ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆社会のどん底に堕ちた女性が優しい性格のはなぜなのか? ◆グアテマラの売春女性。ラ・リネア(線路)の売春地帯 ◆貧困国では奇形や病気を持った子供が治療できないことが多い ◆ミア・カリファ。イスラム国が殺すと宣告したポルノ女優
◆これが一斉逮捕されたアメリカ売春女性たちの「顔写真」だ ◆レイプが蔓延する国境越えで密入国する女性の必須の薬とは ◆暴力地帯の少女も、女子高生も性の対象だったのだ ◆理性が失われると羞恥が消え、本能は服を脱ぎ捨てさせる

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2018-01-18

自分を苦しめる嫌な記憶を劇的に緩和してくれる薬とは?

人は誰でも思い出したくもない記憶を持っている。そして、早く忘れた方がいい記憶もある。

思い出すことによって激しいストレスを感じ、そのために自分の精神や生活を破壊してしまうような悪い記憶でさえある。

たとえば、事故を起こしてしまった人、事故に遭った人、事故を目撃した人などは、しばしばそのような深刻な記憶を抱え込む。戦場の兵士、警察官、虐待されて育った子供などはも、記憶から逃れられずに人生が壊れてしまう人も多い。

これをPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ぶ。専門のカウンセリングが必要で、注意深く症状を見守る必要がある。衝撃的な状況についても以前に取り上げた。(戦場という極限状態で人間性を失ったら最後にどうなるのか

しかしPTSDにまで至らなくても、思い出すだけで萎縮してしまったり、落ち込んだり、後悔や悲嘆に明け暮れてしまうような記憶を誰でも必ず持っているはずだ。

思い出しても仕方がないのだが忘れられない。思い出すたびに嫌な気分になるのだが鮮明に蘇る。そういう状況で苦しめられているのであれば、どうしたらいいのか。

もしかしたら、ある種の薬が効くこともある。今後、個人輸入規制対象予定となって手に入らなくなる可能性が高い薬だ。



 


2018-01-14

消えていくスラムと、消えていく想い出と、先進国のこと

東南アジアの貧困地帯は最初は怖かった。最初にスラムに立ち入ったのはクロントイ・スラムだった。私はクロントイが巨大スラム地帯であると知っていたわけではない。

私は当初、ヤワラーの旅社(ゲストハウス)に泊まっていたのだが、次第にパッポンが私の主戦場になってくるに従って、拠点をマレーシアホテル界隈の格安ゲストハウスに置くようになっていた。

パッポンは真夜中の街だ。昼間に起き出して食事をしたいのと冒険をしたいのが重なって、私は近所を散策するようになっていたのだが、マレーシアホテル界隈からクロントイスラムは1キロも離れていなかった。

私は知らずしてクロントイ・スラムに入り込んでいたのだ。

私が最後にこのクロントイ・スラムを訪れたのは2011年頃だが、久しぶりにそこを歩いて私が思ったのは、「ずいぶん綺麗になったものだ」という感想だった。

1980年代のクロントイ・スラムは、地面は泥でぬかるみ、バラック小屋は本当に廃材を適当に貼り合わせただけのような出で立ちで、ドブの悪臭と腐った臭いと食べ物の臭いが濃密に漂っていたようなところだった。

貧困の度合いは今とは比較にならないほど悲惨だった。住んでいる人たちも男はみんな上半身裸で女性も汚れていた。






2017-12-30

いつか判断ミスで窮地に堕ちるのは避けられないと覚悟する

生まれながらの貧困、不慮の事故、病気、深く長い不景気、国家破綻、内戦や戦争……。人間は自分の力ではどうにもならないことで人生が破綻してしまうこともある。

しかし、それだけではない。自分の人生を破壊するのは、まわりの環境だけでなく、実は「自分の判断」の積み重ねの結果でも起こり得る。

常識的に生きてきた人間の判断はだいたいは正しいことが多いのだが、それでも常に100%正しい判断ばかりを下せるわけではない。

すべての人間はどこかで判断を間違えて、自分で自分の人生に莫大な損害を与えることになる。自分の人生を追い詰めるのは、しばしば自分が下した自分の判断なのである。

たとえば、ギャンブルにのめり込む人は別に自分の人生を破壊しようと思ってのめり込んでいるのではない。むしろ、どん底の生活から逃れる唯一の方法としてそれにのめり込んでいる。

ちまちま働いていても現状は打破できない。しかし、ギャンブルで勝てば一発逆転できる。勝てば貧困から抜け出せる。勝てば借金も返せるし、欲しいものも買えるし、家賃も払えるし、食べたいものも食べられる。

勝てばすべてが解決すると考える。だから「勝つまでギャンブルをする」という判断をする。






2017-12-28

なぜ他人を信じないことで安堵する人間になっていったのか

どこの国でもそうだが、普通に暮らしている普通の人は、別に悪意を持って生きているわけではない。悪意どころか、素朴で純情で優しくて、精一杯の好意を見せてくれることが多い。こうした人たちとの交流は本当に幸せだ。

基本的に、郊外のよく知らない村に行っても、都市スラムのど真ん中にいても、ほとんどの人は外国から来た部外者を不信の目で排除するどころか、好奇心と興味いっぱいで持てなしてくれる。

フィリピンのスラムに行っても、インドのスラムに行っても、多くの人に受け入れられ、会ったばかりだというのに食事に招かれたり、お茶に招かれたりすることも起こる。

インドネシアではスナット(割礼の祝い)に呼ばれて見知らぬ人たちと一緒に会食してプロの歌手の歌やダンスを楽しむこともあるだろう。スリランカでは豪華な結婚式に呼ばれることもあるだろう。

いろんな人が、あちこちで家の中に迎え入れてくれる。みんな友好的で優しくて、別れ際に「また来なさい。また会おう。約束だよ」と抱擁されて涙が浮かぶこともあるはずだ。

流れ者になって旅から旅へと生きていると、本当にいろんなことがある。後になって懐かしい顔を思い出す。自分を受け入れてくれた感動はいつまでも心に残って消えない。






2017-12-14

その瞬間は短い時間であっても振り返ると永遠の時間になる

あくまでも私自身の感覚だが、時間的余裕のある時期と、余裕のない時期では、時間を捉える心理的感覚が違う。これは、ずっと昔に気付いたことだった。

たとえば、「時は流れる」という言葉がある。

この言葉は、自分の人生をゆっくりと振り返り、過去に想いを馳せ、懐かしい顔をひとりひとり思い出すことのできる時間的余裕のある時だけに感じることができる。

しかし、時間的余裕がまったくなくて、日々を生きるのに精一杯で過去を振り返る余裕などまったくない時期は、「時が流れた」という情緒的な感覚を持てない。

自分の意識の中で過去と現在が分断されている。多忙の中で過ごしている時、時間の感覚は情感的なものではないのだ。

「時は流れる」どころか、あっとう言う間に「消え去る」ものだと感じるようになっている。忙(いそがしい)という漢字は「心を亡くす」から来ているとはよく言われるが、本当にその通りだと思う。

心を亡くすほど忙しい時は私から「時は消え去って」いる。時間的にも心理的にも余裕がある時は「時は流れて」いる。この違いはちょっとしたことなのだが、とても大きいように思っている。






2017-11-27

1000人斬り。女性との関係数を増やしても意味がない理由

真夜中の世界で売春ビジネスに堕ちている女性をハイエナのように追いかける男はいつの時代でも存在しており、今後もどんな時代が来ても消えることはない。

グローバル化の時代になると、ハイエナたちは自国の女性のみならず、国外の売春地帯にまで「狩り」に出かけて悪評を世界中にまき散らす。

そうした男たちをブラックホールのように吸収するのが東南アジアの売春地帯である。

ベトナム戦争時、アメリカ軍のリクリエーション(娯楽)として生まれた現地のゴーゴーバーは、東南アジアの貧困女性の「大金を稼ぐ場」として定着し、タイでもフィリピンでも水着の女性たちが今も踊り狂って男を誘っている。

私はこうした東南アジアの売春地帯にどっぷりと浸り、退廃と堕落を吸収しながら人生を消耗させてきた。だから、私の人生は売春地帯で形成されたと言っても過言ではない。

そのため、こうした私の人生をよく知っている人から、いつも聞かれることがある。

「今まで、何人の女性を抱いたんですか?」



 


2017-10-26

忘れてしまったアイデンティティ・ソングを探しにいく旅

自分という人間はひとりしかいない。自分と同じ人生、同じ経験、同じ感受性を持った人間は他にいない。だから、自分という存在は唯一無二のものである。

この「自分」という存在は、「これが自分だ」と認識する信念や概念が内包されている。これを自己同一性(アイデンティティ)と呼ぶ。

アイデンティティは「自分が何者であるのか」を常に問いかけて生まれてきたものである。だから、「何が自分らしいのか」というのは他人には分からない。自分らしさは自分で選ぶものなのである。

ところで、私たちは子供の頃から音楽を聞いて育ってきているのだが、その中で「この音楽は自分に合っている」と惹かれて離れられない曲を見つけたりする。

そうすると私たちは、意識的にも無意識にも、自分の選択した「大切な曲」の世界観に影響されて人生を生きていく。

こうした曲を、ウェブ・マガジン『ワイアード』は「アイデンティティ・ソング」と呼んでいた。自分を形作った曲という意味でワイアードは使っている。

自分を形作った曲……。あなたは、どんな曲を聞いて自分を形作ってきたのだろう。






2017-10-13

新しいことはすぐ忘れ、古いことは忘れない現象の意味とは

個人的な体験、個人的な秘密、子供の頃の想い出……。自分自身の体験の中で印象的なものは、自分の脳裏にしっかり刻み込まれて忘れられない。

子供の頃に母親と歩いた道、父親の何気ない言葉、小学校から家までの道順、一緒に遊んだ友達、学校の教室の光景、好きだった異性、好きだった店、好きだった食事、好きだったアイドル、好きだった物語。

今となっては、思い出せなくてもいいようなものを、ひとつひとつ記憶を辿っていくと断片が静かに浮かんでくるのではないだろうか。

こういった自分自身の体験からくる記憶を心理学では「エピソード記憶」と呼ぶ。自分自身で体験したエピソード記憶は、忘れにくいという特徴がある。

何が記憶に定着するのか分からないのだが、ふとしたことで何かを思い出すと、いったい自分がどうしてこんなものまで覚えているのかと驚くことにもなる。

私は、子供の頃に住んでいた家のまわりの道を事細かに覚えていて、そこにどんな花が咲いていて、その家が飼っていた犬や鳥の姿までを、まだ覚えている。

街は再開発の連続で、もう私の記憶していた光景は完全に消え去ったのだが、今でも私は子供の頃の近所の姿をまったく忘れていない。家と家のスキマを通った時の臭いまで覚えている。







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