ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆日本女性に「セックス産業の知識」が必須になる理由とは ◆チェチェン。一般女性を拘束、全裸にして虐待する治安部隊 ◆1950年代の女性たちの肉体は、今よりもずっと自然に感じる ◆16歳の少女を猟奇殺人に追いやったのが家族の崩壊だった
◆いよいよシリアでも女性が組織的なレイプの犠牲になり始めた ◆少女を狙っているのはロリコンばかりではないという現実 ◆マレーシアで起きた下着泥棒の制裁は当然だと許容された ◆覚醒剤(ヤーバー)中毒で死んだ、タイの2人の売春女性

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2018-03-18

人々が何を信じても構わないが、私は宗教を意識的に避けた

地下鉄サリン事件を引き起こした宗教集団オウム真理教の裁判がすべて終わり、死刑が予定されている信者たちがそれぞれ別々の刑務所に移送されていく動きがあった。

死者13名、被害者6300人を出した地下鉄サリン事件は、日本人にとって忌まわしい事件である。首都圏に住んでいる人たちや都内で働いている人たちにとって、あの日どこで何をしていたのか誰もが覚えているはずだ。

私自身はタイから戻ってきていたのだが、あの日の朝は表参道に用があってそこに向かっていたところだった。途中で電車が止まったので歩いて目的地に行った。

歩いている途中で次の駅の入口が見えたが、そこでも電車に乗れない人がいて「何が起きたのか?」と駅員に詰め寄っていた。駅員は「どこか爆発した」「煙が充満している」と言っていた。

事件が起きた当初、現場でも「何が起きていたのか」は分かっていなかった。これが日本史上最悪の有毒ガスを使ったテロ事件であるとは誰が想像しただろうか。

この犯罪教団は、その残党がアレフという名前に改称して現在も活動を続けている。

最近、麻原彰晃の娘がマスコミに出てきて「教団の教えは信仰というより文化だった」と発言している。宗教は、文化にまで落とし込めば人の思想や生き方を強く支配し、そこから逃れられなくなるのが分かる。(鈴木傾城)






2018-01-30

平和や愛を説いている宗教が大量殺戮を生み出す皮肉な現実

アメリカの調査機関ピュー・リサーチ・センターは、2015年に世界人口における宗教人口の変動を予測した結果、今のままで推移すると、2100年にはイスラム教徒が最大勢力になると報告した。 

人口の35%はイスラム教徒になる。イスラム教徒と言えば、私たちは中東・北アフリカをイメージするが、世界最大のイスラム人口を抱えているのはインドネシアである。

今後はインドも巨大なイスラム人口を抱えることになるのが分かっている。アジアもまたイスラム人口で覆い尽くされていくことになる。

この予測は実は2008年頃にカトリック総本山のバチカンでも統計年鑑で示されていたことである。今後はキリスト教徒も全体数として増えるのだが、イスラム教徒の方が多産なので人口で完全に抜かれるのである。

この科学万能時代に宗教人口が増えるというのも興味深いが、どんなに科学が発達しても人々は神を捨てることはない。

私は無宗教を通り越して確信的な無神論者だが、私のような無神論者は全世界の人口から見ると2.2%でしかなく、完全に少数派(マイノリティー)である。

人類の70%がキリスト教・イスラム教・ヒンズー教・仏教のいずれかを信じている。(鈴木傾城)






2017-08-08

優しい人を踏みにじりながら天国を求める人間の矛盾と傲慢

優しい性格の人と一緒にいると心が洗われる。優しい人と一緒にいると、とても安心できる。その優しさは殺伐とした社会だからこそ貴重でもある。

ところが、このような人たちは往々にして社会の犠牲になる。なぜなら、社会は優しくないからである。この世には強欲で、自己中心的で、粗野で、暴力的で、他人を踏みにじっても何とも思わない人たちがサメのように旋回している。

そして、優しい人の優しさに付け入って、自分の都合の良いように徹底収奪していくのである。優しい人は食い散らかされていくと言っても過言ではない。

その光景は残酷だ。優しい人は、社会に無理難題を押しつけられても拒絶できない。優しい人は、強欲な人に何かを頼まれたら断れない。優しい人は、相手が悪意を持っていると分かっていても拒絶できない。

優しさは、そうやって優しさに重きを持たない人に容易に踏みにじられて使い捨てにされる。

しかし、優しい人は優しいがゆえに自分が社会の犠牲になったことを声高に叫ぶことはないし、謝罪しろ賠償しろと相手にねじ込むこともない。相手に配慮する優しさがあるので、その優しさに自分が潰されていく。



 


2016-12-04

平等は存在しない。しかし、全人類は「四苦」で平等となる

凄まじい資産を持つ超富裕層と私たちには経済格差がある。埋めがたい格差だ。彼らは最上位であり、99%の層は格差の下にある。彼らと私たちは資本主義社会の中では平等ではない。

資本主義の中では、いかに税制を変えようと、いかに社会福祉を充実させようと、この経済格差は絶対に埋めることができない。平等な社会は絶対に生み出せない。

それでは社会主義や共産主義が平等な社会を生み出せたのかと言えば、まったくそうではない。それはソビエト連邦時代の各国々や、毛沢東時代の中国を見ても分かる。

人間が制度を運営する限り、既得権益に授かれる一部の人間が私腹を肥やすことができるようになり、彼らがいかなる主義の中でも裕福になっていく。

そこから平等を生み出すというのは不可能に近い。

すでに現代社会は「平等」を生み出すことはできない。明確な身分制度は消えたかも知れないが、経済格差は新たな階級を生み出しており、金持ちが優遇されて貧困層が不遇に堕ちる社会は相変わらず続いていく。

平等というのは、絵空事であり、理想である。しかし、それでも実は「私たちはすでに平等である」と悟った人間がいる。超富裕層と極貧層が「平等である」と言えば、私たちは驚くしかないが、いったいどういうことなのだろうか。



 


2016-04-04

むごたらしく殺されて心臓を奪われた少女の裏に広がる闇

閲覧注意
ナイジェリアのNGO団体のひとつに「アフリカン・エイド教育開発援助基金」というものがある。

このNGO団体に所属する女性アンジャ・リングレン・ローベンは、ナイジェリアのある市場でひとりの2歳になる男の子を助けたという。

この子は親に捨てられていた。なぜか。生まれたこの子は「黒魔術師だ」と村人に認定されて、この子の親もそれを信じて捨てたというのである。

ナイジェリアでは今も「黒魔術(ブラック・マジック)」が信じられている。魔術師は人々に呪いをかけて不幸に突き落としたり、人を動物に変えたりするという。また、死んだ人を生き返すという魔術も信じられている。

この死者生還(ゾンビ)の伝説はヴードゥー教と呼ばれる宗教から来ているのだが、このヴードゥー教の発祥はベナンという西アフリカの国である。

このベナンこそがナイジェリアの隣国であり、そのためにナイジェリアでもヴードゥー教に非常に近い原始的なアニミズムが定着し、黒魔術も今も現役で信じられ、凄まじい事件を起こしている。最近もむごたらしい事件が発覚した。



 


2015-10-07

ヒンドゥー教の預言。労働者の時代が終われば次は何か?

年末にインドに行くと、街中の露店がいっせいにカレンダーを売り出しているのを見かける。

そのカレンダーにはボリウッドの美人女優の顔が並んでいることもあるが、最も多いのは神々を描いたものである。

ヒンドゥー教のシヴァ神、象神ガネーシャ、あるいはラクシュミー、ハヌマーン等の神々が描かれ、飾られているので、まるで露店が神々の祭典のように見える。

インドでは今も祭壇に夕方のある時間になると人々が集まって一心不乱に祈念している姿もある。

昼間の何気ない時間でも、街のあちこちにある祭壇にごく普通の会社勤めと思われる男性が足を止めて手を合わせてから去っていく姿を見かける。

スラムに住む貧しい女性の部屋に行くと、どの女性の部屋にもドアの上や壁の目立つところにシヴァのポスターがうやうやしく飾られている。



 


2015-08-19

「レイプは神への祈り」と言って性奴隷を陵辱するISIS

イラク・シリアの広大な土地を暴力で覆い尽くしているISISは、その指導者の半分を失いながらも、組織は壊滅することなく動いている。

アメリカの度重なる空爆、トルコやヨルダンの参戦、イランにも軍事支援されるイラク軍、アサド軍、グルド人兵士などが四方からISISを追い詰めていくのだが、そのどれもが決定打に欠けてISISを壊滅させることができない。

ISISの暴力主義に惹かれて、世界中の多くの国のムスリム(イスラム教徒)が次々とISISの組織に加わっていく。

ISISにはイスラムの大義はない。そこにあるのは殺戮と暴力とレイプである。最近、ISISのレイプがいよいよ組織的に、そして全土に蔓延するようになっていることが知られるようになっている。

ISISの指導者であるアブバクル・バグダディはレイプを「神に近づく行為」として奨励し、自らもアメリカ人の人質の女性を何度もレイプしていたという。

ISISは「セックス奴隷制度」を作り上げ、性奴隷を売買する市場も作り、暴虐の限りを尽くしている。いったい、どのような状況になっているのか。



 


2015-08-19

宗教戦争は終わらず、繰り返し凄惨な暴力を生み出していく

ある美しいベンガル出身のインド女性が私に「ダッカ(バングラデシュ首都)にも兄弟がいてビジネスをしている」と言った。

そのときに、私はすぐにバングラデシュがイスラム教国であることを思い出して、彼女に「あなたのファミリーはムスリム(イスラム教徒)ですか?」と尋ねたことがあった。

その瞬間、柔和に笑っていた彼女の表情が強ばった。そして、強い調子で「ノー」と否定した。

たとえ勘違いでも冗談でも、自分をイスラム教徒として見るのは許さない、という非常に強い決意がそこにあった。

部外者からみれば、それは怒るようなことでもない何気ないひとことのように思うが、恐らく彼女にとっては信じられないほどぶしつけな誤解であり、質問だったのだろう。

もちろん、彼女はヒンドゥー教徒で、それも「生粋」のシヴァ信奉者だった。



 



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