハイエナと呼ばれる男たち……。



 


2017-05-25

東南アジアでレンタルバイク、保険もなく事故を起こした女性

閲覧注意
ジェニー・エヴァンスという22歳のイギリス人の女性は東南アジアを回る冒険旅行に出た。数年かけて、可能な限りたくさんの旅をするスケジュールだった。

彼女はベトナムを訪れ、次にタイに入った。タイで彼女が辿り着いたのは、セックスとビーチとマリファナの楽園、パンガン島である。

かつてはサムイ島がこの手の欧米人(ファラン)を呼び寄せていたが、サムイ島に空港ができて普通の観光客が増えるようになると、ドラッグが好きなファランたちはサムイ島を避けてパンガン島に移るようになっていった。

そして今、パンガン島は「少しいけない冒険」を求めるファランたちの楽園となったのだった。

ジェニー・エヴァンスもまたパンガン島にやってきて、アドベンチャーを満喫していた。パンガン島にはたくさんの自然が残り、美しいビーチがあり山がある。彼女は島でレンタルバイクを借りてパンガンを巡った。

しかし、大変なことが起きた。

彼女はバイクで転倒し、右足にひどい傷を負った。膝から下が30センチ以上に渡って肉がえぐれ、筋肉がちぎれ、骨が剥き出しになるような凄まじいものだった。






2017-05-20

現代プノンペンの姿を大量の写真で一挙に見る(昼間編)

カンボジアが成長期に入っているというのは、ストリートをうろつき回れば本当によく実感できる。

古い建物がどんどん取り壊され、新しい建物がどんどん建つ。そればかりか、今まで沼地や畑だったところが埋め立てられ、新しい土地、新しい道が生み出されて、高速道路も建設途中にある。プノンペンが「拡大」しているのが見て取れる。

街がぐんぐんと成長し、活気に溢れ、躍動している。これは1980年代後半に私がタイで見たのとまったく同じ光景だ。

まずは首都プノンペンが新しく作り替えられ、たくさんの仕事を生み出し、地方の人たちが仕事を求めて都市に流入し、新しいアパートがどんどん建設され、地方との格差を拡大させていきながら、プノンペンは可能な限り膨張していく。

現在はその過程にある。

だから、現在のプノンペンは古いものの隣に新しいものがあり、新興区画と共に旧区画がある。旧区画は誰かが住み、誰かが土地を売ったり立て替えたりするのを拒絶するので変わりにくいが、もともと何もないところは変わりやすい。

そんな変わりゆくプノンペンの現在の姿を写真に収めた。現代のプノンペンがどうなっているのか、街を駆けずり回りながらたくさんの写真に収めてみた。



 


2017-05-19

「あなたの名前は岡本よ」と2015年に言われたかった理由

カンボジア・プノンペンの136ストリートには、今や数多くのガールズ・バーがひしめいており、それがプノンペンの歓楽街の中心となっている。

それぞれの店が女性を常時10人から20人ほど用意して中には24時間営業で女性をシフトさせながら営業している店もあって、それぞれに欧米人の客が入っている。

どこの店も店頭に数人の女性が客寄せしており、その声に釣られて店の中に入ると、大勢の女性が顔見せにやってくる。

そして男は気に入った女性をひとり選んで談笑したり軽いスキンシップをしながら会話し、気に入ったらペイバーするし、合わないと思ったらひとりでバーを出る。

この日、私は適当なバーに入って席に着いたのだが、この時5人ほどの女性がやってきて、ひとりの20代半ばの化粧の濃い女性が「どこから来たの?」と尋ねた。

「日本から」と答えると、彼女は「オー、ジャポンね。私、あなたの名前を知ってるわ。岡本でしょ。あなたの名前は岡本よ」と言って明るく笑うのだった。

いきなり「岡本」と言われて驚き「どうして岡本なの?」と私は彼女に尋ねてみる。



 


2017-05-16

13年ぶりに悪徳の地プノンペンの空気を吸いたいと思った

久しぶりにカンボジアの首都プノンペンにいる。

カンボジアは私が東南アジアの中で最も好きだった国でもある。書籍『ブラックアジア第一部』でも、電子書籍での小説『スワイパー1999』もカンボジアが舞台だ。

1990年代から2001年頃まで、私はカンボジアに夢中だったと言っても過言ではない。ブラックアジアはカンボジアの売春地帯を描写するために生まれたサイトでもあった。

しかし、私が最後にカンボジアに行ったのが2004年頃だったので、もう13年もカンボジアとはご無沙汰になっているということになる。

カンボジアはこの10年が大きな経済発展を遂げる時代となったのだが、私はそれを見ないままカンボジアを捨てた。

東南アジアの原点のような雰囲気を残したカンボジアを、私が大好きだったにも関わらず、この国を意識して避けていたのは、大きな理由があったからだ。



 



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