ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆「未知の生物」が人類に襲いかかる日は、いずれやって来る ◆貧困層は増えているのにホームレスの姿が減っている理由 ◆ドメニカ・ニーホフ。ドイツでもっとも有名だった売春女性 ◆5ドルの狂気。次々と亜種を生み出す危険ドラッグの地獄
◆不倫。めった刺しの傷の深さは、かつての愛の深さだった ◆大阪。生まれて初めて職業安定所に行き、その周辺を散歩 ◆時代が求めれば、あなたも自分の中の暴力性を解放する ◆「世界で最も美しい女性」の人気投票は何の意味もない?

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2017-07-19

「発展の取りこぼし」が路地裏にたくさんあることの幸せ

海外に向かうと、その国の代表する都市や観光地よりも、名も知らない郊外や、何気ない普通の住宅地や、発展から取り残された一角に関心を持つ人もいる。

華やかな場所は世界中どこでも似通ってくる。高層建築物もショッピングモールもテナントも、今や世界中どこでも同じようなものになっている。

しかし、そこから一歩でも路地裏に潜り込んでいくと、急にその国独特の姿が顔を現すことになる。

路地は観光客のために存在しているわけではない。それは、そこに住む人たちの生活空間であり、憩いの場であり、子供の遊び場である。

外国人のための利便性など考えられていないし、最初からそんなつもりもない。

そこにいる人たちは普段着で過ごしている。店は本当に現地の人たちのためだけの物しか売っていない。食堂も英語のメニューもなければ外国人向けの味付けもない。愛想もなかったりする。

つまり、路地裏にはその国の人たちの本当の姿が残っていて、だからそれを愛する人たちがたくさんいる。私もまた、そんな人間のひとりである。






2017-07-11

超重篤な自傷行為。自分を傷つけ続ける女性の衝撃の傷痕

閲覧注意
2012年9月15日に刊行されている「日本公衛誌第9号」では自傷行為についての実態の貴重な統計が出されている。この統計は2010年の全国データを解析したものだが、1540名の調査票記入者から浮かび上がったのは以下のものだった。

・男性は3.9%が自傷経験がある。
・女性は9.5%が自傷経験がある。
・16歳から29歳までの自傷経験が9.9%となる。
・自称経験者の半数が反復性である。

この1540名は全国で無作為に抽出された人々で、複数名の医師が解析に関わっている。日本における自傷行為の「傾向」を見るのに非常に貴重なデータであると言える。

解析されたデータから、最も自傷行為を行いやすいのは以下の人であると結論づけられている。

「16歳〜29歳で喫煙や虐待の経験がある女性」

自傷の定義は「自殺の意図を持たず、直接的に自分の身体を傷つける行為」で、そう言えば誰もが思い出すのが「リストカット」である。

しかし、もちろん傷つけるのは「リスト(手首)」だけにとどまらず、身体中のあちこちを傷つける女性も多い。その中には凄まじいまでの重篤自傷もある。



 


2017-06-09

祖母も母親も娘も売春で生きる光景は他人事ではなくなる

いったん閉鎖され、取り壊され、そこで働いていた人たちを追い出したら、その売春地帯が復活するのは絶望的だ。しかし、時には奇跡も起こることがある。

「穢れた女たちはすぐにここから立ち去れ!」と地元の力ある宗教指導者が信者を連れて売春地帯を破壊して回ったのが、バングラデシュのタンガイルだった。(つぶせ、追い出せ、奪え。バングラデシュ売春地帯の終焉

私はバングラデシュにいるとき、この売春地帯を訪れているのだが、迷路のような場所に多くの女たちが「住み込み」で売春ビジネスをしているところだった。

この売春地帯は最近になって奇跡的に復活を遂げたのは以前にも書いた。(バングラデシュ・タンガイルの売春地帯が復活していた

そのタンガイルで、祖母も母親も売春ビジネスをしていた一族があるのだが、今度は娘が一族代々の仕事に就くことになったという。これで、この一族は三代に渡って売春ビジネスをすることになった。

娘はまだ15歳だったが、バングラデシュでは15歳の娘はステロイドで太らされて無理やり大人の身体にされて売春ビジネスに就かされるので珍しい話ではない。(ステロイドまみれの売春地帯「ファリドプル」を撮った写真

売春ビジネスの継承もまた珍しくない。インド・コルカタの売春地帯でも、母子とも売春で食べているというのはよくある話だった。売春ビジネスの継承は、いろいろ思うことがある。



 


2017-06-05

最底辺の売春(中国編)。男の性欲を次々と処理する女性

1980年代から90年代、タイのバンコクには「冷気茶室」という売春宿があった。(冷気茶室。男の天国、女の地獄と呼ばれた、バンコクの魔窟

冷気というのはクーラーの効いた部屋を指し、茶室というのは茶を飲む部屋なので、「冷気茶室」というのは「クーラーの効いた喫茶店」みたいな意味となる。

この当時は、クーラーの効いた部屋でお茶を飲む場所というのは充分に贅沢な場所だったわけで、当時のバンコク・ヤワラー(中華街)には、この冷気茶室が林立していた。

しかし、ここは別にお茶を売っていたわけではない。売っていたのはタイ女性だった。本当にお茶が飲みたいだけの男は1階に、裏のビジネスを知っていた男は2階に行く。

2階に行くと従業員が女性を連れて来たり、自ら雛壇で選んだりして、女性と一緒に部屋に行く。その部屋は3階にあることが多かったが、上の階に行けば行くほど雰囲気が異様なものになっていき、そこはただの売春宿となる。

板やカーテンで仕切り、軋むベッドを置いただけの、かなり殺伐とした売春宿だった。そういった最底辺は今のバンコクから消えたが、中国本土ではまだ残っているようで、いくつもの隠し撮りされた動画も存在する。

それを見ていると、「冷気茶室」の、あの精液と汗とカビの匂いが充満した空間を思い出さずにはおられない。



 


2017-06-01

「毎日、違う男とベッドに行くのは慣れたので問題ない」

プノンペンはかつての置屋タイプの売春地帯を消し去ったが、それで売春ビジネスが消えたわけではない。依然として夜総会(ナイト・クラブ)のような店もあれば、売春マッサージ屋も残っている。

しかし、主流はもちろんバンコクのようなバー・スタイルの店である。こうした店はリバーサイドに集中しているのだが、その中心となるのは136ストリートだ。

すでにバンコクのゴーゴーバーやオープンバーはかなりのインフレ・モードになっているので、かつてのハイエナの多くはパタヤに逃げ、そしてカンボジアやフィリピンに逃げている。

ハイエナは観光客とインフレが嫌いだ。だから、環境が悪くなると徐々に居場所を移して退廃と堕落だけに没頭できる場所に移る。堕落からは逃げられない。

堕落した女たちと長い時間を過ごし、表社会の道徳を一緒に破壊して生きる。夜の女たちはそれに付き合い、男と一緒に堕落する。彼女たちも最初は表社会の常識を持った女性であったに違いないが、堕ちたら考え方が変わる。

毎日のように違う男と付き合い、刹那的に身体を開いて金を得る。プノンペンでも、そうした女たちがリバーサイドのガールズ・バーに集まり、そして売春ビジネスに明け暮れる。

こんな女たちの牙城に私はしばらく浸って自分を取り戻した。これが私のホームグラウンドだった。

会員の方は、プノンペンの売春地帯136ストリートを撮った高解像度の画像にアクセスできます。




 


2017-05-26

安い薬品でタトゥーを消したタイ女性の皮膚はこうなった

閲覧注意
カンボジアの女性もタトゥーを入れている女性をちらほら見るようになったが、まだタトゥーだらけというほどでもない。

しかし、リバーサイドの歓楽街にはすでにタトゥーショップがある。そこに派手な格好をしたバーの女性が出入りしている姿もあるので、タトゥーだらけになるのは時間の問題だ。

タトゥーをいれた欧米人(ファラン)がカンボジアの歓楽街を徘徊し、バーの女性たちもそれに触発されてどんどんタトゥーを入れるようになる。現に今、そうなっている。

だから、カンボジアの歓楽街でも10年もしないうちにタイのように、歓楽街の女性の半分以上がタトゥーを入れているような光景を目にするようになるのではないだろうか。

私は自分の愛してきた女性のほとんどがタトゥーを入れていたこともあって、タトゥーそのものにはまったく抵抗はない。好きな女性を思い出す時、彼女の入れていたタトゥーも一緒に思い出して懐かしい気持ちになることもある。

女性の持つ雰囲気にぴったりと合ったタトゥーは美しい。ある時、そんな女性のタトゥーを指でなぞってじっと見ていると、このように言われたこともある。

「あなたもタトゥーを入れてみない? 私、良い人を知っているから……」



 


2017-05-23

さようならプノンペン。私は再びカンボジアを取り戻した

東南アジアに乗り込む時は気分も高揚していて幸せに満ち溢れているのだが、帰る頃になると後ろ髪を引かれる思いで寂しい気持ちが抜けなくなる。

13年ぶりのカンボジアはもちろん以前とはまったく違う光景もあったが、逆に以前と変わらない雰囲気や光景もまた残されており、懐かしさが止まらなかった。

来て良かったと思う。逆に、どうして13年もカンボジアを無視し続けて来たのかと悔やんでしまう。

2001年はカンボジアを捨てなければならない理由もあったし、自分の決断は正しかったと思っている。(13年ぶりに悪徳の地プノンペンの空気を吸いたいと思った

しかし今回のカンボジア再訪で、もうカンボジアを避ける理由が消えていることも気付いた。もうカンボジアは私のようなノーマルなハイエナにも安全な環境となった。

さらにANAの直行便でプノンペンにそのまま行けるし、昔と違って料理は何を食べてもうまい。停電もないし、インターネットも通じる。

この国の風土が好きだ。もう帰らなければならないが、また次に訪れることも考えている。



 


2017-05-18

プノンペンのかつての売春地帯はもう行っても仕方がない

そこには行きたい気持ちがあったが、行きたくない気持ちも同時にあった。

70ストリート……。

私にとってプノンペンの70ストリートはとても特別な場所であり、特別な想い出に満ちている。

かつてこの場所は舗装されていない道と、沼地とスラムとバラック小屋が林立する凄まじいまでの売春ストリートが続いていて、東南アジアのダークサイドとはどんなところなのかを具現化したような場所だったのだ。

しかし、2004年にはすでにこの場所はどんどん再開発が進んでいて、もはや紅土が舞い上がる道も舗装され、さらにバラック小屋の多くは取り壊されて新しい建物に取り変わって光景は移ろいでいた。

今日、意を決してモトバイクの運転手に「70ストリートに行きたい」と告げて連れて行ってもらったが、私の最悪の予感は的中していた。

「ここだ」と言われた場所で止められたとき、私はその何の変哲もないプノンペンの道路の端で途方に暮れた。そこは私がまったく知らない場所になっていた。



 



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