ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆伝説の映画『エマニエル夫人』に仕掛けられていたものとは? ◆阿部定(さだ)事件。彼女は、どこから来た女だったのか? ◆あの「クリスチーネF」が、今も生きていることを知った ◆途上国特有のトラブル満載のバングラデシュに戻りたい理由
◆溜め息をつくしかない。あまりにも美しすぎるシリア女性 ◆エイズ患者の「道連れのための性行為」で300人以上が被害に ◆何が足や靴のニオイにこだわるフェティストを生み出したか ◆冷気茶室。男の天国、女の地獄と呼ばれた、バンコクの魔窟』

BLACKASIA - www.bllackz.net

2017-02-04

プノンペンあやしい掲示板の「井上一世」氏が死んでいた

昨年だったが、風の噂で「盲目の井上さんという人がプノンペンで極貧生活をしている。ご存知ですか?」という話を人づてに聞いたことがあった。

盲目の日本人は知らないし深い関心もなかったので、そのまま記憶の外に消えてしまった。私が関心を持っているのは東南アジアの女性であって日本人の男ではない。

ところが最近になって、「数ヶ月前にこの人が死んだ」ということを今度は別の人に聞かされた。

インターネットを見てみると、クーロン黒沢氏がさかんに取り上げているのだが、彼の文章を読むとこの井上氏はかつてプノンペンの売春地帯の掲示板を作っていた男だったということに気付いた。

彼とは何度かメールのやり取りをしたが、ブラックアジアに載せていた地図を彼の掲示板に掲載したいという内容のものだった。私は了承して、彼はそれを自分のサイトに取り込んだ。

文面はとても真面目で、アンダーグラウンドの世界にいる男ではあったが、礼儀正しさや謙遜をきちんと持ち合わせていて、表社会の人が東南アジアの真夜中に飛び込んでいったという背景が垣間見えた。

カンボジアについては、私自身はすでに2001年には完全に撤退していた。カンボジアという国自体は好きだったが、この国の当時の売春地帯には大きな問題点があった。



 


2016-12-16

性奴隷と人身売買にシリアの少女が巻き込まれ続けている

閲覧注意
2011年に起きた「アラブの春」による民主化運動は、中東と北アフリカの多くの国を破壊したのだが、それはやがてシリアに飛び火してシリア国内は巨大な殺戮の大地と化した。

何もしないアメリカの大統領バラック・オバマ政権は親ロシアのアサド政権をよく思っておらず、この政権を打倒しようと画策していたが、アサドは粘った。

そのためにバラック・オバマ政権は反政府組織に金と武器を大量に流し込んだのだが、その結果生まれたのが狂気の殺戮集団ISIS(イスラム国)だった。

住民虐殺、テロ、斬首、拷問、性奴隷……。

ありとあらゆる暴虐を尽くしてシリア・イラクを暴力の渦に巻き込んだこの超暴力武装組織は今もまだ壊滅しておらず、勢力を急激に減らしながらもまだ存続している。

2016年12月、いよいよアサド政権は廃墟と化したアレッポの制圧に成功した。しかし、数年に及ぶ内戦と爆撃によってシリア最大の都市であるアレッポは壮大に破壊されており、もはや再建は不可能になっている。

戦闘もまだ終わったわけではない。シリア中部のパルミラは今もまだ反政府組織に占拠された状態であり、内戦はこれからも続くのである。



 


2016-06-16

「膣でタバコを吸う女」はもうタイから消えたと思ったが

1970年以降、ベトナム戦争が激しくなるにつれてアメリカから大量の兵士が東南アジアに送られていった。

しかし、ベトナム戦争に送られたアメリカ軍の兵士は全員最前線にいたのではなく、ローテーションを組んで戦う兵士と休ませる兵士を交替させていた。

ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)の兵士は1年365日24時間、戦争から逃れられなかったが、アメリカ兵は一定期間戦うと、きちんと休みがもらえた。

東南アジアで兵士が安心して休め、何かあればすぐに前線に戻れる地として最も使われたのがタイである。そのため、タイの歓楽街はベトナム戦争景気に沸いて、多くの貧困女性がバーになだれ込んでアメリカ軍兵士を慰安した。

それが東南アジア最大の歓楽街として長らく君臨したパッポンであり、パタヤだった。(パッポン。ベトナム戦争が作り上げたアジア最大の歓楽地

1970年代のパッポンはゴーゴーバーが林立し、女性が半裸になって踊り狂っていたのだが、それだけでなく、「ショー・バー」や「ライブ・バー」も隆盛を迎えるようになった。

その中に、「スモーク・ショー」というものもあった。これはいったい何だったのか。



 


2016-05-26

松原輝明。タイ・チェンマイで少年に猥褻行為をして逮捕

2016年5月25日、タイのチェンマイで49歳の日本人がDSI(タイ法務省特別犯罪捜査局)に逮捕されている。

パスポートからの情報では、この男は北海道出で名前は「松原輝明」という。

15歳未満の少年たちに猥褻な行為をしたり、少年たちの裸の写真をパソコンに保管したりしていたという。松原輝明は何度もタイに入出国を繰り返してチェンマイのゲストハウスに滞在し、そこで少年たちと一緒にいたようだ。

彼の泊まったゲストハウスは、チェンマイ南部のハイヤ(Hai Ya)通りに面したところにあり、そのゲストハウスの1階103号室に潜んでいた。

逮捕されたのは25日の早朝だったが、松原輝明のアパートには2人の少年がいて彼らも一緒に保護されている。

逮捕に動いたのは現地警察ではなく、DSIと呼ばれる「特別」犯罪捜査局だが、DSIが動いていたということは、松原輝明の正体はすでに割れており、監視されていたということだ。

内偵の中で確実に逮捕に踏み切れると分かった段階で「現行犯逮捕」され、パソコンもスマートフォンも押収されて証拠を押さえられているのでもう逃げられない。



 


2015-11-07

未成年の少女を売買する事件が、再び世界中で増えている

2015年6月18日、タイ・バンコクの売春地帯ソイ・カウボーイのバーで、16歳と17歳の少女を働かせて売春させていたとして警察に摘発されて店長が逮捕されている。

ソイ・カウボーイでは2年前に11歳の少女を売春させていたカンボジア女性が逮捕されていたが、スクンビット通りではたまに路上でどう見ても未成年にしか見えない少女が立っていたりするのは誰でも知っている。

2015年8月には、22歳の女性が未成年少女を集めて売春させていたとして摘発され、2015年9月にはサムイ島のマッサージ店で未成年(16歳)に売春の仕事をさせていたとして42歳の経営者が逮捕されている。

現在のタイで、売春ビジネスの中心地となりつつあるパタヤも、2015年10月にビーチロードで売春ビジネスをしていた未成年の少女が摘発されたばかりだ。

こうした事件を見ても分かる通り、売春ビジネスと未成年の悪しき関係は、ずいぶん厳しくなったタイでも根絶できていないことが分かる。

タイだけではない。世界中の売春地帯で未成年の少女たちが、まるで当たり前のように売春ビジネスをしている。日本でも、出会い系で未成年少女が身体を売っているが、アメリカでもカナダでも未成年の売春は常に社会問題の種だ。

最近ではアメリカのノースカロライナ州に住んでいた75歳の白人の男が、未成年の売春に手を出したとして逮捕状が出されているのだが、この男はパナマからコスタリカ、韓国からタイへと世界中を逃げ回ってFBIに追いかけられている。現在、この75歳の男はタイに潜伏しており、タイ警察が調査に入っているところだ。



 


2015-09-25

ケニア「モンバサ」が抱える少女売春とは別の闇とは何か?

アフリカ・ケニアの「モンバサ」は、人口は約90万人の都市だが、この都市はアフリカ有数の湾岸都市として知られており、交通の要所でもある。

ビジネスも活発で、街並みも整備されていて多くのアフリカ系ビジネスマンが集まっている。

しかし、同時にここは北から南にひたすら長い海岸線が続いており、ホワイトサンドと椰子と美しい海が広がるアフリカ屈指のビーチ・リゾートとしても存在している。

ここは年間200万人の欧米人が訪れるアフリカ有数の「ビーチ」なのだ。実は数年前まで、アジアのカンボジアと並んで、最も少女売春が多い場所としてモンバサは知られていた。

白人たちのペドフィリア(幼児性愛者)の目に余る「少女買い」が問題になって、モンバサのどこのホテルも少女を連れた観光客をフロントで拒否するようになったと言われている。

しかし、実体は相場が上がって地下に潜っただけで、一部のホテルではむしろ少女連れ込み宿のようになっている。

さらに、一部のペドフィリアたちは隣国ウガンダにも流れていった。(ウガンダで逮捕されたロリコン教師が危機感を喪失した理由

ひとことで言えば、モンバサというのは、そういう違法がまかり通る場所で、ありとあらゆるセックスが満ち溢れているビーチだと考えてもいい。そして、セックスと言えば、ここにはもうひとつの「闇」がある。



 


2015-04-09

高島雄平。1万2000人と関係し、14万枚の画像を残した男

高島雄平という64歳の男が未成年とのわいせつ行為で逮捕されている。この男は1987年に教師としてフィリピンに赴任して3年を過ごし、その後ずっとフィリピンの女性と闇で関わり続けてきたようだ。

律儀な性格だったようで、自分の抱いたフィリピン女性をずっと写真や動画に記録に残していて、それが約14万枚、人数にして1万2000人という膨大な数となっていた。

高島雄平は児童売春で逮捕されているので、当初は1万2000人がすべて少女だったのかと思われた。しかし、少女は1割ほどで、残りはすべて成人、中には70歳ほどの高齢者の女性も相手にしていたという。

そうは言っても、1万2000人とは尋常ではない。

売春ビジネスのプロの女性であっても、この1万2000人の男と関わるには相当な年月と根気がいると思うが、この男はそれを成し遂げている。

その数字を聞いて一般人は驚いているが、私はすぐに「なるほど、あれか」と思いついた。尋常ではないが、28年かけられるのであれば、決して不可能ではない。



 


2015-04-06

タクシン、9.11。2001年のタイ売春地帯で何が起きていたか

タイは今でも「快楽の地」であるのは間違いない。ブラジル、コロンビア、スペインと並んで、タイの歓楽街にはアルコールとセックスが満ち溢れている。

このタイの売春地帯が最大の危機に陥ったのが2001年だった。

この頃、タイは覚醒剤(ヤーバー)の蔓延と、東南アジア最大のセックス観光地という汚名は広がるばかりだった。

タイの売春地帯は、パッポンからスクンビットのナナ地区、そしてパタヤにまで広大に点在していた。

さらに北部チェンマイ・チェンライでは児童売春までが行われていた。この歓楽街を通してドラッグも、白昼堂々と売買されていた。

そこで、この2つを同時に払拭するため、時のタクシン・シナワット首相は、「ドラッグとセックスをタイから追放する」と宣言したのだった。

これが、数年に渡ってタイ歓楽街を震撼させる事態となっていった。幸いにしてこの試みは挫折したが、2001年のタクシン政権の試みが成功していたら、今はもうタイの歓楽街はきれいに消えてしまっていたかもしれない。

そんな事態が、2001年に起きていた。







お願い

  • ブラックアジア本文の全面転載は、いかなる理由があってもお断りします。
  • 本文の舞台、参考になる写真がありましたら、提供いただければ嬉しく思います。感想やご意見も、お待ちしております。趣旨に合うものについては、積極的に反映していきたいと考えております。(メールはこちら