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2018-02-17

脳裏の自分と昔の写真の自分が微妙に一致しない重大な理由

作家の太宰治は1948年に愛人とふたりで入水自殺した。後になって「本当は死にたくなかったのではないか、狂言のつもりが本当になったのではないか」と噂されるようになった。

なぜか。太宰治はそれまで何度も自殺未遂を繰り返したり、「死ぬ」とまわりに公言して大騒ぎを引き起こすが実際に死ななかったりしたからだ。

太宰治の生活の荒廃は学生時代からで、初めて自殺未遂を起こしたのは20歳の頃だった。作家としての才能は抜群にあったのだが、女癖が悪く、金遣いも荒く、気分の上昇や下降も激しい人物だった。

この太宰治は現代の医学用語で言うところの「境界性パーソナリティ障害」だったと指摘する医師も多い。太宰治の破滅的な行動がすべて「境界性パーソナリティ障害」に当てはまっているのである。

境界性パーソナリティ障害というのは、「ボーダーライン」とも呼ばれる。自分をしっかり持てない。自分が分からなくなるので不安になったり、思考が暴走したり、自己破壊衝動に見舞われたり、薬物に溺れたりする。

太宰治は何度も自殺未遂を繰り返し、薬物の依存症になり、セックスに溺れ、激しい感情の起伏に見舞われていた。つまり、太宰治は自分を見失っていた。

ところで、「自分を見失う」というのは、誰にとっても他人事ではない。正常な人でも、ふとしたことで自分を見失うことも長い人生の中では何度も訪れる。なぜか?

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2018-02-13

反対者をいちいち説得するより、賛同者を増やす方が効率的

ドナルド・トランプ大統領は、激しい言動に対する反撥に見舞われており、2017年7月には支持率が過去最低の36.9%を記録していた。しかし、最新のデータでは40%に上昇している。

トランプ大統領自身は特に何が変わったというわけではないのだが、賛同や批判は交互に揺れ動いてさまよっていく。相変わらずマスコミは総攻撃だが、トランプ大統領はまったく心が折れていない。まさに「我が道を往く」タイプである。

ところで、エイブラハム・リンカーンは、アメリカで最も偉大な大統領であると現在は言われている。

しかし、南北戦争での妥協を拒む姿勢や、強引な奴隷解放運動まで、存命中はありとあらゆる批判と中傷に巻き込まれて多くの人々から「憎悪されていた存在」であった。しかし、リンカーン大統領も我が道を往った。

ウィンストン・チャーチルも、イギリスをヒトラーから救った大政治家として名を残しているが、当時は毀誉褒貶の激しい人物で、任期中は凄まじいまでの批判が渦巻いていた。それでも自分の信じる道を突き進んだ。

マザー・テレサは、ヒンドゥー教の国であるインドでキリスト教の修道女として活動を初めた。ところが、最初は誤解されて「貧しい人たちを助けてキリスト教に洗脳している」として大批判されて警戒されていた。しかし、やはり自分を貫き、死去した時はインドで国葬になった。

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2018-02-11

なぜ「自分の過去を知る奴は死ね」と思う人間がいるのか?

恩を仇で返す人間が世の中にはいる。普通は、自分を助けてくれた人、優しくしてくれた人、不遇を救ってくれた人がいたら、大切にしようと思うはずだ。

あるいは、間違った生き方をしていた自分を更生してくれて、正しい道に引き戻してくれた人がいたら、大きな感謝を感じるはずだ。

ところが、恩を仇で返す人間は、自分を助けてくれた人間を破滅させたり、叩き落としたり、殺したりする。普通の人は理解不能だ。いったい、なぜこんなことになるのか。

その心理は難しくない。自己中心的で虚栄心の塊の人間は、苦境から脱すると、過去の自分の惨めな姿を知っている人間が邪魔に感じるのである。そして、このように思うのだ。

「自分の過去を知る奴は……、死ね」

自分の過去を知っている人間がいなくなったら、いくらでも過去を「脚色」できる。自分の都合の良いように自分の半生を書き換えることができる。



 


2018-02-06

人はなぜ「性格が合わない」相手を選んで失敗するのか?

総務省統計局のデータによると、2006年の離婚件数は25万7475件だった。2015年の離婚件数は22万6215件だった。この数字だけ見ると、離婚は減っているように見えるのだが、実際は婚姻件数が減っているので、「離婚件数が減った」ということにはならない。

離婚が年々減っているのか増えているのかを知るためには、婚姻件数と離婚件数の差を見て、それをパーセンテージで見なければならない。つまり離婚率を見る。

そうすると統計が出ているここ10年、日本における離婚率はだいたい35%前後で横ばいになっていることが分かってくる。

日本では「3組に1組は離婚する」と言われているが、ここ10年、本当に変わらずそうなのである。

では、離婚理由は何か。最高裁判所が開示する「平成27年度司法統計データ」によると、興味深いことに男女共に以下のものが第一位に来ている。

「性格が合わない」

二位以下は離婚理由が男性と女性が違うのだが、第一位の「性格が合わない」は圧倒的な件数で上がっており、いかに「赤の他人」と一緒に暮らすのが難しいのかが窺える。



 


2018-01-29

弱ければ弱いほど、守られるのではなく標的にされる世界

痴漢に被害に遭いやすいのは、派手な女性でも服装にだらしない女性でもない。

最もターゲットになるのは「地味で大人しく見える女性」だ。このことは以前に書いた。(痴漢をする人間は、一番最初に誰をターゲットに選ぶのか

痴漢をする男は、「地味で大人しい女性というのは、たぶん性格的に大人しいだろう」と一方的に考えて、そうした女性を好んでターゲットにする。つまり、弱い立場の女性の中でもさらに弱いタイプを狙っている。

性的犯罪者の中には、未成年の少女や幼女に性的関心を持って、いたずらをする男たちも多い。

ロリコンやペドフィリアと言われる男たちは、成人した女性とは対等に付き合うよりも、自分の言うことを強制できる少女や幼女を弄ぶ。

それはすなわち「女性の中で最も弱い立場」を狙っているということでもある。圧倒的に弱い存在の前では、相対的に圧倒的に強くなれるのだ。

大人しく見える女性だとか幼女が好きだという前に、彼女たちが「抵抗しないか、もしくはできない存在」であることを計算した上で、敢えてそうしたターゲットを狙う男も多い。

つまり、「弱い存在」を狙う。



 


2017-12-30

いつか判断ミスで窮地に堕ちるのは避けられないと覚悟する

生まれながらの貧困、不慮の事故、病気、深く長い不景気、国家破綻、内戦や戦争……。人間は自分の力ではどうにもならないことで人生が破綻してしまうこともある。

しかし、それだけではない。自分の人生を破壊するのは、まわりの環境だけでなく、実は「自分の判断」の積み重ねの結果でも起こり得る。

常識的に生きてきた人間の判断はだいたいは正しいことが多いのだが、それでも常に100%正しい判断ばかりを下せるわけではない。

すべての人間はどこかで判断を間違えて、自分で自分の人生に莫大な損害を与えることになる。自分の人生を追い詰めるのは、しばしば自分が下した自分の判断なのである。

たとえば、ギャンブルにのめり込む人は別に自分の人生を破壊しようと思ってのめり込んでいるのではない。むしろ、どん底の生活から逃れる唯一の方法としてそれにのめり込んでいる。

ちまちま働いていても現状は打破できない。しかし、ギャンブルで勝てば一発逆転できる。勝てば貧困から抜け出せる。勝てば借金も返せるし、欲しいものも買えるし、家賃も払えるし、食べたいものも食べられる。

勝てばすべてが解決すると考える。だから「勝つまでギャンブルをする」という判断をする。



 


2017-12-26

自分が認識できないまま自身を滅ぼしてしまう心の習慣とは

人は誰でも自分でまったく意識していないのに、無意識に同じ行動パターンを取ることが往々にしてある。

たとえばタバコを吸う人は、何らかの集中した意識が途切れたときに、自分でも気付かないうちにタバコを取り出して吸い出すことがある。

それは深い無意識で行われる。そのため、中には禁煙である場所でも、何の考えもなしにタバコを口にくわえてしまうことがある。

ほっとした余裕のある時間が持てたとき、つい食べ物に手を出す習慣を持つ人もいる。あるいは、喉が渇いていなくても何か飲み物を飲みたい人もいる。

金曜日の夜にいつも飲んだくれている人は、そうしようと思っていなくても、その日になれば無意識に酒場に寄って飲んだくれてしまうことがある。

人は誰でも生活の中で「無意識に同じ行動パターンを取る」ことが往々にしてあり、それを「習慣」と呼ぶ。

「いや、自分にはそんな習慣と呼ぶものはない」と言うのは、自分で気付いていない。他人が客観的に見れば、明らかにその人特有の無意識が次々と見つかる。



 


2017-12-14

その瞬間は短い時間であっても振り返ると永遠の時間になる

あくまでも私自身の感覚だが、時間的余裕のある時期と、余裕のない時期では、時間を捉える心理的感覚が違う。これは、ずっと昔に気付いたことだった。

たとえば、「時は流れる」という言葉がある。

この言葉は、自分の人生をゆっくりと振り返り、過去に想いを馳せ、懐かしい顔をひとりひとり思い出すことのできる時間的余裕のある時だけに感じることができる。

しかし、時間的余裕がまったくなくて、日々を生きるのに精一杯で過去を振り返る余裕などまったくない時期は、「時が流れた」という情緒的な感覚を持てない。

自分の意識の中で過去と現在が分断されている。多忙の中で過ごしている時、時間の感覚は情感的なものではないのだ。

「時は流れる」どころか、あっとう言う間に「消え去る」ものだと感じるようになっている。忙(いそがしい)という漢字は「心を亡くす」から来ているとはよく言われるが、本当にその通りだと思う。

心を亡くすほど忙しい時は私から「時は消え去って」いる。時間的にも心理的にも余裕がある時は「時は流れて」いる。この違いはちょっとしたことなのだが、とても大きいように思っている。



 



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