ブラックアジア - 注目のランダム・トピックス
◆自分の友人の娘、まだ8歳の少女にも欲情してレイプ殺害 ◆売春する女たちと付き合うのは悪くないと私は考えている ◆ブラジルでバラバラにされて捨てられた、17歳イギリス女性 ◆性欲を喪失させたいと考える人たちのための方法論とは?
◆教育を受けると、なぜ激しく強い快楽を失ってしまうのか? ◆アメリカ人がドラッグに堕ちてボロボロになる「ある理由」 ◆人を短期間のうちに激しく劣化させるのがドラッグの特徴だ ◆元妻のところに押しかけ、妻と赤ん坊を壁に叩き付けて殺害

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2017-11-14

鈴木傾城、ダウン。風邪だと思ったがそうではなかった?

先週あたりから風邪をこじらせて、状況を悪化させていた。確かに最初は風邪だった。(風邪をこじらせて朦朧としながら、夜の世界の賃金を考える

すぐに病院に行かなかったのは、「インフルエンザにかかった時ですらも病院に行かずにそのまま治したのに、なぜ風邪ごときで病院にいかないといけないのか」と、自分を過信していたのもある。

そもそも私は、どこかに勤めているわけでも他人に雇われているわけでもないので、誰とも会わないと自分が決めれば1ヶ月でも2ヶ月でも誰とも会わないでも生きていける環境にある。

昔から、半年や1年単位で旅に出ていた時期から、病気になったら数日はじっとホテルの一室で動かないで自己治癒力で治すようなことをしていた。

風邪をひけば誰にも会わないで何日でも住処に潜んで治すというのをやっていたので、自然と今回もそんな選択をした。

しかし、激しい咳があまりにも止まらないので、仕方なく病院に行ったら「これは風邪ではない」と言われた。風邪だとしか思っていなかった私にとっては青天の霹靂である。



 


2017-10-26

忘れてしまったアイデンティティ・ソングを探しにいく旅

自分という人間はひとりしかいない。自分と同じ人生、同じ経験、同じ感受性を持った人間は他にいない。だから、自分という存在は唯一無二のものである。

この「自分」という存在は、「これが自分だ」と認識する信念や概念が内包されている。これを自己同一性(アイデンティティ)と呼ぶ。

アイデンティティは「自分が何者であるのか」を常に問いかけて生まれてきたものである。だから、「何が自分らしいのか」というのは他人には分からない。自分らしさは自分で選ぶものなのである。

ところで、私たちは子供の頃から音楽を聞いて育ってきているのだが、その中で「この音楽は自分に合っている」と惹かれて離れられない曲を見つけたりする。

そうすると私たちは、意識的にも無意識にも、自分の選択した「大切な曲」の世界観に影響されて人生を生きていく。

こうした曲を、ウェブ・マガジン『ワイアード』は「アイデンティティ・ソング」と呼んでいた。自分を形作った曲という意味でワイアードは使っている。

自分を形作った曲……。あなたは、どんな曲を聞いて自分を形作ってきたのだろう。






2017-10-23

他人の稼ぎに寄生して自由が得られるわけがない理由とは?

アンダーグラウンドには、自分で働くよりも稼いでいる女性に寄生して金をとことん吸い取る生き方をする人間が少なくない数で存在する。

だから、女に寄生するための方法のようなものが人知れず伝授されていたりする。(女に食わせてもらうためにやっている男たちの手口とは?

こういった男のことを、夜の女たちは「ストロー」と呼ぶこともある。男がストローのように自分の稼ぎをみんな吸い取ってしまうことからきている。

夜の世界では、誰が信用できて誰が信用できないのか分からない。心がすり切れてしまうような殺伐とした世界だ。

その中で生きている女性の寂しさや隙を突いて、このような男たちが金目当てに寄って女性に取り付いていく。

では、他人に寄生して生きるのは良いことなのか。もちろん、それは良いことではない。道徳的に反しているし、何よりもそれは女性を疲弊させ、女性の心身を消耗させ、女性の人生をも破壊してしまう元になる。

それは持続不可能なライフスタイルである。そして、いずれ自分の人生を縛るワナになる。






2017-10-19

他人の価値感に合わせても無駄なので我が道を行くのがいい

日本人は最近になってやっと「価値感の相違」は埋められないことがあると理解するようになった。文化の違いや性格の違いは時には克服できないこともある。

たとえば、誰かが詐欺で騙された場合、日本人は「騙す方が悪い」と思うが、中には「騙される方が悪い」と被害に遭った側を嘲笑する民族や性格の人がいる。

日本人は「宗教を盲信して殺し合うのは無意味だ」と思うが、中には「自分の神が冒涜されたら死ぬまで戦う」と毅然と宣言する民族や性格の人がいる。

同じ日本人の中にも「日本が培ってきた伝統や文化が何よりも大切」と思う人もいれば「日本の伝統や文化は捨ててグローバル化を受け入れる方が大切」と思う人もいる。

経済的にも、「したいことを何もしないで金を貯めるより今を楽しむ方が大切」と思う人もいれば「したいことを何でもするよりもきちんと貯金する方が大切」と思う人もいる。

こうした「価値感の相違」で対立した場合、どんなに時間をかけて話し合っても無駄なことが多い。価値感はすでにその人の無意識のレベルにまで落とし込まれており、話し合ったくらいで変えられないのが普通だからだ。

まして相手に「変えろ」と言われたら、よけいに変えられない。反発や怒りが先にくる。






2017-10-11

ヨコハマメリー。誰でも自分の輝いていた頃は忘れられない

横浜ニューテアトルで、10月に映画『ヨコハマメリー』を再上映するという情報を聞いた。この映画は2006年に制作されたもので、もうずいぶん昔のドキュメンタリー映画となったが、今でも根強く上映されているというのが感慨深い。

『ヨコハマメリー』については、ブラックアジアでもずいぶん昔に取り上げたことがある。(ヨコハマメリー。日本の戦後が生み出した哀しい女性の物語

ヨコハマメリーは実在の女性である。終戦後、アメリカ人に身体を売る女性たちはパンパンと呼ばれていたのだが、「メリー」と名乗っていた彼女もそんなパンパンのひとりだった。

戦後の混乱が消えていくに従って、パンパンもまた消えていくのだが、メリーさんはいつまでもずっと生き方を変えなかった。そして戦後50年近く、白いドレスを着て白塗りの化粧をして、じっと横浜の街に佇んで生きていた。

晩年はすでにホームレスになっていたが、それでも白塗りの顔と白いドレスで街角に立つ彼女の姿は横浜の人たちは誰もが目にしたことがあると言われている。

その姿は鮮烈だ。だから横浜の人たちは、今もまだ『ヨコハマメリー』のことを覚えている。(ヨコハマメリー公式サイト「あなた知ってる?ハマのメリー」






2017-10-03

ラスベガスの史上最悪の銃乱射事件。しかし、次も必ずある

2017年10月1日、アメリカのラスベガスで史上最悪の銃乱射事件が発生している。64歳のラスベガス在住のスティーブン・パドックという白人の男が10分以上に渡って銃を乱射した。

スティーブン・パドックは年金生活者用住宅地で暮らしていた、ごく普通の白人男性であったと言われていたが、ここ数日は普通の男ではなかった。

スティーブン・パドックはマンダレイ・ベイ・ホテルの32階に9月28日から部屋を取っており、その数日の間にホテルの部屋にマシンガンを含む10丁近い銃を揃えて大量殺戮の準備をしていたのだった。

折しもこのホテルの道を挟んだ向こう側の屋外のコンサート会場では、「ルート91ハーベスト」というカントリー・ミュージックの3日間のコンサートが開かれていた。

10月1日の午後10時過ぎ、スティーブン・パドックは32階の自室から、銃口をこのフェスティバルの参加者約2万2000人に向けて銃を乱射した。

乾いた銃声が轟いたのだが、フェスティバルの観客たちは当初、それが花火の音だったと思ったという。音楽も続けられており、音楽と銃声がずっと混じり合っていた。






2017-09-26

1970年代のベトナムと、当時の売春地帯と女性たちの光景

現在のタイの歓楽街、パッポン、ナナ、テルメ、ソイ・カウボーイ、そしてパタヤの原型は1970年代のベトナム戦争によって作られた。(パッポン。ベトナム戦争が作り上げたアジア最大の歓楽地

ベトナムとカンボジアは共産主義の猛威に席巻されていたが、タイは明確にアメリカ陣営であり、当時のタイ軍事政権はタイ全土にアメリカ軍に後方基地を提供し、空港を使うことを許可した。

だから、アメリカ軍はサイゴンに拠点があったのと同時に、タイにも数多くの拠点を持っていた。この拠点の周囲に売春地帯ができあがったのだ。

これらの売春地帯は元々、前線から降りてきたアメリカ兵のための娯楽施設(レクリエーションセンター)として作られたものだった。

いつ終わるとも分からない戦争で、数万人もの若いアメリカ兵が東南アジアに釘付けになっており、彼らのフラストレーションを何とか収める必要があった。アルコールとセックスは、娯楽施設には欠かせないものだったのだ。

アメリカは戦争に負けたのでサイゴンの娯楽施設(レクリエーションセンター)はすべて駆逐されてしまったのだが、タイでは残った。それが、今の歓楽街の元になっている。

ところで、消えてしまった幻のサイゴン売春地帯はどんなもので、どのような雰囲気だったのか。こんなものだった。



 


2017-08-17

イギリスの社会荒廃が生んだパンクな女たちを愛せるか?

1945年に第二次世界大戦が終結した後、イギリスは勝戦国の側にあったが、国土は荒廃し国力はズタズタになっていた。

ナチス・ドイツは1940年9月から8ヶ月に渡ってロンドンを激しく空爆し、4万3000人が死亡、100万人以上が家を失うという凄まじい被害が発生していたのだ。

戦後、イギリスは労働党によって再建がなされるのだが、ここで取られた政策が、「ゆりかごから墓場」までの安定を約束する福祉充実と、石炭・石油・通信・鉄道・鉄鋼等の産業の国有化だった。

戦争によって壊滅した国土を復興させるためには、国が強い指導力と産業保護をしなければイギリスは立ち直れなかったはずであり、この政策は当初は正しいものであった。

しかし、やがて10年経ち20年経つとこの「ゆりかごから墓場」までの福祉政策が国を停滞させるようになっていった。

国営企業は非効率で保守的な運営をし、人々もまた厚い福祉政策にどっぷりと浸って新しい時代を切り拓く能力を失った。人々はこれを「英国病」と呼んだ。

さらに1970年代の石油ショックは停滞していたイギリス経済を直撃し、急激に社会が疲弊して活力が失われ、底知れぬ貧困と閉塞感が次第に強まっていった。そして、アンダーグラウンドで何が生まれたのか?



 



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