ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆シンガポールの観光地で露出する問題の女性の写真がこれだ ◆劣悪な場所から、さらに劣悪な場所へと渡り歩く病原菌のこと ◆歩くHIVと呼ばれている過激すぎるイタリアの路上売春 ◆風俗嬢の女性に聞いた、少し変わった身体の男たちのこと
◆いよいよスリランカ女性たちのベールも剥がれていく時代 ◆米国の闇。行方不明者67万人、87%が未成年、60%が女の子 ◆実際にネットカフェに泊まって、私が自問自答したこと ◆性犯罪者の情報公開。日本もミーガン法が議論になるか?

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2017-08-11

「身体を売る女たち」と無理して関わる必要があるのか?

この世は表社会と裏社会があるのだが、その割合は半々ではない。それはどこの国でも表社会のエリアが圧倒的多数を占めていて、裏社会のエリアは「点在」という形でしか存在していないのを見ても分かる。

国や時代によって、裏社会の規模が大きくなったり小さくなったりすることがあるのだが、表社会が50%、裏社会が50%のような比率になることはほとんどない。

経験則から言えば、裏社会の規模はどんなに大きくなったとしても20%程度ではないだろうか。日本は社会全体で見ると、裏社会の人間が棲息するエリアはせいぜい5%以下だ。

また正確な統計はないのだが、売春する女性や風俗嬢と関わったことのある男も、全体的にみると10%程度の数値を出している統計が多い。

売春する女性と関わる男は主流派ではない。少数派だ。

それもかなりの少数派だ。世の中を見回すと、多くの男たちは「身体を売る女たちと付き合ったことがない」ということになる。

では、彼らは無理して「身体を売る女たち」と付き合う必要があるのだろうか。社会勉強のために、「身体を売る女たち」と関わる必要があるのだろうか。



 


2017-08-07

性病地獄に堕ちていく日本の風俗と助からない風俗嬢たち

梅毒の猛威が止まっていない。2012年までは1000人以下で推移していた梅毒患者は2013年から突如として27%も増えて、さらに2014年も、前年の26%、2015年も前年比20%の伸びとなり、気が付けば3年で約2.4倍に患者が増えている。

しかも、増え続ける感染者は「若い女性」が圧倒的多数で、中には女子高生もいる。

「なぜ若い女性の梅毒患者がこんなに増えているのか分からない」とマスコミはとぼけてみせる。若い女性で性病が増えているというのであれば、セックス産業で増えているということである。

2013年から中国人観光客が増えて日本で爆買いのついでに風俗で日本女性を買い漁っているのだが、その中国は梅毒大国でもある。

梅毒に感染した中国人の男たちが、故意なのか無自覚なのか知らないが、どんどん日本の風俗嬢に梅毒を感染させているのである。

感染地区は、主に東京と大阪。都市部で梅毒は完全にアウトブレイクの状況と化した。つまり、一定期間に予想以上の頻度で梅毒が広がってしまったということだ。

この流れは止まらない。なぜなら2020年にオリンピックを控え、さらに多くの外国人がなだれ込む形になるからだ。凄まじい性病の蔓延で地獄になり、日本の風俗嬢は助からない。助からないのは日本独自の理由がある。それは何か。



 


2017-08-03

出稼ぎ風俗嬢(2)「その小指はどこに忘れてきたの?」

ブラックアジア in ジャパン
「少し待ってて下さいね。着替えて来ますね」

私がシャワーから出てきた後、彼女はそのように言って浴室に消えていった。標準語なのだが、やはり言葉の端々に少し関西弁のニュアンスが残っているので、どこか独特の雰囲気が醸し出されていてそれが素敵だった。

しばらくして出てくると白にピンクのラインが入ったブラジャーと下着をただ覆っているだけの極度に短いミニスカートの格好で出てきた。かがむと本当に下着が丸見えになる。下着は薄いピンク色だった。

「うつぶせになって下さいね」

彼女がそのように言うので、私は言われた通りにする。すると彼女は私が腰に巻いていたバスタオルを「邪魔なので取っちゃいますね」と脱がして私を全裸にしてしまった。その状態で、ゆっくりと足からマッサージしていく。

今まで何度もタイ・マッサージを受けているので、彼女のマッサージがかなり弱めのもので訓練されたものではないのがすぐに分かった。

やや物足りないのだが、男たちは別にこの店でマッサージを求めているわけではないのだから問題ないのだろう。



 


2017-07-29

ジョルジュ・バタイユ。誰の心にもある二面性と倒錯の性

ジョルジュ・バタイユというフランスの作家は『眼球譚』や『マダム・エドワルダ』というエロチシズムを極めた作品で後に有名になった人物だ。

その作品は、性を弄ぶことによって他人を精神錯乱に追い込んでいく異常な世界を描写しており、エロチックではあるものの、異様なまでに道徳を踏みにじることに力点が置かれた奇怪な小説であると言える。バタイユはこれを偽名で出版した。

ジョルジュ・バタイユ本人は至って品行方正な人物のように思われていた。実際、彼は国立国家図書館の館員を表の仕事としており、洗練された紳士としてまわりから認識されていた。

しかし、ジョルジュ・バタイユは二面性があった。

彼は表側の仕事を洗練された物腰で忠実にこなしながら、真夜中になると売春地帯に繰り出して退廃した娼婦たちと変態行為に耽るのを日常としていたのだった。

それが彼の流儀だった。善と悪、紳士と変態、禁欲と堕落の二面性を彼は意図的に自分の中に取り入れ、裏と表の自分を交互に入れ替えて生きていた。

しかし、元々そうではなかった。ジョルジュ・バタイユの二面性はいかにして作られていったのか。



 


2017-07-27

恋人が他人のペニスを舐める風俗業を黙認する男は最低か?

社会の最底辺を野良犬のようにうろうろしているとすぐに気付くのは、最底辺は決して知的で賢明で秩序を好む人間ばかりがいるわけではないということだ。

全体的に見ると、思慮深い人間よりも、むしろ思慮に欠けた人間の方が多い。アルコールやドラッグや危険な性病が剥き出しの場所なので、まともな人は近寄らない。

必然的に享楽的で自滅的な人間が集まることになっても不思議ではない。

遠い昔に見た社会の底辺を描いた映画で、登場人物のひとりが売春する女たちや彼女たちに群がる男を見つめて「ここにはクズしかいないのさ」と自嘲する場面があった。

もう映画の題名も内容も思い出せないが、「売春に関わる人間は男も女もみんなクズだ」と登場人物が自ら吐露する場面はとても印象に残る場面だった。

最近は私も日本の風俗嬢に会っていろんな話をする機会が多くなっているのだが、似たような心境を聞くことも多い。

さらに、インターネットでも風俗嬢が書いているブログや掲示板も目立つようになっているのだが、そこでも多くの風俗嬢が自嘲気味に似たようなことを書いている。たとえば、最近も以下のような内容の書き込みを見た。



 


2017-07-26

不運の中で改心して「正しい人」になるのは意味がない判断

妙な話だが、地獄に堕ちてもそれなりに生きられる人もいる。

たとえば若くしてドロップアウトして、仕事もしないで長旅や東南アジアの貧困地区に沈没していたにも関わらず、なかなか経済破綻しない人もいる。

通常であれば、そのような「正しくない人生」を送っている人は、その多くが経済的に困窮するのだが、なぜか運が良い人がいるのだ。

あるいは売春する女性たちと何千人も関わっても、深刻な性病にかからない人もいる。

インドでは「2人に1人がエイズ」と言われているような荒んだ売春地帯があるが、そんなところにいてもHIVに感染しない男がいる。

何百回も飛行機に乗り、途上国で現地の危ないバスやタクシーに乗り、バイクにまたがり、それでも交通事故に巻き込まれないで済む人もいる。

別に助かる準備をしていたとか、身体を鍛えていたとか、理性的に行動したというわけではない。また、精神的に強靭だったとか、ストレスに強かったというわけではない。まして、日頃の行いが良かったわけではない。

ただ単に、運が良いとしか言いようがない人がいる。






2017-07-20

抜けられない真っ赤な女たちと一緒に、最底辺を這い回る

水商売や風俗で生きている母親を見て育った娘は、やはり水商売や風俗で生きるようになることが多いのはよく知られている。母子家庭で生まれ育った娘も、成人したら母子家庭になることもよく知られている。

なぜか。母親という「朱」に交わって赤くなったのだ。

あるいは、多感な思春期から20代前半に不良たちと混じって過ごしてきた少年少女は、大人になってもアンダーグラウンドに生きることもよく知られている。

「朱に交われば赤くなる」のは真実でもある。染まる色の強さは濃淡があるにしろ、誰もが今まで付き合って来た人たちの人生哲学や、物の見方や、感情表現が、知らない間に乗り移っていく。

だから、親は子供が不良グループと付き合うのを厳しくいさめる。タバコやアルコールを平気でやる子供たちと一緒にいたら、自分の子供もやがてはそうなるのを親は知っているからだ。

そして、性に奔放な女友達と一緒にいると、真面目な娘も感化されて性に奔放になることも親は知っている。10代の乱脈なセックスは、少女のまわりに悪い男たち、アルコール、ドラッグ、予期せぬ妊娠、性病と、次々と問題を引き起こす。

朱に交わった少女は、やがて真っ赤になってアンダーグラウンドに堕ちていく。



 


2017-06-25

地獄から這い上がれない人間にも捨て身の夢の叶え方がある

「面白おかしく好きに楽しく生きたい」と誰もが考える。しかし、それでも私たちは自分自身にブレーキをかける。

朝は眠いのに早く起きて、面白くも楽しくもない仕事をして、本当に食べたいものも食べず、アルコールもちまちまとセーブし、まわりに気兼ねしてタバコも吸わず、健康を害すると言って暴飲暴食もしない。

欲しいものがあっても我慢し、借金をしたら後で首が絞まると言われるので我慢に我慢を重ねる。どこか旅行でもして、リゾート地で開放的に遊びたいと思っても有休も取れず、ひたすら我慢するだけで生きる。

責任、節約、自制、継続を強いられて、ただの一度もやりたいことをしないで日々、流されていく。

「好き放題して生きたい」と思っても、自分に課せられた責任はたくさんあって、自堕落に無軌道に乱脈に生きられない。ずっと耐えて、耐えて、耐えながら生きていく。

「この地獄から抜け出すにはどうすればいいのか」と真剣に悩みながら考える人もいる。やりたいこともできずに耐えて生きる人生を終わらせて「面白おかしく好きに楽しく生きたい」と夢想する人がいる。

非常に逆説的なのだが、たった「1つのもの」をあきらめれば、それは実現できる。







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