ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆なぜ、レディーボーイは性転換手術に踏み切れないのか? ◆カンヌ映画祭で、人々の度肝を抜いたインド女性の鼻ピアス ◆優しい売春女性が、実は男の人生には一番優しくない存在だ ◆あなたが平等社会を望むのであれば、もっと深く嫉妬すべき?
◆食物連鎖。海外で男はカネを狙われ、女は身体を狙われる ◆破滅。欲望の街で死んでいった男たちの怨念が、身に染みた ◆自分よりも弱い女性を拉致・監禁して、絶対者として君臨 ◆あなたが裏庭でマリファナを育てる日が来るかもしれない

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2017-04-25

メルカリの「1万円3枚3万6000円」の裏側に何があるのか

インターネットのオークションサイト、フリーマーケットサイトがいくつかある。その中で「メルカリ」という主にスマートフォンでアクセスするアプリがあって、若者を中心に人気があるという。

フリーマーケットなので、個人が持つ中古品や不要品を登録者が売ることができる。女性のユーザーも多く、着なくなった服や使わなくなったバッグや、子供服や化粧品や小物や、ありとあらゆるものが出品されている。

そこに、最近になって「現金」が売られるようになった。

運営会社が「利用規約でマネーロンダリングを禁止しており、それにつながる可能性がある」として、現行紙幣の出品を禁止するという騒ぎになった。

「現金」と言っても、旧紙幣だとか珍しい製造番号が付いている紙幣だとか、コレクターが求めているような紙幣ではない。そういった紙幣は紙幣としての価値よりも骨董品としての価値がある。

最近はほとんど流通していないと言われている2000円札などを大事に持っている人もいると思うが、なかなか見る機会がないものは稀少品として高値で買う人がいても不思議ではない。

しかし、メルカリで売られていたものはそうではない。






2017-04-24

セックス・ドールの女性器は驚愕するほど本物そっくりに

すでに「セックスをするための凄まじくリアルな人形」は出回っている。

こうしたものは、最初は人型の浮き輪のようなものや、ぬいぐるみのようなものから生まれた。今でも昔の「原始的」なものは残っているようで、中国ではたまに草むらに捨てられたりして普通の人を不気味がらせている。

こうしたものの何が不気味なのかというと、あまりにもチャチな外観だけでなく、口と性器にあたる部分に穴が開いていて、その様態が「人であって人でない」ものだからだ。

こうしたものに発情できるということに驚くが、世の中にはいろんな性癖の人がいるので、これはこれで長い伝統を育んできた。こうしたものは「ダッチワイフ」と呼ばれてきた。

このチャチさは現代の技術でどんどん改良されていき、そこにも惜しげもなく最先端技術が投入されている。

現在、欧米ではリアルドール社、日本ではオリエント工業がこうした技術の最先端を行っている。これらの企業の作り出している人形を見ると、まだ何か違和感はあるものの、かつての安物の不気味さは完全に消えている。

また最近のセックス・ドールの作り込まれた性器も、驚嘆するほどの出来映えになっている。

「これなら、数十万をかけて買う人がいても不思議ではない」と思わせる完成度にまで近づいている。そして、ついに日本でも、こうした人形と暮らす男が出現するようになった。



 


2017-04-23

「タイの屋台を今年中に排除する」と宣言したバンコク都知事

2017年4月20日、バンコクの都知事であるワンロップ・サワンディー氏は、突如として「今年いっぱいでバンコクから路上屋台を排除する」と言い出して、大騒ぎになっている。

理由は2つある。

1つは衛生問題だ。屋台は生ゴミを多く発生させることや、食べこぼしを路上にまき散らすこともあって、ネズミや有害な虫を発生させやすい。

屋台が密集しているヤワラーでも、スクンビット通りでも、カオサン通りでも、かなり大きなネズミが排水溝に沿って走っているのを目撃する人もいるはずだ。

またハエも飛び交っているし、日本の路上ではほとんど見ないゴキブリも我が物顔で走り回っているところもある。屋台が衛生的に問題がないと考えている人はひとりもいない。

もう1つは通行問題だ。屋台は歩道を占拠するので、歩行者は歩道をきちんと歩けない。

カオサン通りは比較的道が広いので問題ないが、スクンビット通りでは歩道が狭くなって時間によっては満員電車のようになっている。ヤワラーも例外ではない。屋台が我が物顔で道を占拠しているので、車が走れない状況になっている場所もある。






2017-04-22

売春宿。私が寝泊まりしてきた東南アジアの売春宿の部屋

普通の人は売春地帯には近寄らないし、まして売春宿に泊まることもないので、ひとことで「売春宿」と言ってもどんなところなのか、想像すらもできない人の方が大半だ。

売春宿は、狭く、古く、殺伐として薄汚れているところが多いのだが、こういった場所は写真を撮るところではないので、ほとんどは記録に残らない。

私も数千以上もの売春宿の部屋に転がり込んでいるはずだが、その部屋を写真に残したというのはほとんどない。そんなことをしたら宿の経営者がやってきてカメラを壊されるか、私自身が叩きのめされて放り出されるのがオチだ。

売春ビジネスは当局の規制の対象であり、業者も女性も記録に残されるのを嫌うわけで、本来であれば写真を撮ってはいけない場所である。

だから、売春宿の記録はほとんど残らない。

しかし、そうは言ってもたまたま部屋に放り込まれて女性がくるまで時間が余っていたりすることもあるし、ごくたまに写真を撮られるのが好きで好きで仕方がない女性がいたりして、偶然に写真が残せるケースもある。

そうした写真がたまに残ると、後で写真を見つめてしみじみとその時の光景を思い出すこともできるようになる。「たまたま」手元にある売春宿とは、どんなところなのか。いくつかの写真を紹介してみたい。



 


2017-04-21

映画『赤線地帯』に見る、1950年代の日本の裏社会の出来事

日本は1945年に敗戦を迎え、日本に上陸したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)はすぐに公娼廃止指令を出した。

しかし、日本には「遊郭文化」が根付いていたので、そう簡単に売春ビジネスは消えなかった。遊郭は「特殊飲食店(カフェー)」に鞍替えして生き残った。

政治家や官僚も遊郭で政治を語り、男は遊郭で友情を深めるのが当たり前の時代だった。GHQの命令には、日本人の上から下までみんな反対した。

やがて、1956年に売春防止法が制定されたのだが、戦後のどさくさの中で売春ビジネスに追いやられた女たちの多くがこれで途方に暮れた。

この売春防止法が制定される前後の日本は貧困が蔓延していた。貧しい女性のために「売春」という仕事はまだまだ日本に必要だという無意識の総意がそこにあった。

この1946年の公娼廃止指令から1956年の売春防止法までの期間において、売春ビジネスが黙認されていた地域は警察によって地図に赤線で丸が書かれて特別視されていたので、この地区は赤線地帯と呼ばれるようになった。

いったい、この赤線地帯はどんな光景だったのか。






2017-04-19

テレビは血と暴力と死と修羅場と阿鼻叫喚を何も報道しない

私たちはテレビや新聞の報道番組を見ると、それがリアルであると思ってしまう。しかし、それは間違っている。日本の報道番組は報道になっていない。

日本社会は、注意深く「死と暴力」が隠されている。

テレビや新聞でも、プライバシーだとかトラウマ軽減だとか様々な理由を盾にして、暴力や死体は注意深く、執拗なまでの潔癖さで隠されている。つまり、リアルが隠されている。

日本人が見ているのは「現実」ではない。

マスコミは「生々しい映像」と喧伝して映像を流しているが、それは編集されて「見たくないもの」が取り除かれている。本当に日本人がリアルに知らなければならない凄惨な「暴力の現場」がない。

人々が半狂乱になっている現場や、大怪我をしてのたうちまわっている人たちや、家族を失って怒り心頭に震えている人たちさえも出てこない。

憎悪を剥き出しにしている人や、互いに殺し合っている現場や、血まみれの暴力や死体が転がる戦場も出てこない。日本の報道番組は報道になっていない。






2017-04-18

不衛生極まりない売春宿と、女性の性器が放つ強烈な臭い

日本人の女性はとても清潔で、衛生的だ。

身体を清潔に保つ、衛生的に保つというのは、日本人にとっては当たり前だと思っている人も多いが、世界を見回すと、その当たり前が通用しない国も多い。

日本人ほど自分の身体を丁寧に洗って、毎日のように湯船に浸かる民族はあまりいない。日本人の潔癖さは、本当に世界でもトップレベルにある。

当然だが、どこの民族も清潔で衛生的であることの重要性は認識しており、多くの人はその国のレベルの中できちんと清潔さを保っている。

だから「日本人は清潔で、他民族は清潔ではない」という認識は間違っている。どこの国の人たちも清潔であるのは間違いないのだが、日本人の潔癖さはそれを上回るものがあるというのが一般的な認識だ。

そのため売春ビジネスの現場でも、途上国になればなるほど、日本人の潔癖さでは想像ができない現場に直面することになる。売春宿の状況も、女性の身体も、時には普通の日本人には耐えられないような不衛生さが存在する。

私が経験した中で忘れられないことも夥しくある。それぞれの国で驚かされることが多かった。



 


2017-04-17

東南アジアでは、猫も犬も旅人のようにウロウロしている

東南アジアをウロウロしていると、犬や猫にもよく出会う。私自身はまったく小動物には関心がないのだが、やはり動いている動物を見ると、何となく写真を撮ってしまったりする。

昔の写真を振り返って見ると、ところどころに犬と猫の写真などが散らばっていたので、少しだけ抜粋してみた。

東南アジアの犬や猫は基本的に放し飼いであったり、野良であったりするので、生きていくのは大変みたいで猫も痩せ細っていることが多い。

確かに猫は可愛がられているのだが、基本的には「居つくのも自由、去るのも自由」のスタンスで飼っているように見える。東南アジアの家は開放的な作りになっているので、室内から小動物を出さないことが物理的に難しい。

そのため、犬も猫も自由に外を出入りして、野良猫のような、飼い猫のようなスタンスになっていくようだ。

だからなのか、怪我をしても病気をしても人間が獣医に連れていって世話をするということはなく、皮膚病の猫もそのまま放置されている。

犬も猫も、日本よりも生きていくのが大変なのかもしれない。







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