ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆異国タイではじめて「レディーボーイ」と出会った時のこと ◆女性が風俗や売春ビジネスを決意する「魔の瞬間」とは? ◆名誉殺人。自分の父親に殺された20歳女性の、切断された頭部 ◆ドミニカ共和国のソスアはカリブ海のパタヤのような場所
◆女性はどんどん若さを失っていき、最後には何が残るのか? ◆不眠不休でも、疲労も死の恐怖もない。究極の戦争ドラッグ ◆レイプされて、生きたまま膣に鍬を押し込まれて内臓破壊 ◆ナイジェリアの自爆テロ、4分の3は少女がさせられている

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2017-05-26

安い薬品でタトゥーを消したタイ女性の皮膚はこうなった

閲覧注意
カンボジアの女性もタトゥーを入れている女性をちらほら見るようになったが、まだタトゥーだらけというほどでもない。

しかし、リバーサイドの歓楽街にはすでにタトゥーショップがある。そこに派手な格好をしたバーの女性が出入りしている姿もあるので、タトゥーだらけになるのは時間の問題だ。

タトゥーをいれた欧米人(ファラン)がカンボジアの歓楽街を徘徊し、バーの女性たちもそれに触発されてどんどんタトゥーを入れるようになる。現に今、そうなっている。

だから、カンボジアの歓楽街でも10年もしないうちにタイのように、歓楽街の女性の半分以上がタトゥーを入れているような光景を目にするようになるのではないだろうか。

私は自分の愛してきた女性のほとんどがタトゥーを入れていたこともあって、タトゥーそのものにはまったく抵抗はない。好きな女性を思い出す時、彼女の入れていたタトゥーも一緒に思い出して懐かしい気持ちになることもある。

女性の持つ雰囲気にぴったりと合ったタトゥーは美しい。ある時、そんな女性のタトゥーを指でなぞってじっと見ていると、このように言われたこともある。

「あなたもタトゥーを入れてみない? 私、良い人を知っているから……」



 


2017-05-23

もう帰らなければならないが、また次に訪れることを考える

東南アジアに乗り込む時は気分も高揚していて幸せに満ち溢れているのだが、帰る頃になると後ろ髪を引かれる思いで寂しい気持ちが抜けなくなる。

13年ぶりのカンボジアはもちろん以前とはまったく違う光景もあったが、逆に以前と変わらない雰囲気や光景もまた残されており、懐かしさが止まらなかった。

来て良かったと思う。逆に、どうして13年もカンボジアを無視し続けて来たのかと悔やんでしまう。

2001年はカンボジアを捨てなければならない理由もあったし、自分の決断は正しかったと思っている。(13年ぶりに悪徳の地プノンペンの空気を吸いたいと思った

しかし今回のカンボジア再訪で、もうカンボジアを避ける理由が消えていることも気付いた。もうカンボジアは私のようなノーマルなハイエナにも安全な環境となった。

さらにANAの直行便でプノンペンにそのまま行けるし、昔と違って料理は何を食べてもうまい。停電もないし、インターネットも通じる。

この国の風土が好きだ。もう帰らなければならないが、また次に訪れることも考えている。



 


2017-05-18

プノンペンのかつての売春地帯はもう行っても仕方がない

そこには行きたい気持ちがあったが、行きたくない気持ちも同時にあった。

70ストリート……。

私にとってプノンペンの70ストリートはとても特別な場所であり、特別な想い出に満ちている。

かつてこの場所は舗装されていない道と、沼地とスラムとバラック小屋が林立する凄まじいまでの売春ストリートが続いていて、東南アジアのダークサイドとはどんなところなのかを具現化したような場所だったのだ。

しかし、2004年にはすでにこの場所はどんどん再開発が進んでいて、もはや紅土が舞い上がる道も舗装され、さらにバラック小屋の多くは取り壊されて新しい建物に取り変わって光景は移ろいでいた。

今日、意を決してモトバイクの運転手に「70ストリートに行きたい」と告げて連れて行ってもらったが、私の最悪の予感は的中していた。

「ここだ」と言われた場所で止められたとき、私はその何の変哲もないプノンペンの道路の端で途方に暮れた。そこは私がまったく知らない場所になっていた。



 


2017-05-17

「ボンボン、ニャムニャム」とすがりついてきた女の意図

タイのパッポンやナナやソイ・カウボーイは派手な女たちで彩られている。その裏側でヤワラーやルンピニー公園の暗闇でひっそりと立つ女たちの存在もある。売春ビジネスの世界の表と裏だ。

プノンペンもまた、売春ビジネスに表側と裏側を作り出しているように見える。

現代のプノンペンの売春ビジネスはリバーサイドのガールズ・バーが制したのだというのは、プノンペンに来て一日目ですぐに分かった。

もはや売春する女性を、荒んだ小屋に詰め込んだような売春宿は時代遅れとなっている。今やケバケバしいネオンと、原色の服を着た派手な女が闊歩するバーが時代を制したのだ。

ところが、このプノンペンにも「裏側」がいくつか残っていた。ワットプノン周辺やブディンと呼ばれる場所である。

ストリート売春は天候に弱い。雨が降りしきる時は誰もいなかったが、雨が降っていない夜に向かうと、ストリートに立つ女たちの姿を見ることができる。

ワットプノン周辺は昔からストリート売春をする女たちがいたことで知られているが、それは今も残っている。数メートル感覚で、孤独な女たちがひっそりと立つ。孤独は何を生み出すのか。今日、私は我が身でそれを再確認した。



 


2017-04-22

売春宿。私が寝泊まりしてきた東南アジアの売春宿の部屋

普通の人は売春地帯には近寄らないし、まして売春宿に泊まることもないので、ひとことで「売春宿」と言ってもどんなところなのか、想像すらもできない人の方が大半だ。

売春宿は、狭く、古く、殺伐として薄汚れているところが多いのだが、こういった場所は写真を撮るところではないので、ほとんどは記録に残らない。

私も数千以上もの売春宿の部屋に転がり込んでいるはずだが、その部屋を写真に残したというのはほとんどない。そんなことをしたら宿の経営者がやってきてカメラを壊されるか、私自身が叩きのめされて放り出されるのがオチだ。

売春ビジネスは当局の規制の対象であり、業者も女性も記録に残されるのを嫌うわけで、本来であれば写真を撮ってはいけない場所である。

だから、売春宿の記録はほとんど残らない。

しかし、そうは言ってもたまたま部屋に放り込まれて女性がくるまで時間が余っていたりすることもあるし、ごくたまに写真を撮られるのが好きで好きで仕方がない女性がいたりして、偶然に写真が残せるケースもある。

そうした写真がたまに残ると、後で写真を見つめてしみじみとその時の光景を思い出すこともできるようになる。「たまたま」手元にある売春宿とは、どんなところなのか。いくつかの写真を紹介してみたい。



 


2017-04-18

不衛生極まりない売春宿と、女性の性器が放つ強烈な臭い

日本人の女性はとても清潔で、衛生的だ。

身体を清潔に保つ、衛生的に保つというのは、日本人にとっては当たり前だと思っている人も多いが、世界を見回すと、その当たり前が通用しない国も多い。

日本人ほど自分の身体を丁寧に洗って、毎日のように湯船に浸かる民族はあまりいない。日本人の潔癖さは、本当に世界でもトップレベルにある。

当然だが、どこの民族も清潔で衛生的であることの重要性は認識しており、多くの人はその国のレベルの中できちんと清潔さを保っている。

だから「日本人は清潔で、他民族は清潔ではない」という認識は間違っている。どこの国の人たちも清潔であるのは間違いないのだが、日本人の潔癖さはそれを上回るものがあるというのが一般的な認識だ。

そのため売春ビジネスの現場でも、途上国になればなるほど、日本人の潔癖さでは想像ができない現場に直面することになる。売春宿の状況も、女性の身体も、時には普通の日本人には耐えられないような不衛生さが存在する。

私が経験した中で忘れられないことも夥しくある。それぞれの国で驚かされることが多かった。



 


2017-04-07

飛行機は窓側に座るべきなのか、通路側の方がいいのか?

昔は飛行機のチケットを取っても、座席は当日にカウンターで「窓側に」「通路側に」と頼んで、空いている座席がなければ仕方がなく自分の希望と違うところに座るしかなかった。

しかし、最近はインターネットでチケットを予約すると、航空会社のサイトで座席の予約ができることが多くなった。

すべての航空会社でこのようなサービスをしているのかどうかは分からないのだが、アメリカ系や日系の航空会社はほとんどが座席予約があるようだ。

そこで、座席予約のページを見にいくと、いろいろと面白いことに気付く。座席は前から順番に埋まっている。これは恐らく航空会社や団体が埋めているのだと思われる。

そして、単発にバラバラと埋まっていくのは通路側が多くて、その次に窓側になる。だいたいの人が、通路側の座席を望んでいることが分かる。

しかし、旅行サイト「エクスペディア」が行ったアンケート調査によると、「窓側と通路側、どちらが快適に過ごせると思うか」の回答では「窓側」と答えた人が491人中343人であったと報告している。

実に77%の人が「窓側の方がいい」と答えている。






2017-04-06

誰にとっても、恋愛は命に関わるほど危険なものである

閲覧注意
あなたは、失恋したことがあるだろうか。好きな人に別れを切り出され、いきなり関係を断ち切られたことがあるだろうか。好きな人を失った記憶はあるだろうか。

長い人生を生きる中で、「失恋したことはない」という人はもしかしたらいないかもしれない。時には、思い出したくもないほど、ひどい別れ方をしたこともあるかもしれない。

失恋というのは、自分が否定されるということだ。自分の気持ちが成就しなかったということだ。

相手との関係が長くなるほど、そして関係が深くなるほど、その関係を失った時の感情は激しく、悲しい。それは、どんなに風化させようとしても風化できないほど、自分の中で苦しい体験として刻まれるのではないだろうか。

失恋はそれほど珍しいことではない。にもかかわらず、失恋の後の襲いかかってくる感情は危険だ。自暴自棄、不眠、精神疾患、鬱病、自殺に至る人も珍しくない。

それを乗り越えても、心の傷としてずっと重い気持ちがついてまわり、ひとりでいるとき、静かに生傷が開いて心の痛みがじくじくとぶり返してうずく。



 



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